ふと)” の例文
その間に、女中頭の菅沼るい(五十歳)白い毛糸のジャケツを、ふとつたからだに軽く羽織はおつて勿体らしく右手のホールから現はれる。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ただ相対して乗っている、よくふとった娘だなアと思う。あの頬の肉の豊かなこと、乳の大きなこと、りっぱな娘だなどと続いて思う。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その廻りに、黒ん坊みたいな子供が四人、ウジャウジャと寝て、その向うに腰巻一つの内儀おかみさんが、ふとったしりをこっちへ向けている。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
突然だしぬけに西だの東だのったって、容易に分かりゃしないわ、考え込んでいると、丸顔のふとったもう一人のお役人が磁石を出しかけたの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
杜はふとじしおよそこうした活溌な運動には経験のないお千に、この危かしい橋渡りをやらせるのにかなり骨を折らねばならなかった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その室のすみに、ポリモスからもらつたまゝになつてる蝙蝠が、かごにはいつてゐました。ふとつた男はその籠のなかをのぞきこみました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
一緒に湯に入ると、女はお庄の肉着きのいい体を眺めて、「わたしは一度もお庄ちゃんのようにふとったことがなくて済んだんだよ。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ところかほわりあたまうすくなりぎたふとつたをとこて、大變たいへん丁寧ていねい挨拶あいさつをしたので、宗助そうすけすこ椅子いすうへ狼狽あわてやうくびうごかした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そこへ問屋の九郎兵衛でも来て、ふとった大きなからだで、皆の間に割り込もうものなら、伊之助の周囲まわりは男のにおいでぷんぷんする。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし胴のふとり方の可憐かれんで、貴重品の感じがするところは、たとえばふきとうといったような、草の芽株に属するたちの品かともおもえる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
からだは相当ふとっていたが、蒼白そうはくな顔色にちっとも生気がなくて、灰色のひとみの底になんとも言えない暗い影があるような気がした。
B教授の死 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私たちは海へ泳ぎに行ったついでに、甘蔗畑へ忍びこみ、よくふとった茎を折りとって、歯ぐきや唇を傷つけながら、噛んだものである。
甘い野辺 (新字新仮名) / 浜本浩(著)
あたしは先年、神路山かみじやまが屏風のようにかこんだ五十鈴河のみたらしのふちで、人をおそれぬ香魚が鯉より大きくふとっているのを見た。
アメリア嬢はふとっちょの背の低い婦人で、姉をひどく怖がっていました。彼女はセエラのしうちに吃驚びっくりして、階下したに降りて行きました。
不意にそのとき、ガラガラした声が、下からあがって来るとふとった女中が、ぺったりとそばへ来て坐って、とりなすように言った。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
女はまるまるとふとった子を抱いていたが、その子は彼の様子におどろいて泣きだした。「おだまりよ、リップ」と彼女は大声で言った。
そこへふとつた體中からだぢうの血が、鎖に循環めぐりを止められたので、顏と云はず胴と云はず、一面に皮膚の色が赤み走つて參るではございませんか。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
突然庫裏くりの方から、声を震わせて梵妻だいこくが現われた。手にくわのような堅い棒を持ち、ふとった体を不恰好ぶかっこうに波うたせ、血相かえて来た。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
異教徒席の中からせいの高いふとったフロックの人が出て卓子テーブルの前に立ち一寸会釈えしゃくしてそれからきぱきぱした口調でう述べました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あのよくふとっていた人が、げっそりとせて、半白の髪が、更に一層白さを増していたことによっても、十分察することが出来た。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
渋染しぶぞめの頭巾をこうかぶりましてね、袖無そでなしを着て、何のことはない、柿右衛門かきえもんが線香を持ったような……だがふとっちょな醜男ぶおとこでさ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一分間ばかりたつと、その戸口へよくふとった、頬の肉が垂れ、眉毛が三寸くらいに長く伸びている老人がチャンチャンコを着て出てきた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
声をかけたのは番頭の喜助、四十五六のよくふとった、——何となく魯鈍ろどんそうに見えるうちにも、したたかな駆引を用意しているらしい男です。
「あれじゃとてもやりきれない。退屈で、おまけにからだがぶくぶくにふとって来るし、食物たべものはまずく、寝りゃからだがいたい。」
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
帳場に横向きになって、拇指おやゆびの腹で、ぱらぱらと帳面を繰っていた、ふとった、が効性かいしょうらしい、円髷まるまげの女房が、莞爾にっこり目迎むかえたは馴染なじみらしい。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最初はむずかしくもありつまらないと思ったが、だんだんおもしろくなってきた、一日一日と自分がふとっていくような気がした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
……幸子はふとりじしのゆったりとしたからだつきで、口数の少ない、はきはきとしたなかに温かい包容力をもった婦人だった。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、すぐむくむくふとったかわいらしいしました。そこで二人ふたりはしばらくかおをしていました。そのうちきこりはふいと
金太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「ウン梶原君が!? あれが矢張やっぱり馬鈴薯だったのか、今じゃア豚のようにふとってるじゃアないか」と竹内も驚いたようである。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ツイ其処に生後まだ一ヵ月もたぬ、むくむくとふとった、赤ちゃけた狗児いぬころが、小指程の尻尾しっぽを千切れそうに掉立ふりたって、此方こちら瞻上みあげている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そう云いながら、瑠璃子は勝平に近づいて、ふとった胸に、その美しい顔をうずめるような容子ようすをした。勝平は、心の底から感激してしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、間が悪い時には悪いもので、邸がまだ半分も出来上らない昨今、身代しんだいはまたバアクシヤアだねの豚のやうに留め度もなくふとり出して来た。
変死人でもあるような話口はなしぐちであるから、彼はちょっと好奇心を起して、近くにいるふとった北隣の労働者の細君さいくんに声をかけた。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
俺あき見分けらあ。機関兵はせて色が蒼白あをじろいや。水兵はまる/\とふとつて色が黒いや。何故なぜつてよ、機関兵は石炭のこなほこりや、油煙を
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
……アンドリュウのお祭になると、村々が湧き立つような騒ぎになる。蜜餠メウドウイチだの、罌粟餠マアコニックだの、油揚餠パンプウシキだの、ふとった牝山羊の肉や、古い蜂蜜。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
其処そこから出て来た女は年頃三十八九で色浅黒く、小肥こぶとりにふとり、小ざっぱりとしたなりをいたし人品じんぴんのいゝ女で、ずか/\と重二郎のそばへ来て
そこから丸々とふとって突き出ている四本の手足は、全体にドス黒く、垢だらけになっている……そのキタナラシサ……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「そうです。一里半少し遠いか。」と、くらふとった方が言った。体格から、言葉から兵役に行って来た男らしく見える。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
小太りにふとった女であるが、容貌きりょうもまんざら悪くはない。殊に色白のたちであるので、二十三という年よりも若くみえた。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
農場の男も、その男にふさわしくふとって大きな内儀かみさんも、普通な背たけにしか見えないほどその客という男は大きかった。言葉どおりの巨人だ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
発達の好い丸〻まるまるふとった豚のようなひろい肩の上にシッカリすげ込んだようにして、ヒョロヒョロと風の柳のように室へ入り込んだ大噐氏にむかって
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と言って、お抱き取りになると、若君は快いみをお見せした。よくふとって色が白い。大将の幼児時代に思い比べてごらんになっても似ていない。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
トニオ・クレエゲルは、昔見たことがあるので、彼をっている。小さいふとった、脚の曲がった男である。刈り込んだ頬髯は白くなってしまった。
大柄な子で、っぺたがブラさがるようにふとっている。つぶらな眼と濃い眉毛を持っていて、口数はすくないがいつもニコニコしている少年だった。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
こんどは、鼻の頭の赤いふとった洋服の旦那だんなが、坂の方から酔っぱらって下りて来ました。與太郎よたろう旦那だんなの前へいって
たどんの与太さん (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
人のいいふとつらの墓掘りじいメティエンヌを、彼はこの二年ばかりの間に十ぺんくらいは酔っぱらわしたことがあった。
小猫は、やがてまる/\とふとつて、毛なみのうつくしい三毛猫みけねこになりました。家中のものは誰呼ぶとなく「三毛、三毛」と名をつけて可愛がりました。
身代り (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
故郷くにを出る時は一文無しだったのが、紙屑や草鞋わらじの切れたのを拾ったりして、次第に身代をふとらせて今日に至った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
太田が用意された担架の上に移されると、二人の看病夫はそれをかついで病舎を出て行った。ふとった医務主任がうつむきかげんにその後からついて行く。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
しかしこの時、あなたの一杯に毛の生えた脚の、女らしい体臭たいしゅうせると、ぼくはぞっとしていたたまれず、「熊本さんはふとりましたね」とかなんとか
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)