いまし)” の例文
近習きんじゅの者は、皆この鬢をむしるのを、彼の逆上した索引さくいんにした。そう云う時には、互にいましめ合って、誰も彼の側へ近づくものがない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
其を考へる度に、亡くなつた父が丑松の胸中に復活いきかへるのである。急に其時、心の底の方で声がして、丑松を呼びいましめるやうに聞えた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
おその上に、この賤しむべき男が酒によって酔狂でもすれば自からいましめると云うこともあろうが、大酒の癖に酒の上が決して悪くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
幸い夜をいましめる羅卒らそつにも逢わず、ようやく阿部川町の家に辿り着いた綾麿は、綿の如く疲れて居りました。格子を開けてころげ込むと
と一足出てまたつぶやいたが、フト今度は、反対に、人をいましむる山伏の声に聞えた。なかれ、彼は鬼なり、我に与えし予言にあらずや。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少時前いまのさきッたのは、角海老かどえびの大時計の十二時である。京町には素見客ひやかしの影も跡を絶ち、角町すみちょうには夜をいましめの鉄棒かなぼうの音も聞える。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
少時前いまのさきツたのは、角海老かどえびの大時計の十二時である。京町には素見客ひやかしの影も跡を絶ち、角町すみちやうにはいましめの鉄棒かなぼうの音も聞える。
里の今昔 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダルガスとにかんする事柄は大いに軽佻浮薄けいちょうふはくの経世家をいましむべきであります。
例の支那人が口癖に誇った忠君愛国などもこの伝で、毎々他国へ売却されて他国の用をしたと見える。いましめざるべけんやだ。
恐ろしい境界に臨んでいるのだと幾度も自分をいましめながら、君は平気な気持ちでとてつもないのんきな事を考えたりしていた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
老いを忘れる為に思ひ出にふけるとは卑怯ひきょうな振舞ひとして、秋成はかねがね自分をいましめてゐた。過ぐ世をも顧りみない、行く末も気にかけない。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そして彼女の愛情は、クリストフが押えかねてる情熱の激発にたいして、洞察どうさつ的な微笑を浮かべながらみずからいましめていた。
かれはやし持主もちぬしうてつたのである。それでもあまりにひとくち八釜敷やかましいので主人しゆじんたゞ幾分いくぶんでも將來しやうらいいましめをしようとおもつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
吾人ごじんは実にこの点において、彼らが太甚はなはだ相類するを認め、而して後の志士たる者、これについてみずかいましむる所あらんことをねがわざるを得ず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ところで、今、河岸に沿うて歩きながら、珍しくも、三造の中にいる貧弱な常識家が、彼自身のこうした馬鹿馬鹿しい非常識をわらい、いましめている。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それにつけても思うのは、このごろ江戸に起った貧窮組、浅ましいようでもあるし、おかしいようでもあるが、あれもまた時世をいましむる一つの徴候しるし
最も名高いのは加藤清正毒饅頭どくまんじゅう一件だが、それ等の談は皆虚誕であるとしても、各自が他を疑い且つ自らいましめ備えたことはあまねく存した事実であった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
理性なくして一片の感情にはしる青春の人々は、くれぐれもしょうて、いましむる所あれかし、と願うもまたはしたなしや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
館の中での乱痴気さわぎも、ここらあたりへまでは聞こえて来ず、厩舎で馬が地を蹴る音や、非常をいましめる巡視みまわりの卒の、撃柝げきたくの音ばかりが聞こえて来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「われをいましめたもうは、天、われをたすくるのである。怠ってはなるまい。九陣にわかれ、八面に兵を埋伏まいふくし、各〻、英気をふくんで、夜陰を待ちかまえろ」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくて薄暗き燈火ともしびは、これと親むなかだちとなるものなりと云ひぬ。紳士の詞は未だをはらぬに、傍より叱々しつ/\いましむる聲す。そは開場ウヱルチユウルの曲の始まれるが爲めなりき。
夜が更けるに従って、雪がこごって堅かったが、各自がいましめ合って雪の上を踏んで行くと、すねを切るように抜け落ちるのである。折々おりおり木枯が激しく吹き荒んだ。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
蜂の毒の恐ろしい事を学んだ長子等は何も知らない幼い子にいろんな事を云っていましめたりおどしたりした。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その不見識とやらをきらふよりは、別に嫌ふべく、おそるべく、いましむべき事あらずや、と母はひそかおもひはかれるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
渚から七八間離れた所に仕合の場をしつらえて、足軽小者を小半町も四方へ出して見物人をいましめている。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
貧に暮した時を忘れず、おごりをいましめて、かなり店が手広くなってからでも、窮乏した昔を忘れなかった。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
宵に母親にいましめ責められた房吉は、隠居がじりじりしてごうにやせば煮すほど、その事には冷淡であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この時戛々と靴音も高く、こなたに近づき来たる一個の人物あり、これぞ夜をいましめる警察官であった。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
マドレーヌさんがいかなることをなそうとも、彼はいつもそれに敵意を持ち、あたかも一種の乱し動かすを得ない本能によってさまされいましめられてるがようだった。
蓋原文は言語ことばに近く訳文は言語ことばに遠ければなり、又本多作左が旅中家に送りし文に曰く「一ぴつもうす火の用心ようじん阿仙おせんなかすな、うまこやせ」と火をいましむるは家をまもる第一緊要的きんようてきの事
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
源氏も心の中で、こう人のうわさする筋書きどおりのあやまった道は踏むまいとみずからいましめた。
源氏物語:30 藤袴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
水脈みおいましめる赤いランターンは朦朧ぼんやりとあたりの靄に映って、また油のような水に落ちている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
もっとも、己の心にう云う自覚が生じたのは、つい近頃の事なのだ。の間まで、己は自分の詩人的傾向を、むしまわしい缺点だと信じて、ひそかにいましめたり嘆いたりして居た。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
土間の広い仕事場、かまちの高い店、それから奥の居間から小座敷と、たがいに不意の襲撃をいましめあいながら一巡りしたが、仕事場も住居家も綺麗に片づいて人のいる様子もない。
軽々に妄信することをいましめる先生の気持が、この草稿の全体を通じて浸みわたっている。
しかして我をいましめ、我を守り、我を誤らんとするものある時は必らずこれを警戒する、もし彼にそむけば彼大に我を責める、従って苦めるものなりと説いている。昔陽明学者の歌に
自由の真髄 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この注意は学問の共同態において青年たちが殉情じゅんじょう的な結合にはしることをいましめたのである。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そしてその定明の声は、自分で何をするか分らないいましめを、自らにも、経之にも叫びあうようなものだった。やがてそれは同様な兄経之のたかぶった気持と、少しのかわりのないものだ。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ダンテの生涯はその最もよき手本である。私は純潔なる青年に、何よりもこの問題に対して重々しい感情を保たんことを勧めたい。女に対して早くよりずるくなることをいましめたい。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ハイ——といましむる御者ぎよしやの掛声勇ましく、今しも一りやうの馬車は、揚々として霞門かすみもんより日比谷公園へぞ入りきたる、ドツかとり返へりたる車上の主公は、年歯ねんしくに六十を越えたれども
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「婆鬼は盗業をいましめて両手の指を折り、翁鬼は無義をにくんで頭足ずそくを一所にせばむ」
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
諸君は今に自分のやうな苦い悔いばかりを味はねばならないであらうと云つて、若い人をいましめる心よりは、単純であり得た自己の青春を限りも無くなつがしがつて居る歌だと私は見て居る。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
私も今でこそ今日のハイカラ達をそしりもしいましめもするが、以前の私のハイカラは今日の人々よりも数倍のハイカラで、このハイカラ熱からいえば今の若い人々はまだまだ沈着しているのだ。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
或時決して見ることはならぬといましめて、一間に籠ったのを、母親が怪んでひそかに覗き見ると、たらいの中でお産をして、三疋の竜の子を生んで居たそうである。それから娘はパッタリ来なくなった。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
また「しん刑法志」に「五帝象を画いて民禁を知る」とあるなどは、皆刑罰の絵を宮門の双闕そうけつその他の場所に掲げて人民をいましめたことを指すもので、これに依っても古聖王が法を朦昧の人民に布き
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
高手小手にいましめて妻子さいしなくをもかまはゞこそ四方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いましめてかどより我身を押し出だしし12055
祕密の鸚鵡あうむいましめぬ、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
時下秋冷のこうそろ処貴家益々御隆盛の段奉賀上候がしあげたてまつりそろのぶれば本校儀も御承知の通り一昨々年以来二三野心家の為めに妨げられ一時其極に達し候得共そうらえども是れ皆不肖針作ふしょうしんさくが足らざる所に起因すと存じ深くみずかいましむる所あり臥薪甞胆がしんしょうたん其の苦辛くしんの結果ようやここに独力以て我が理想に適するだけの校舎新築費を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丁度下宿の前まで来ると、あたりをいましめる人足の声も聞えて、提灯ちやうちんの光に宵闇の道を照し乍ら、一ちやうの籠が舁がれて出るところであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)