たきぎ)” の例文
橋のたもとに二軒の農家があって、その屋根の下を半ば我が家の物置きに使っているらしく、人の通れる路を残してたきぎたばが積んである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
学期末になまけてわるい成績をとるものは、それ、『百日たきぎを積み、一日にしてこれを焼く。百日これを労し一日にしてこれを失う』
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「樹を伐ったのは、小屋あ建てたり、雪解ゆきげで流された橋を渡したり、たきぎにしたりしたんだろ。往来調べなんか、おらあ見たことねえが」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「坊ちやんは知つてるのかい。君が今一緒にたきぎを挽いてるのが、米国切つての自動車王ヘンリイ・フオウドさんだつてことをさ。」
因襲に依存して、思想の貧困に甘んずるよりは、最も大胆な反逆者となって新しい生命を燃やす一片のたきぎになろうとしたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
また、わか時分じぶんやまたきぎをとりに、せがれをつれていって、ちょうどはじめたきのこをたくさんとったことをおもしました。
とうげの茶屋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして網はみんなかかり、黄いろな板もつるされ、虫は枝にはい上がり、ブドリたちはまた、たきぎ作りにかかることになりました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
たきぎを一本手に取ると、陶器師は火口ほくちへ押し込んだ。パッと火の子が四散した。その一つが飛んで来て、陶器師の左の頬を焼いた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やわらかい木のたきぎで炊いたものより堅木かたぎの方が良く出来ます。それに水車でいたお米は水分を含んでいて味もるしえ方もすくのうございます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家にきもののない時にはなたで縁側をたたこわし、それをたきぎにしたという人だった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
土地のしゅうという家に一人の奴僕しもべがあった。ある日、たきぎを伐るために、妻と妹をつれて山の中へ分け入ると、奴僕はだしぬけに二人に言った。
入り口に手ごろの石で囲った炉を設けて、山のように積まれたたきぎは、猟人の営みがまもなく開始されることを語っているのだ。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
それから周りへたきぎを山の様に積んで、火を掛けての、馬も具足も皆焼いてしもうた。何とあちらのものは豪興をやるではないか
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏庭の広場では、どうやら安吉老人がたきぎを割り始めたようだ。きっと浴室の煙突からは、白い煙が立上っているに違いない。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
寝殿しんでんのお焼跡のそこここにまだめらめらと炎の舌を上げてゐるのは、そのあたりへ飛び散つた書冊が新たなたきぎとなつたものでもございませう。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
野営地の跡が、二カ所あった、石を畳み上げて、かまどが拵えてあるので、それと知れたのだ、偃松のたきぎが、半分焦げて、二、三本転がっている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
多分この事はお前の両親も知っていたろうと思われる証拠には……ソレ……その孩児ややこを埋めた土の上がわざっとたきぎ置場にしてあったじゃろう。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たきぎの支度をすることをセチ木り、その他セチゴ(節衣)だのセチ草履ぞうりだのというのも、すべてこの晴れのこしらえであったのを見てもわかる。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たきぎ湿しめしてこれを燃やさんとするがごときもの、経世の策としてはすなわち一方に偏するのそしりを免れざるものである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
もうみちが悪うございまして、車が通りませんものですから、炭でもたきぎでも、残らず馬に附けて出しますのでございます。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
民衆をして、プロメシュースの火のたきぎたらしむることであった。そして彼が試みた最初の努力は、新らしい民衆劇を起こさんとすることであった。
しかのみならず今日にいたりては、その御広間もすでに湯屋ゆやたきぎとなり、御記録も紙屑屋かみくずやの手に渡りたるその後において、なお何物に恋々れんれんすべきや。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おきみにレコードをかけることを命じたり、ひたすら、感興の火に感興のたきぎを添えることに余念もありませんでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
兄に対して薄情なりし報いのためにや損毛のみ打つづきてまた貧者となり、たきぎを売りてからくもくる身となりけり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
通りは警察がやかましいので、昔のように大仕掛おおじかけな焚火たきびをするものもないが、少し裏町にはいると、たきぎを高く積んで火を燃している家などもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
なお妙な風があって大学の生徒になった時分にはそのしるしとしてたきぎをラサ府へもらいに行くのです。これがすなわち
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
わたくしは日々手籠てかごをさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道あぜみちを歩み、枯枝や松毬まつかさを拾い集め、持ち帰って飯をかしたきぎの代りにしている。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その代りにたきぎを割ったり、毛布一つで農村労働者に「自覚」と「団結」を促して歩いたり、とりを盗んだり山火事を起したり、貨物列車にぶら下って旅行したり
字で書いた漫画 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
今日の講師にはことに尊い僧が選ばれていて「法華経はいかにして得したきぎこり菜摘み水み仕へてぞ得し」
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ある人、夢に極楽に遊び、四面光明赫々かくかくたるを見、驚きさむれば、炉中にたきぎの突然火を発するを見たり。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
清兵衛は、大地にふり積もった雪を、かぶとの中にかきこみ、火をたくにもたきぎがなかったので、自分の双手もろてをつっこみ、手のひらのあたたかみでもんで水にとかして
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
馬琴の『蓑笠両談』二に、丸山応挙に臥猪ふしいの画を乞う者あり。応挙いまだ野猪の臥したるを見ず心にこれを想う。矢背やせに老婆ありたきぎを負いてつねに応挙が家に来る。
急ごしらえの築立竈つきたてかまどの下へ、たきぎを折りくべて火をたきつけ、やや遠いところの水汲場へ行って、バケツへ水を満たして来て、釜に入れたりなど、まめまめしく働く。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
潮風しおかぜに吹き流されて。この島のいそにでも打ちあげれば、あまの子が拾うてたきぎにでもしてしまうだろう。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
たきぎは太きものがおびただしく加えられた、狭きところを押合うように銘々横になる。宗平と宗忠は、私に遠慮して、入口近く一団となって寝ている。枕は「メンパ」であろう。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
それだからすでたきぎるべき時期じきすごして、大木たいぼくさうそなへて團栗どんぐりあささらせられるやうにれば、枯葉かれはいさぎよいてからりとさわやかに樹相じゆさうせるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
同役の一人はその人俵をずるずると引摺ひきずって水際みずぎわの方へ往った。そこにはたくさんのたきぎを下敷にした上に二三十の人俵が積んであった。老人の人俵もその上にひきあげられた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから、古い十能を取上げて湿ったたきぎの上に灰をかぶせ、すっかりそれを埋めてしまった。
というのは親子夫婦共働きょうどうし、雪をんで家に帰れば身体すでに疲憊ひはいし、夕食を終ればたがいに物語るだけの元気もせ、わずかに拾ったたきぎに身をあたため、あんむさぼるがごときはい
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
宮は楽椅子を夫に勧めて、みづから煖炉ストオブたきぎべたり。今の今まで貫一が事を思窮おもひつめたりし心には、夫なる唯継にかくつかふるも、なかなか道ならぬやうにていさぎよからず覚ゆるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
人妻たるはなほ忍ぶべしである。何故なぜ Denovalin のやうな、意地の悪い恋の敵が出て来て、二人を陥しいれねばならぬか。二人をき殺す筈のたきぎの火は神の息に消える。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
無花果の樹は翌日一日つぶして、私がたきぎにした。この樹は水っぽいのか、薪としては不適当のようである。風呂をたく時だけに使っているが、今まだ半分以上物置きに残存している。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
アントワープの町の人々はみないじらしがって、パン切れにスープをそえて、持ち出して来てくれるおかみさんや、かえりの空車あきぐるまの中へたきぎの束を入れてくれる人などあらわれました。
ある者はその心に無限なるものの光をたたえた。人々は歓喜してその光を浴びた。しかし——その光もまた有限の心に反射された光であった。人々はさらに新しい輝きを求めてたきぎあさる。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
たきぎる鎌倉山の木垂こだる木をまつとが言はば恋ひつつやあらむ (同・三四三三)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
燃え上っている大きなほのおの中のたきぎのように、わたくしはあなたが用捨ようしゃもなく、未来に残して置かねばならないはずの生活までを、ただ一刹那いっせつなの中に込めて、消費しておしまいなさるのを
「今日は学校休んでたきぎをとって来い 子供じゃ言うても飯を食うからにゃ」
育て力づよく (新字新仮名) / 田村乙彦(著)
しもノ者の連れてはいった廃家は、むかし住んだ家のようにるものことごとく荒れはてていた。例の竈の裏のたきぎわらをつんだあたりにも、戸の裏、古材のかげにも、もう、右馬の頭の姿はなかった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
酒も呑まず賭事かけごとにも手を出さず、十二三歳の時から、馬で赤城あかぎたきぎを採りに行ったりして、馬を手懐てなずけつけていたので、馬に不思議な愛着があり、競馬馬も飼い、競馬場にも顔がきいていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)