よそお)” の例文
若い娘たちの軽やかなよそおいが目立つて来ると、微風に誘われるように、京野等志も、じつと家のなかに落ちついてはいられなかつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
お綱は情熱と理智のたたかいにもまれて、固く睫毛まつげをふさいでいた。弦之丞には、静かに眠っているふうをよそおっている心の奥で——。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは仮死をよそおって拷問を中止させようとする横着物であることを役人たちはちらと看破して、決してその拷問をゆるめはしなかった。
拷問の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
高島田に奴元結やっこもとゆい掛けて、脂粉こまやかに桃花のびをよそおい、朱鷺とき縮緬ちりめん単衣ひとえに、銀糸のなみ刺繍ぬいある水色𧘕𧘔かみしもを着けたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつもより余程手を抜いてはいるが、化粧の秘密をりて、きずおおい美をよそおうと云う弱点も無いので、別に見られていて困ることは無い。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
先生はこの別離については何らの感激をも催さないようによそおっておられますが、しかし現われたる事実がすべてを打消しています。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
前髪に蝶結びのリボンを巻いた踊子の意気姿、かの女はもとよりショウト・スカウト、ハイヒール、流行色のよそおいが艶やかだ。
中国の書物には、秋海棠しゅうかいどうを一に八月春と名づけ、秋色中しゅうしょくちゅうの第一であるといい、花は嬌冶柔媚きょうやじゅうびで真に美人がよそおいにむに同じと讃美さんびしている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それ故淫行者は内密に働いても表面はさりげない風をよそおう。特に地位有り、身分ある王公貴人達はつとめて表向にはやらぬ。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
嘗つてここに飛鳥びとが様々の生活を営んでいたであろうが、彼らの風貌や言葉やよそおいはどのようなものであったろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
緑雨の失意の悶々もんもんがこの冷静をよそおった手紙の文面にもありあり現われておる。それから以後は全く疎縁になってしまった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
中の君は非常に美しい盛りの容貌ようぼうを、まして今夜は周囲の人たちによってきれいによそおわれていたのであったから、またたぐいもない麗人と思われた。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それから、かっかと鳴る靴音をききながら、彼は帰宅を急いでいる者のような風をよそおう。橋の関所を無事に通越すと、やがて饒津裏の堤へ来る。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼女は兄が自分の手前をはばかって、不断の甘いところを押し隠すために、わざとあによめに対して無頓着むとんじゃくよそおうのだと解釈した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
井楼、矢倉、隙間もなく立置き、持口々々に大将家々の旗をなびかし、馬印、色々様々にあつて、風に翻りよそおひ、芳野立田の花紅葉にやたとへん。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は実にみずから酔えるをよそおうて、世を酔わしめんと欲したり。世もとより酔うものあり、しかれども佐久間、横井の眼識、にこれを看破せざらんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
打ちくつろいだ丹之丞の前には、久し振りの愛妾お勝が精一杯のよそおいをらして、旅の疲れ休めの盃をすすめております。
それを犬ころのように買って来た山鹿は、まるで人形のようによそおわせて、この奇怪な美少女国の主となっていたのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
と云うのは電柱の蔭に夫迄それまで身を潜めて居たらしい一人の五十格好の鳥打帽とりうちぼうにモジリを着た男が、素早やく私と肩を並べてあたかも私の連れの如くよそおい乍ら
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
支配人が賊を追って行くと、岩見はその宝石を見つけ、悪心を起し、突差とっさに敷物の下かなんかにかくした、そうして仮死をよそおうていたに違いありません。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
わたしはその煩悶はんもんや恐怖を出来るだけ平気によそおおうとしましたが、どうしても顔には現われずにはいませんでした。
私らは私らのある時期の「想い出」ともなろうかと思って、こんなことをそこから「ありのままに」何の飾りもなく何のよそおいもなくひき抜いてきたのである。
なお一般に顔のよそおいに関しては、薄化粧が「いき」の表現と考えられる。江戸時代には京阪の女は濃艶な厚化粧あつげしょうを施したが、江戸ではそれを野暮といやしんだ。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
それが身をよそおい人の眼をよろこばしめるにもっぱらであったか、はたまた美しく照り耀かがやくものに対する愛惜の情を、表現したいという願いに出たかは定め難いが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
御機嫌ごきげんよろしゅうと言葉じり力なく送られし時、跡ふりむきて今一言ひとことかわしたかりしを邪見に唇囓切かみしめ女々めめしからぬふりたがためにかよそおい、急がでもよき足わざと早めながら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
山稜はいつか草と偃松とをよそおうた高原状の緩い斜面となって、眼の前にポーッと雪田が顕われる、雷鳥が一羽それを横切って向うの岩蔭に雪白の翼をちらと覗かす。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
支那の明の成化間石州の民桑翀そうちゅう、幼より邪術を学び纏足てんそく女装し、女工を習い寡婦をよそおい、四十五州県に広く遊行し人家好女子あらば女工を教うるとて密処に誘い通ず。
くつはみな赤と緑色の羅紗らしゃわれたところの美しい履を穿きます。そういう立派なよそおいであるに拘わらず顔には折々煤黒すすぐろい物を塗って、見るからが実に厭な粧いです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それは支那服の青年の外にも見事によそおった支那美人を二三人乗せたボオトだった。僕はこれ等の支那美人よりもむしろそのボオトの大辷おおすべりになみを越えるのを見守っていた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
負えるあり、いだけるあり、児孫じそんを愛するが如し。松のみどりこまやかに、枝葉しよう汐風しおかぜに吹きたわめて、屈曲おのずからためたる如し。そのけしき窅然ようぜんとして美人のかんばせよそおう。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ゆえに理論は余をしてやむを得ず未来存在を信ぜざるを得ざらしむ、もし神はブラジルの金剛石、ボゴタの青玉せいぎょく、オフルの金を以て懶惰貪慾不義をもよそおいたまうなれば
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そのゆえ、遊女には上﨟じょうろう風のよそおいをさせて、太夫だゆう様、此君このきみ様などともいい、客よりも上座にすえるのです。それも、一つには、客としての見識だろうと思いますがのう。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まゆずみを施し、紅粉を用い、盛んによそおいを凝らして後、始めて美人と見られるのはそれはほんとうの美人ではない、飾らず装わず天真のままで、それで美しいのが真の美人だ。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
同時にこの物知り顔の男についでに探ぐって置くことがある。小田島は何気無い風をよそおって聞いた。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これほどの譲歩をしてまでも諸外国公使の同意を得ようとした当局者の焦躁しょうそうから、欧風に模した舞踏会を開き、男女交際法の東西大差ないのをよそおおうとすることも起こって来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見識も高尚こうしょうで気韻も高く、洒々落々しゃしゃらくらくとして愛すべくたっとぶべき少女であって見れば、仮令よし道徳を飾物にする偽君子ぎくんし磊落らいらくよそお似而非えせ豪傑には、或はあざむかれもしよう迷いもしようが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
近くを通ると、その全身のよそおいからは若々しいしみ通るようなかおりが発していた。
植木市と云っても本格的なものではなくてカアバイトの光とみずきりで美しくよそおっている品物が多かった。でも値段が安いので、私は蔓薔薇つるばらや、唐辛子とうがらしの鉢植えなどを買いに行った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼の容貌は職権を有する人に適当するように、自然に馴らされたのか、あるいはいてよそおっているのか知らないが、一方に厳正を示すとともに、むしろ人好きのするようなふうであった。
こいつは地味なよそおいをした普通の雌鶏で、金の卵などは決して産まない。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
巡査じゅんさや、憲兵けんぺいいでもするとわざ平気へいきよそおうとして、微笑びしょうしてたり、口笛くちぶえいてたりする。如何いかなるばんでもかれ拘引こういんされるのをかまえていぬときとてはい。それがため終夜よっぴてねむられぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その夜、橘はいつになくよそおいをらせ、晴れやかな夕餉ゆうげ高膳たかぜんについた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
やがて出来上ったお雪ちゃんのよそおいは、結綿ゆいわたの島田に、紫縮緬の曙染あけぼのぞめの大振袖という、目もさめるばかりの豪華版でありました。この姿で山駕籠やまかごに揺られて行くと、山駕籠が宝恵駕籠ほえかごに見えます。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たしなめたが、新太郎君は何とも答えずに、居眠りをよそおって泣いていた。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
養生といえば、この養生と関聯かんれんしておもい起こすことは、あの化粧ということです。化粧とは「化けるよそおい」ですが、婦人の方なんか、化粧せぬ前と後とでは、スッカリ見違えるように変わります。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
野村も病気のことをたずねたりした。互いにいたわりあっているようでもあり、そばにいる人たちを意識しての何気なさそうなよそおいでもあった。ここから出発して、もとにもどらねばならないのだ。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
異様なよそおいをこらす結果とあまり違わないことになるからだった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
化粧という字は、よそおうと書くが、全くもって化けさせる。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
正に是れ沈魚落雁ちんぎょらくがん閉月羞花へいげつしゅうかよそおいだ
よそおへる浅間連山町の上
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)