とま)” の例文
ぴたッととまった一隊に答礼する栖方の挙手は、すきなくしっかり板についたものだった。軍隊内の栖方の姿を梶は初めて見たと思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
間もなく病的に蒼褪あおざめたうすのような馬の大きな頭が、わたしの目路めじちかくに鼠色とはいえ明色ではない悒々ゆうゆうしい影をひいてとまった。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あまりきれいでない自動車が二台、道夫の家の前にとまっていた。いや、道夫の家の前ではない。お隣の木見さんの家の前らしい。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょっと車体に動揺を感じて、それがなくなったところですぐとまってしまった。電車はもう広小路へ来ていた。哲郎はすぐっておりた。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのビルの一室が開けてもらえるかどうかはっきりしなかったが、彼の全財産を積んで一台のリヤカーはもうその建物の前にとまっていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
三囲神社から半町程上手の堤に沿って、ポッツリと一軒のこわれかかった空家があって、その蔭に隠れる様に、一台の自動車がとまっていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
汽車がとまっている時掃きに来るのは室外へ出て塵の沈むのを待っていられますがこの頃は進行中に掃かれるので随分困ります。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
年はもう三十五になるが、肉躰にくたい的な快楽以外にはなんの関心もなく、精神的には十五、六歳のまま成長がとまっているようだ。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
白いかたわれ月はろうたけて黄にあかって来る。ほのかに白い白帝城を、私の小さい分身の子供が、立ってとまって仰いでいる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
『通過驛といふこともございませんが、あそこは停留場ていりうばでございまして、知らせがないととまりませんので、……』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼が細君の枕元へ帰って来た時、彼女の痛みはますますはげしくなった。彼の神経は一分ごとに門前でとまる車の響を待ち受けなければならないほどに緊張して来た。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金杉を渡って、芝、田町へ差し掛ると、懐中鏡が一つほうり出されたのを最後に、駕籠はピタリととまりました。
「もしもしちょいとどうぞ、どうぞちょいとお待ち遊ばして。」と路を遮ったので、威勢の腕車くるまが二台ともばったりとまる。米は顔を赤らめて手を膝に下げて
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あのにぎつたほか、あのむねいだいたほかむねのあつたことを想像さうぞうして、心臓しんざう鼓動こどうも一とまり、呼吸いきふさがつたやうにおぼえた。同時どうじ色々いろ/\疑問ぎもんむねおこつた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
きもの冷えるような夢幻的な思いがはしって、やがて力無く、ぼくのからだは一箇いっこの死体のようにとまる。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々あかあかと、風車を付けた乳母車うばぐるま、いつも街上にとまつてゐた。
声に気がついた時、バスは上野広小路から、切通下で一寸とまったのが、もう動きだしていた。車外に、白シャツ半ズボンの、商店の若者らしいのが、ちらりと見えた。
傷痕の背景 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
来たのは工事専用の汽車で、それがまだ普請中ふしんちゆうのステーションの側でとまると、屈強な機関手と其見習が機関車を飛降りて、突然いきなり飯屋へ駈付ける。ほかの連中も其例にならふ。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
一時間程って、ようやく俥はとまった。再びざらざらした男の手が私を導きながら狭そうな路次を二三間行くと、裏木戸のようなものをギーと開けて家の中へ連れて行った。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
春代は腹立しげに、「何だい。馬鹿にしている。とまるかと思ったら、あいつも行ってしまった。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大臣だいじんの子のタルラはいちばんさきに立って鳥を見てはばあと両手りょうてをあげて栗鼠りすを見つけては高くさけんでおどしました。走ったりまたとまったりまるで夢中むちゅうすすみました。
流されたりとまったりして、おそらく十七、八日くらいもかかっていたのではないかと思われた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし肝腎かんじんな「製鉄事業の拡張」はちっともとまらない。南洋の方で鉱業関係で莫大ばくだいな金を儲けた実業家と、某官庁の部長の人とがこれに加わって、火の手は揚るばかりである。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
たゞ門は廣々と開け放されて、外側に馬具をつけた馬と、馭者臺に馭者の乘つた一臺の驛傳馬車がとまつてゐた。私は彼に近づいて殿方たちが來ることを知らせた。彼は頷いた。
一瞬いっしゅん、船はとまり、時も停止し、ただ、この上もなく、じいんとあおい空と、碧い海、暖かい碧一色の空間にぼくはけ込んだ気がしたが、それもつか、ぼくは誰かにみられるのと
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
かの女が分譲地の標札ひょうさつの前にとまって、息子に対する妄想もうそうたくましくしてる間、逸作は二間ほど離れておとなしく直立して居た。おとなしくと言っても逸作のはただのおとなしさではない。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
木曾旅行の途次、贄川にえかわの宿で乗合馬車が暫くのあいだとまっていた時のことである。折から鉄道工事の最中なので、大勢集っていた工夫たちにまじって、名産の「ななわらい」を一杯試みた。
われわれは、動力所にって、敵を迎える。動力がとまって、凍結剤を海中の鉄管に送ることが出来なくなれば、この島は、忽ち溶けてしまうのだから、それを怖れて、敵も手出しは出来まい
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
車が門の前でとまった。正太はそれから飛降りて、閉めてあったを押した。「延ちゃん、皆な帰って来ましたよ」正太が入口の格子戸を開けて呼んだ。それを聞きつけて、お延は周章あわてて出た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
して乘つた時の窮屈きうくつさ。洋服着た男とでも肩が擦れ/\になると、譯もなく身體が縮んで了つて、ちよいと首を動かすにも頸筋が痛い思ひ。とまるかと思へば動き出す。動き出したかと思へば停る。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
脈も呼吸もとまって了い、爾して四十時間乃至五十時間の後に、酒の酔いの醒める様に蘇生します、蘇生すると蘇生せぬとの分量の差という者は極めて僅かの者で、若し之を服用する人の身体に
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
しんさい——と聞いて子供たちの呟きがなぜか一時にとまるのであった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
入相いりあひかねこゑいんひゞきてねぐらにいそぐ友烏ともがらす今宵こよひ宿やどりのわびしげなるにうつせみのゆめ見初みはじめ、待合まちあひ奧二階おくにかい爪彈つめびきの三下さんさがすだれるゝわらごゑひくきこえておもはずとま行人ゆくひと足元あしもとくる煩惱ぼんなういぬ尻尾しつぽ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「品川々々」と呼ぶ駅夫の声と共に滊車きしやとまりぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
車がとまつた時に、安兵衛は私の淋しい顔を見て
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
バスが来て母子の前にとまつた。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
とまちやつた
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「電線があのとおりぷっつり切れています。千早館への電気の供給は、あのとおり電線が切られたとき以来とまっているのですよ」
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
車道を横断よこぎっていると、ちょうど動坂どうざかの方から出て来た電車がやって来て、すぐ眼の前でとまったので、急いでその電車の前を横断よこぎろうとした。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こういう日暮に誰人たれびとの跫音であろうと、筒井ははじめて注意を向けた。跫音は裏戸のあたりでとまったらしく、何となくその方に眼をとどめた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
帆懸舟ほかけぶねが一せき塔の下を行く。風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所にとまっているようである。伝馬てんまの大きいのが二そうのぼって来る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千代子は道々とまりがちな腕時計を耳に押当てては見やりながら、あわてて楽屋へ駈込んだ時、大阪の興行先から浅草の楽屋宛に出した、思いがけない山室の手紙を受取った。
心づくし (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから顔を滅茶滅茶に傷つけて、着物を着替きかえさせ、ちゃんと時間を調べて置いた夜の貨物列車が、窓の外にとまるのを待って、屋根伝いにそこへ抱きおろす。という順序なのだ。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
烏の大尉は、矢のやうにさいかちの枝にりました。その枝に、さつきからじつととまつて、ものを案じてゐる烏があります。それはいちばん声のいゝ砲艦で、烏の大尉の許嫁いひなづけでした。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
銀座のとおりで手を挙げれば、鉄道馬車がとまるではなかろうか、も一つその上に笛を添えて、片手をあげて吹鳴らす事になりますと、停車場ステイションを汽車が出ますよ、使い処、用い処に因っては
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一つの町——大さう大きな町——で、馬車はとまつた。馬がはづされて、乘客たちは、晝食のためにりた。私は、旅籠屋はたごやへ連れて行かれた。そこで、車掌は、私に食事をすることをすゝめた。
参木は起き上ると眉をひそめたまま、寝台から足をぶらぶらさせて黙っていた。彼は天井にとまっている煽風機の羽根を眺めながら、どうして好きな女には、指一本触れることが出来ないのかと考えた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
……バスは比治山ひじやまの上でとまり、そこから市内は一目に見渡せた。すぐくさむらのなかを雑嚢ざつのうをかけた浮浪児がごそごそしている。それが彼の眼には異様におもえた。それからバスは瓦斯ガス会社の前で停った。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
駈け駒はきほひ空飛べしづかなる駈けのとまりはひたととまりぬ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
廊下を足音が戻って来て、とまった。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)