おやじ)” の例文
紅き石竹せきちくや紫の桔梗ききょう一荷いっかかたげて売に来る、花売はなうりおやじの笠ののき旭日あさひの光かがやきて、乾きもあえぬ花の露あざやかに見らるるも嬉し。
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
片鬢かたびんの禿げた乞食のおやじが、中気で身動きも出来なくなったのを、綺麗な若い女が来て、知辺しるべの者だからと引取って行ったそうですよ。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
くわを肩に掛けて行く男もあり、肥桶こえたごを担いで腰をひねって行く男もあり、おやじの煙草入を腰にぶらさげながらいて行く児もありました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのとき凄まじい勢いで再び窓が開いたものだから、乞食は面くらって跳びのいた。百姓おやじが癇癪をおこして鉄砲を持ちだしたのである。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
その娘達のうしろにそのおやじかと思われる鼠色の古びた帽子をかぶって顔も着物もぼやけたような四十五六の男が一人歩いて来た。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
「友人のような、友人でないような」相変ず人を食ったおやじだ。「まあ友人かな。尤も昨夜から今にかけて、友人になったのだが」
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と云う……人を見た声も様子も、通りがかりに、その何となくしおれたのを見て、下に水ある橋の夜更よふけ、とおやじが案じたほどのものではない。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うむ、ありゃおやじめだ!」わずかばかり思案をしたようであったが、すぐに足音を忍ばせて、シタシタシタシタと追っかけた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
喜平というのは、村はずれの小屋に住んでいる、五十ばかりのおやじで、雑魚ざこどじょうを捕えては、それを売って、その日その日の口をぬらしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
薪取り草取り縫針飯炊はばばの役で、お光は時々おやじと一処に、舟に乗って行くこともあれば、ひとり勝手に遊ぶこともある。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
真犯人しんはんにん戸浪三四郎は、目立たぬおやじに変装したり、美人に衆人しゅうじんの注意を集めその蔭にかくれて犯罪を重ねた、いいですね」
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
の蔭から六十近いおやじが顔を出して一寸余を見たが、直ぐ団扇うちわでばたばたやりはじめた。後の方には車が二台居る。車夫の一人はいびきをかいて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
藤助おやじは使命を帯び、風呂敷片手に立出でたるが、やがては焼芋の砲煙弾雨に、お艶の噂も中止となりしなるべし。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
それは南洲が自身で朱筆を入れた珍らしいものじゃったが、そのおやじが鬼のようになって飛びかかって来る奴を、グッと睨み付けてサッサと持って来た。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
店には近所の貧乏町から女の子供が一人、赤子をおぶった四十ばかりのしなびたおやじが一人、炭や味噌みそを買いに来ていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのばたばた云う音を聞くと、どうしても汁粉を食わずにはいられなかった。したがって、余はこの汁粉屋のおやじのために盲腸炎にされたと同然である。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの下足番のおやじ、あいつのことは、時々思い出しておった、と思った。それは、譲吉が高等学校にいた頃から、あの暗い地下室に頑張っている爺だった。
出世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ましてや夕方近くなると、坂下の曲角まがりかど頬冠ほおかむりをしたおやじ露店ろてんを出して魚の骨とはらわたばかりを並べ、さアさアたいわたが安い、鯛の腸が安い、と皺枯声しわがれごえ怒鳴どなる。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
朴直ぼくちょくそうな六十おやじは、湖岸から半道あまりをけつけて来た禿げ頭の汗を押しぬぐいつつ、悔やみを述べる。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
あの当時の日払租税のために、一生金勘定をし続けたと云うザエクスおやじと同様、あの四人の方々も、この構内から一歩の外出すら許されていなかったのです。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
おやじ、水みたいなかゆを煮て、竹筒へ入れてくれ。それを吸いながら、俺は江戸表へ行く! 這っても行く!」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう六十有余にもなる質朴の田舎おやじでげすから、まさか悪気わるぎのあるものとも思われぬので、お若さんも少しは心が落著おちつき、明白あからさまに駈落のことこそ申しませぬが
娘ばかりじゃねェ、失恋ふられた若い男、借金かりで首の廻らねェ、百姓おやじの首が、ゴロンと転がったり……。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
丁髷鬘ちょんまげかずら赤陣羽織あかじんばおり裁付袴たっつけばかまおやじどもが拍子木にかねや太鼓でラインしゅとかの広告ひろめ口上こうじょうをまくし立てる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
茶筌ちゃせん頭の五十おやじ、真鍮縁の丸眼鏡まるめがね額部ひたいへ掛けているのを忘れてあわててそこらをなでまわす。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
火鉢に炭火を分け入れていた小使のおやじが驚いたほどに、てか/\靴墨で黒光する長靴を短い脚に穿いて、彼は廊下を足音高く歩いた。そして朝の早い校長の出仕しゅっしを待つのであった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
珠運しゅうん梅干渋茶に夢をぬぐい、朝はん平常ふだんよりうまく食いてどろを踏まぬ雪沓ゆきぐつかろく、飄々ひょうひょう立出たちいでしが、折角わがこころざしを彫りしくし与えざるも残念、家は宿のおやじききて街道のかたえわずか折り曲りたる所と知れば
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「このおやじめ! きょうもまたわたしの財布さいふから一杯やるかねを盗んでいったな!」
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たとえば無骨ぶこつ一偏の人と思った者にして、案外にも美音を発して追分おいわけうたう、これも一つの表裏ではあるまいか。またひげもやもやの鹿爪しかつめらしきおやじが娘の結婚の席上で舞を舞いていわうことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
おやじが病気で、明日あすの汽車で帰ります」
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
吹かし居たる柔順おとなしやかなるおやじ年増としましに世の中がヒドくなるよ、俺の隣に砲兵工廠へ通ふ男があつたが、——なんでも相当に給料も取つてるらしかつたが、其れが出しぬけにお払函はらひばこサ、外国から新発明の機械が来て、女でる間に合ふからだと云ふことだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「酒は好きだが、勝負事は嫌いだったそうで、たぶん大きな仕事でも請負うけおって、手金が入る話だろう、って居酒屋のおやじは言ってましたが」
くわを肩に掛けた男もあり、肥桶こえおけかついで腰をひねって行く男もあり、おやじの煙草入を腰にぶらさげながら随いて行く児もありました。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「玻璃窓のおやじの出張だ。大事件が起こったに違いない、うかつにノホホンに構えていて、抜かれでもしたら不面目、あぶねえあぶねえ、用心用心」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今頃はあの街道で七転八倒の苦しみをやっているだろう——そう思うと、邪慳なこのおやじたまらなく癪にさわって来た。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と口のうちでつぶやいて、おやじが、黒い幽霊のように首をのばして、杖に縋って伸上って、見えぬ目をうわねむりに見据えたが
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
客を送りてそそくさと奥よりで来し五十あまりのおやじ、額やや禿げて目じりたれ左眼の下にしたたかな赤黒子あかぼくろあるが、何か番頭にいいつけ終わりて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
北のかねさんとこは口の重い人達ばかり、家族中で歌の一つも歌おうと云う稲公いねこうは砲兵に、春っ子は小学校に往って居るので、おやじ、長男長女、三男の四人よったり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
寒い日にからだを泥の中につきさしてこごえ死んだおやじ掘切ほっきりにも行ってみたことがある。そこにはあしかやとが新芽を出して、かわずが音を立てて水に飛び込んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「しかし、まだ生き証拠はいくらもおるぞ。——波越八弥、隣室にいる作兵衛おやじと、唖の岩松を連れて出い」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
息子むすこは夜きっと遅く帰る。玄関で靴を脱いで足袋跣足たびはだしになって、おやじに知れないように廊下を通って、自分の部屋へ這入って寝てしまう。母はよほど前にくなった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
身寄便もない、女房はなし、歳は六十六になりますおやじで、一人で寝て居りますが、長屋に久しく居る者で有りますから、近所の者の丹精で、漸々よう/\に生延びて居ります処
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
人の気配もせぬので、のぞいて見るとすみっこの青くいたサイダー瓶の棚の前に、鱗光りんこう河魚かわうおの精のようなおやじが一人、しょぼんと坐っていた。ぼうと立つのは水気すいきである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
山羊髯のおやじは、その吾輩の真正面に、丸卓子テーブルを隔ててチョコナンと尻をおろした。向側むかいがわの椅子も相当歪んでいるようであるが、引っくり返らないのは身体からだが軽いせいであろう。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
耄碌頭巾もうろくずきんに首をつつみてその上に雨をしのがん準備よういの竹の皮笠引きかぶり、鳶子合羽とんびがっぱに胴締めして手ごろの杖持ち、恐怖こわごわながら烈風強雨の中をけ抜けたる七蔵おやじ、ようやく十兵衛が家にいたれば
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
六十になる、八百屋の、よたよたおやじから、廿歳にしきやならない、髪結の息子まで、およそ出入りと名の付く者で、独身者とある限りは。奥様の悋気りんきから出る、世話焼きの、網に罹つて、誰一人。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
じじむさい襟巻えりまきした金貸らしいおやじが不満らしく横目ににらみかえしたが、真白まっしろな女の襟元に、文句はいえず、押し敷かれた古臭い二重廻にじゅうまわしのはねを、だいじそうに引取りながら、順送りに席をざった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのおやじの声を引とるように
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
(これはまたわしをカツグ気だな。河内産まれのこのおやじは、これでなかなか剽軽者ひょうきんもので冗談を仕掛けるから油断が出来ぬ)
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
せめて年でも若いのかと? へへへへへ、いやはや大違い。私も魂消たまげたねえ、まあ同僚と同い年位のおやじじゃないか
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)