)” の例文
初冬の夕陽がい寄る縁側、今までガラッ八の八五郎を相手に、将棋しょうぎの詰手を考えている——といった、泰平無事な日だったのです。
まことにつまらない思いで、湯槽からい上って、足の裏のあかなど、落して銭湯の他の客たちの配給の話などに耳を傾けていました。
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
「困つた事を言ふのネ、あ、さう/\かに……、蟹を食べた事があつて? あの赤アいつめのある、そうれ横に、ちよこ/\とふ……」
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
が動くと、クスクスと笑うものがあるので、誰と低くきくと、あたしだよと答えるのは姉さんで、そっとうようにして上陸あがる——
燃えひろがる早さも、焼け焦げ独特のジワジワした感じであるが、それが千倍万倍の速さになって、顔面の皮膚をいひろがるのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そらくもくした! うすかげうへを、うみうへう、たちままたあかるくなる、此時このときぼくけつして自分じぶん不幸ふしあはせをとことはおもはなかつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
村子はそちらへ行こうとするが、やめて、いずりながら中央のガンドウの方へ来て、ガンドウを動かして、二人の方へ光を向ける。
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
のこのこと床からい出した歌麿は、手近の袋戸棚をけると、そこから、寛政かんせい六年に出版した「北国五色墨ほっこくごしきずみ」の一枚を抜き出した。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なきさけぶおかみさんを、いすはぐいぐいとおし、部屋へやの外につきだした。ホールはうようにして、いっしょに外にころがりでた。
それがさ、一件じゃからたまらぬて、乗るとこうぐらぐらして柔かにずるずるといそうじゃから、わっというと引跨ひんまたいで腰をどさり。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蟹は、このになってもまだじぶんの運命をなんとかして打開だかいしようとでもいうように、せまいかごの中をがさごそいまわっていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
言い知らぬわびしさが襲いかかり、死の幻想に浸るのだったが、そうした寂しさはこのごろの彼女の心に時々い寄って来るのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
十二月始めのある日、珍しくよく晴れて、そして風のちっともない午前に、私は病床からい出して縁側で日向ひなたぼっこをしていた。
浅草紙 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まわりに、何かガヤ/\という騒ぎが聞えてきましたが、しばらくすると、私の足の上を、何か生物が、ゴソ/\っているようです。
私は半分寝床から体をひ出しながら、口をとがらせながら、つぶやくやうに云つた。さう云ふ私を、兄は非難しようとさへしなかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
丈の高いかし椅子いすが、いかつい背をこちらへ向けて、掛けた人の姿はその蔭にかくれて見えぬ。雪のやうなすそのみゆたかに床にふ。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
多分たぶん被害者ひがいしゃは、くるしみもがき、金魚鉢きんぎょばちのところまでいよつてきて、くちをゆすぐか、または、はちなかみずもうとしたのだろう。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
棚を作っているのもあり、あるいは大木にからませているのもあり、軒から家根へわせているのもあるが、皆それぞれに面白い。
我家の園芸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
建物の前面の屋根のところから電光状に壁をいさがり、沼の陰気な水のなかへ消えているのを、見つけることができたであろう。
電柱がたおれ、電線が低く舗道ほどうっていた。灰を吹き散らしたような雨が、そこにも落ちていた。廃墟の果てるところに海があった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
こういうわけで、少年はすぐさまそのもういで承知しょうちしました。そして、小人がいだせるように、網をゆり動かすのをやめました。
白井はこの機会をのがさずふやうに折屈をりかゞんで、片手を常子の額に載せて見た。ていよくけられるかと思ひの外常子はにつこり微笑み
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
知らぬまに、高かったその陽がおちたとみえて、うっすらと夕ぐれがい寄った。——同時のように、ひたひたと足音が近づいた。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そのうちに全身をれ流れた汗が冷え切ってしまって、タマラナイ悪寒おかんがゾクゾクと背筋をいまわり初めた時の情なかったこと……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
やり過して地びたをって後へ廻った鉄公の手がお鶴の裾にかかったかと思うと紅がひるがえって高く捲れた着物から真白なはぎが見えた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そこには、露をつけた、背の低い、名の知れない植物がい回っていて、遠く浜から、かすかな鹹気しおけと藻の匂いが飛んでくるのだ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それはちょうど、紺屋こんや藍瓶あいがめの中へ落ちた者が、あわてふためいて瓶からい上るような形であります。かおも着物も真黒でありました。
刑事の抱きとめる手がおくれて、あやか夫人は下へくずれ、二三度床板をつかむようにいだして、やがて、くずれて、動かなかった。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
高柳君はとこのなかからい出した。瓦斯糸ガスいと蚊絣かがすりの綿入の上から黒木綿くろもめんの羽織を着る。机に向う。やっぱり翻訳をする了簡りょうけんである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何のつやもない濁った煙色にり、見る/\天穹てんきゅうい上り、大軍の散開する様に、東に、西に、天心に、ず、ずうと広がって来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と書きて贈りしその花にさふらふ。奥村氏の前庭ぜんてい紅木槿垣べにむくげがきひまつはりしもその花にさふらふ。翌日ははやほろほろと船室の中にべにこぼさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
と金右衛門は、断崖のい松に引ッかかっていた月江の帯を輪に巻き、谷底を目がけてポーンとそこから真っすぐ下へほうり投げました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子供のキャッチボールのそれ球をわんわんのようにってえんの下にさがしに行ったりどろだらけな靴下をつくろってやることもあります。
すると花の列のうしろから、一ぴきの茶いろのひきがえるが、のそのそってでてきました。タネリは、ぎくっとして立ちどまってしまいました。
「まあ、お母さん、どうしたんです? こんな所までして来て。お母さんったら。——甲野さん、ちょっと来て下さい。」
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして友禅の模様の上をいながら袂の中に忍び込んだらしく、お納戸なんどのたけしぼの地を透かしてほのかに光っているのが見える。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
予がこの谷をまるで歩き過ごした時に汝はまだこの小川の底をい渡ってしまわぬ位だろうと言うと守宮そんなに言われると一言も出ぬ
そして人気なく寂然として、つるつたの壁にうた博士邸の古びた入り口にたたずんで待つことしばし、やがて奥にしわがれた声が聞えたかと思うと
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
虱は慌てて其辺そこらひ回つたが、職人の掌面は職人の住むでゐる世界よりもずつと広かつた。虱は方角をそくなつて中指にのぼりかけた。
「よかろ」二人は、ハンモックを離れて、畳のように海面に拡がった風船にい上った。大きな麻袋なので、二人を乗せても平気だった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
天井てんじようまであがつたならば、屋根やねまで打拔うちぬいて火氣かきくこと。これはほのほ天井てんじようつてひろがるのをふせぐに效力こうりよくがある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
若君は乳母めのとの所で寝ていたのであるが、目をさましてい寄って来て、院のおそでにまつわりつくのが非常にかわいく見られた。
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
蒙々もうもうたる灰煙の中に誰かかがんでいる者がある、なおも近寄ってみるとそれはあの男で、床の上へうようにして何かをじっと覓めている
蛮人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は、女房の手を離れて、い出して来た五人目の女のを、片手であやしながら、窓障子のすきから見える黒い塀を見ていた。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
人類の幼稚時代のあるとき、一人の気ばたらきのある人間が岩の中のくぼみにいこんで身をかばったと想像できるであろう。
二人の人夫が石垣をってあがって来た。組頭の松蔵とこれも組頭の一人の寅太郎とらたろうの二人であった。松蔵はにこにこしていた。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところが、この毛虫が成長するに随ってゾロゾロい出し、盛んに家宅侵入、安眠妨害をるので、人民の迷惑一通りでない。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
この時雌鼠は恐る恐る黄金丸の前へひ寄りて、慇懃いんぎんに前足をつかへ、数度あまたたびこうべを垂れて、再生の恩を謝すほどに、黄金丸は莞爾にっこと打ち
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
博士は、部屋の片隅にある犬のくぐり戸のようなまるい形の扉をあけて、次の部屋へいこんだ。先生も、そのあとに続いた。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わたしはすっかり怖気おじけづいて、こそこそ彼女たちの傍屋はなれいこんでは、なるべく老夫人のそばに、くっついているようにしたものである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)