納戸なんど)” の例文
人間のこしらえてやった寝床ではどうしても安心ができないと見えて、母猫ははねこはいつのまにか納戸なんどの高いたなの奥に四匹をくわえ込んだ。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
申分の無い普請で、部屋の外、納戸なんどになつて居る板敷の長四疊には、めん籠手こて塗胴ぬりどうや、竹刀しなひなどが、物々しくも掛けてあるのです。
あとのほうはひとり言のようにいって、納戸なんどにふとんをしきだした母親を見ると、さすがに松江も泣きやみあわてて家をとびだした。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
さわは納戸なんど箪笥たんすをあけ、さし当り必要だと思われる着替えや帯を二三と、金になりそうな道具を集めて包にし、財布の中をしらべた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
絵をならい始めていた頃の、まずいデッサンの幾枚かが、茶色にやけていて、納戸なんどの奥から出て来るとまるで別な世界だった私を見る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
折くべ居る時しも此方の納戸なんど共覺しき所にて何者やらん夥多おびたゞしく身悶みもだえして苦しむ音の聞ゆるにぞ友次郎はきもつぶし何事成んと耳を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
或は村の農家の納戸なんどの奥で鉛筆を永い間かかって運びながら丹念に書く通信、小説は、たとえ現在では片々として未熟なものであろうと
一九三二年の春 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「困った熱病じゃ。とにかく、火鉢などは相ならん」と後ろへ、幾つもの箱を運んで来て、よどんでいる納戸なんどの小侍たちをにらみつけて
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして友禅の模様の上をいながら袂の中に忍び込んだらしく、お納戸なんどのたけしぼの地を透かしてほのかに光っているのが見える。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
又、お父様は、そのあとで、はかまをお召しになって、納戸なんどのお仏壇の前で見事に切腹しておいでになったそうですが詳しい事は存じません。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
というのは、お粂は見るまじきものをその納戸なんどの窓の下に見たというふうで、また急いで西側の廊下の方へ行って隠れたからで。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると女は、男をその家の納戸なんどのような部屋へ案内した。外出用の衣裳いしょうが、いく通りもそろえてある。どれでも、気に入ったのを着ろという。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
長くわずらっていた。納戸なんどを病室にして、母が始終看病してやった。亡くなる前の晩、忠八は僕に会いたいと言い出した。僕が枕許に坐ったら
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もう明日あしたあたりは父が歸るであらうといふ日、母はまた修驗者と二人で納戸なんどへ入つたまゝ戸を閉め切つて、夕方になつても出て來なかつた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
どうやら納戸なんどらしい。宗三自身は見る影もない腰弁だけれど、家丈けは、親父おやじ御家人ごけにんだったので、古いが手広な納戸なんていうものもある。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どこで、どんな面をして、今ごろこんなことを言えたものかと、振返って見直すと、納戸なんどのしきりからたしかに半身を現わしたお雪ちゃん——
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
納戸なんど色の地にぼんやり菊の花を浮出さした着物が、私の眼を遮った。見上げると、実際の彼女が少し小首を傾げて、眩しそうに微笑んでいた。
未来の天才 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
積薪せきしんひそかあやしむ、はてな、此家このいへ納戸なんどにはよひからあかりけず、わけて二人ふたりをんな別々べつ/\へやはずを、何事なにごとぞとみゝます。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸なんどすみたなにお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に小さい蝋燭ろうそくをともしている。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
昼日中はまっくらなお納戸なんどへ閉じこもったきりで、お出歩きは夜ばかり、明るいうちはひと足も外へお出ましにならず
右門捕物帖:30 闇男 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
夫婦はそこから一段高い次の部屋に寝ていたが、お島は大きくなってからは大抵たいてい勝手に近い六畳の納戸なんどねかされていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
春吉は、納戸なんどの座敷で、二人を待っていた。無言で、茶と、菓子と、煙草とを供してから、突然、怒ったような口調で
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ってわいた大変ごとというべきは、むすめのお艶がある夜殿様の源十郎にさらわれて来て奥の納戸なんどへとじこめられた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「あすこの土間で、お納戸なんど色の羽織をきて、高島田につてませう。いまちよいと中腰になつてます、あれですよ、」
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
女房はそれと見るとすぐ納戸なんどから、どてらと枕を持ってきて、無造作むぞうさなとりなしにいかにも妻らしいところが見えた。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
狭い家ではあるが奥に四畳半の納戸なんどがある。お時も綾衣に因果をふくめて、そのひと間の内に封じ込めてしまった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と云つて、ひと汽車の客が皆左の窓際へつて眺めるのであつた。自分は秋草あきぐさを染めたお納戸なんどの着物に、同じ模様の薄青磁色うすせいじいろの帯を結んで居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
夕日はしだいに低く、水の色はだんだん納戸なんど色になり、空気は身にしみわたるようにこい深い影を帯びてきた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あかずの間やかくれ納戸なんどや飛び降り障子や、ふしぎな造りになっている。何故そんな造り方をしたのか。密航者のためのものだという以外には考えられない。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
納戸なんど部屋の隅に伊丹樽を隠しておいて、そのなかへ醪を造り、その上へ茣蓙ござの蓋をして置く。それを、一日に何回となく杓子しゃくしで酌み出しては鍋にいれてくるのだ。
濁酒を恋う (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
暗い納戸なんどにでもつけたらしい小さな小窓が一つ切り開けてあるだけというような結果になってしまった。
とお嬢様は口早くちばやに云つた。山崎は目で点頭うなづいて駆けて行つた。平井は其跡を追つて行かうとした拍子に、手にもつたお納戸なんどのとクリイム色のと二本の傘を下におとした。
御門主 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
こう言っている時に、うす納戸なんど色の男の帯が尚侍の着物にまといついてきているのを大臣は見つけた。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
糸織の衿懸えりかけたる小袖こそで納戸なんど小紋の縮緬の羽織着て、七糸しつちん黒繻子くろじゆすとの昼夜帯して、華美はでなるシオウルを携へ、髪など撫付なでつけしとおぼしく、おもても見違ふやうに軽くよそほひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
納戸なんど、利久、御幸鼠、鶯茶、それにはなほ青柳あをやぎの色も雑つて、或は虫ばみ、或はねぢれたのもあり、斑らに濃い地面の色の上に垂れ流れるのは自らなる絵模様である。
本の装釘 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
納戸なんどの横手の電話のところまで参りますと、その時家の中の電燈が一時に消えてしまいました。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
将監癇癖つのって、納戸なんどよりこちらへちかづきくるものは、だれかれの容赦なくブッタ斬ると、召使一同にふれておけ! 竜胆寺どの若党が、供侍ともざむらい部屋にひかえておるはず。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
二人は黙つて奥へ通るので、五郎兵衛は先に立つて、納戸なんどの小部屋に案内した。五郎兵衛が、「どうなさる思召おぼしめしか」と問ふと、平八郎はたゞ「当分厄介になる」とだけ云つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
納戸なんどから取り出して貰って、明るい所でながめると、たしかに見覚みおぼえのある二枚折であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家内を見れば稿筵わらむしろのちぎれたるをしきならべ(いねむぎのできぬ所ゆゑわらにとぼしく、いづれのいへもふるきむしろ也)納戸なんど戸棚とだなもなし、たゞ菅縄すげなはにてつくりたるたなあるのみ也。
家のものは今蚊帳かやの中に入った所らしかった。納戸なんどの入口に洋灯ランプが細くしてあった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
十六にちあさぼらけ昨日きのふ掃除そうぢのあときよき、納戸なんどめきたる六でうに、置炬燵おきごたつして旦那だんなさまおくさま差向さしむかひ、今朝けさ新聞しんぶんおしひらきつゝ、政界せいくわいこと文界ぶんくわいことかたるにこたへもつきなからず
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と、庄屋は、炉へ投出していた脚を、周章あわてて引込めると、えりを合せて、坐り直した。下男は、牛小屋へ引込むし、子供は、母親に引張られて、吃驚びっくりしながら、納戸なんどへ逃込んでしまった。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
縁側の突き当たりに階子段はしごだんがあったり、日当たりのいいちゅう二階のような部屋へやがあったり、納戸なんどと思われる暗い部屋に屋根を打ち抜いてガラスをはめて光線が引いてあったりするような
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わたしが、彼女の手なみにさも感服したような顔をすると、彼女はまた赤くなって、何やら母親の耳へささやいた。母親もぱっと顔を輝かせて、わたしを納戸なんどへ案内しようと言いだした。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「父ちやん」と筒袖のあぶ/\の寢卷を着た子供が納戸なんどの方から走つて現れた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
納戸なんどの隅に折から一挺の大鎌ありなんぢが意志をまぐるなといふが如くに
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ようやく火を貰ってその棺桶を納戸なんどかくして置いたのを、正月になってからそっと開けて見ると、中には黄金こがね白金しろがねが一ぱいという類の、人が夢見得る限りの美しい空想が是に続いたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しゅとお納戸なんどの、二こくの鼻緒はなお草履ぞうりを、うしろ仙蔵せんぞうにそろえさせて、おうぎ朝日あさひけながら、しずかに駕籠かごたおせんは、どこぞ大店おおだな一人娘ひとりむすめでもあるかのように、如何いかにもひんよく落着おちついていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
阪井さんは二階の納戸なんどか便所だろ。心配しないでいゝよ。
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)