生物いきもの)” の例文
るとぞつとする。こけのある鉛色なまりいろ生物いきもののやうに、まへにそれがうごいてゐる。あゝつてしまひたい。此手このてさはつたところいまはしい。
こうして、此方こなた、諏訪明神の、境内もいよいよ寂しくなり、嵐をはらんだ杉の梢が物凄く颷々ひょうひょうと鳴るばかり、他には生物いきものの声さえない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人間社会という一匹の巨大な生物いきものが、何かしらえたいの知れぬ急性の奇病にとりつかれ、一寸ちょっとの間、気が変になるのかも知れない。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
深閑しんかんとして、生物いきものといへばありぴき見出せないやうなところにも、何處どことなく祭の名殘なごりとゞめて、人のたゞようてゐるやうであつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
あづか迷惑めいわく千萬の事なり生物いきものの事故如何なる異變いへんあらんもはかり難し然る時は又御咎おとがめの程も知ざれば請出せし上何分にも願ひ上て娘を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
誰かこの一切すべてのものにりてエホバの手のこれを作りしなるを知らざらんや。一切すべて生物いきもの生気いのち及び一切すべての人の霊魂たましい共に彼の手の中にあり
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
楽屋から演技場に出て来る通路は黄金色こがねいろの霧に籠められて、そこいらを動きまわる人間が皆、顕微鏡の中の生物いきもののように美しく光って見える。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は軍人や山蜂のやうに剣をげた生物いきものは余り好かない方だから、玉蜀黍は成るべく農夫読ひやくしやうよみに温和おとなしく「たうもろこし」と読んで貰ひたい。
あいちやんは脚下あしもと生物いきものころすのをおそれて其甕そのかめはふさうとはせず、其處そことほりがけに蠅帳はへちやうひとつにれをしまひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
人を悩殺するこびがある。すべて盛りの短い生物いきものには、生活に対する飢渇があるものだが、それをドリスは強く感じている。
又その内儀おかみさんが猫が大好き、ちんが大好き、生物いきものが好きで、猫も狆も犬も居るその生物いきもの一切の世話をしなければならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
二人が分けても物足りなく感じたのは、浮世に住んで居る人間の一種で、総べての禍のみなもととされている女人にょにんと云う生物いきものを見たことのない事であった。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
聖書にはその物語がこまごま述べてあるけれど、蛇については「神の造りたまひし野の生物いきものの中に蛇もつとも狡猾さかし」
大へび小へび (新字旧仮名) / 片山広子(著)
何等かの自然の現象で一寸解釋のつきかねるやうなことは、知らない生物いきものの世界の方へそれを押しつけてありました。
洞穴に来て見ると昨日の通りに暗い奥から生物いきものの如く大きな浪が打ち出して居る。その「窓」というのへ行こうと其処等を探したが勝手が解らない。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
その小さい物音は、小さい生物いきもののやうだつた。人の心に安らぎと幸福を分ち与へながら、あちらこちらと飛んでゆく。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
この二つの小さい生物いきもののあらわれは、私を微笑させた。私は消え去った形を眼の前に保って、一人で微笑していた。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
これらの四の生物いきものの間を二の輪ある一の凱旋車占む、一頭のグリフォネその頸にてこれを曳けり 一〇六—一〇八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「すると、生物いきものだというのは、確かに本当なんだネ、兄さん。人間によく似たというとあれは人間じゃないの」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しらみを殺す位の小さな罪を非常に恐れてからして遠廻りする位の事をやって居ながら、男色だんしょくふけるとか牧畜ぼくちくを遣って生物いきものを殺すような仕事をして居るではないか。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
納骨所に発生わいて、あの糜爛びらんした屍体を喰っている奴で、何とも形容の出来ない厭な生物いきものの一つだが、此奴こいつが今女の口腔くちから飛びだすと、微かな羽音を立てながら
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
棚の間をこぼれて来る月光が、彼女の顔に蒼い斑点を映して、それは奇怪な生物いきもののやうにうごめいた。
青い焔 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
しかしいくら信号をしても 火星に智慧ちゑのある生物いきものがゐなければ われ々の信号を受取うけとることができない
すばらしい生命力と生命力の相搏あいうそうは魔王と獣王の咆哮ほうこうし合うにも似ていた。またそれはこの世のどんな生物いきものの美しさも語るに足りない壮絶なる「美」でもあった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お前達の標的まとも小銃も呪はれろ、地下のものと、其の神聖な休息とのことを少しも考へぬ、騒々しい生物いきものよ! お前達の野心も、計画も呪はれろ、『死』の聖殿みやの側で
乾きやうるひや、にほひとや持ち味。漆は、漆はや、あやかし、こは子らよ生物いきもの、かく言ひて一つかへし、二つかへし、たらりとよ、つるりとよ、をぢは見てゐつ、春の日永を。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まるで生物いきもののようによく転るロールについて、人々が今、カーブを廻りきろうとしたときである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それに近づくあらゆる生物いきもの殊更ことさらびっこにしてやろうというつもりのもののように思われたが、その敷石が流れた葡萄酒を堰き止めて、小さな水溜りを幾つも作っていた。
莫大な嫁資をつけなければ貰ってもらえぬという不経済極まる生物いきものぐらいにしか思っていなかったのだろうか、そういう勘定はぬきにして、自分のことで忙しすぎるので
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
生物いきものの命を取ることが、このごろの彼の気持に、何となくぴったりしなくなっていたのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
竜神りゅうじんがその分霊ぶんれい地上ちじょうくだして、ここに人類じんるいという、ひとつのあたらしい生物いきものつくしたのじゃ。
私どもは——私や私の同類は無用な生物いきものでしてね。まあ、ごくわずかな仕合せな時を除けば、自分たちが無用だという自覚を、へとへとになって引きずっているわけですな。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
どうにもそのはっきりしたものをつかみ上げることができず、ただいたずらに宙を摸索まさぐって、それから烏とか、山猫とか屍虫しでむしとかいうような、生物いきものの名を並べはじめたのです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「捕りました。三人がかりで荷車に二台取ったんどすて。皆三尺からのばかりどす。何と好い商売じゃおへんか。生物いきものじゃて長く置けんに売り急いださかい足がついて……」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あれは、ゑさをやつて居る白鼠は、夜になると腹ごなしに車を廻す、根氣の良い生物いきものだ。
お彫りになるのですか。でも、生物いきもののことで、ちょっとお貸しするというわけにも参りませんよ。これはもう私の子供のようにして、こうして可愛がっていますんで、暫くも私のそば
その声は澄明ちょうめいで、鉱物音を交え、林間に反響しているところなどは、あるいは人工的のもののような気もするが、よくよく聴くと、何か生物いきものの声帯の処をしぼるような肉声を交えている。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
船の仲間は後にして来たし、行手には口の利けない獣と鳥のほかには何一つ生物いきものがいなかった。私は樹々の間をここかしこと歩き𢌞った。あちこちに私の知らぬ花の咲いた植物があった。
魚の生命いのちも、お前さん達人間の生命も、おんなしじゃ、なにによらず、生物いきものの生命をる者は、そのむくいを受けずにはおらん、やめるが好い、やめるが好い、わしは出家じゃ、嘘を云うて
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
疑いいぶかる者、引留める者も有ったには相違無い、一族朋友ほうゆうに非難する者も有ったには相違無い。が、もう無茶苦茶無理やり、何でも構わずに非社会的の一個のただの生物いきものになって仕舞った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
結局この生物いきものをどう扱はうかと、他の博物の教師達と相談する。どうせ長くは生きないだらうが、カナリヤの箱のやうなものでも作つて、なるべく暖い所へ置いて、この儘學校で飼つて見よう。
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
「奉天へ行きたい、でなければ北海道でも好いんだが……」青野はしきりにそんな歎息を洩した。彼は稀に誰と顔を合しても、相手が生物いきものであることを忘れてゐるかのやうに言葉もかけなかつた。
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
つち空気くうきや水のいぶき、またはやみの中にうごめいてる、んだりはったりおよいだりしているちいさな生物いきものの、歌やさけびや音、または晴天せいてんや雨の前兆ぜんちょう、またはよる交響曲シンフォニーかぞえきれないほどの楽器がっきなど
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
生物いきものなれば、鳥けものや虫けらに至るまで無性むしょうにこう可愛がるくせがござりましてな、ある時なぞは、蝶々になるまで可愛がってやるのだと申して、自分の部屋に毛虫をたくさん集めて飼ってみたり
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
人に食を乞ふ身は、生物いきものに食を与へる身であることをかれは考へた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
西北に聳え立つ御坂みさか山脈に焼くような入日をさえぎられて、あたりの尾根と云い谷と云い一面の樹海は薄暗うすやみにとざされそれがまた火のような西空の余映を受けて鈍くほの赤く生物いきものの毒気のように映えかえり
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
すべての生物いきもの本能的要求ほんのうてきようきゅうかしら、という考えが浮かんだ。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「いいお猿だこと。私、小さな生物いきものが大好きよ。」
あはれな かなしい 羽ばたきをする生物いきものです。
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
月はしどろにわれて生物いきものをつつみそだてる。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)