母衣ほろ)” の例文
こは大なる母衣ほろの上に書いたるにて、片端には彫刻したる獅子ししかしらひつけ、片端には糸をつかねてふつさりと揃へたるを結び着け候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
越して太田に泊る宿狹けれど給仕の娘摺足すりあしにてちやつた待遇もてなしなり翌日雨降れど昨日きのふの車夫を雇ひ置きたれば車爭ひなくして無事に出立す母衣ほろ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そのとき、母衣ほろの者(伝令)が一騎——霧を衝いて、秀吉の床几場と、堀秀政の陣地とのあいだを、鞭打って往復していた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暗い門の外には母衣ほろの掛った一台の俥が岸本を待っていた。節子に留守を頼んで置いて、ぶらりと岸本は家を出た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母衣ほろを掛けて半分隠した馬車が家の前に来て留まつた。馬車の中からはニコライ・セルギエヰツチユをぢさんが出た。恐ろしい黒い鎌鬚の生えた人である。
唐綾縅からあやおどしよろいを着、柿形兜を猪首いくびにかむり、渋染め手綱たづな萠黄もえぎ母衣ほろ、こぼれ桜の蒔絵まきえの鞍、五色の厚総あつぶさかけたる青駒あおごま、これに打ち乗ってあらわれた武士は
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
春らしい柔かい雪が細い別荘の裏通りを埋め、母衣ほろに触った竹の枝からトトトト雪が俥の通った後へ落ちる。陽子はさし当り入用な机、籐椅子、電球など買った。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
熊谷次郎この夜の装立は、かちんの直垂、赤革縅の鎧、くれない母衣ほろをかけ、権太栗毛ごんだくりげという名馬にまたがる。
それは朱の色の戸にぬいのある母衣ほろをかけたもので、数人の侍女がおとなしい馬に乗っていていた。
瞳人語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
御者ふりかへりて、「雨なり。母衣ほろおおふべきか。」と問ふ。「いな」とこたへし少女は巨勢に向ひて。「ここちよのこのあそびや。むかし我命うしなはむとせしもこの湖の中なり。 ...
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
我、信玄の時御先をけたるによって、当家重大の紺地泥こんじでい母衣ほろに四郎勝頼と記したのを指した。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
車上しやじやうひと肩掛かたかけふかひきあげて人目ひとめゆるは頭巾づきんいろ肩掛かたかけ派手模樣はでもやうのみ、くるま如法によほふぐるまなり母衣ほろゆきふせぐにらねば、洋傘かうもりから前面ぜんめんおほひてくこと幾町いくちやう
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
緋縅ひおどしの鎧を着た馬上の敦盛、登山口の鳥居の傍に紺糸縅の鎧に紅の母衣ほろをかけ、栗毛の馬に跨り扇を揚げている熊谷、山の五合目の中社の庭に赤糸縅の鎧に白い母衣をかけ
山と村 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
摩違すれちがひざまに沈んだ目で車を見上げて過ぎた。憤を歯から出さぬと云つた意気込が小児こどもながらその顔に見えた。湯村は後から振返つたが、母衣ほろかぶさつてゐるので無論見えぬ。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
そのひっそりとした夕方の田舎道を、くるまに母衣ほろをおろして走るうちに、いつか町もぬけて、村の入口の石橋をわたると、もうあたりは収穫のすんだ、ひろい一面のたんぼになっています。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「それが、かぶと幌骨ほろぼねなんだ」と云って、法水は母衣ほろを取りけ、太い鯨筋げいきんで作った幌骨を指し示した。「だって、易介がこれを通常の形に着ようとしたら、第一、背中の瘤起がつかえてしまうぜ。 ...
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夫人 ああ、それもそう、何よりさきに、貴方をおかくまい申しておこう。(獅子頭を取る、母衣ほろを開いて、図書の上におおいながら)
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
城外の柳の馬場から、三名の女子を伴った一名の敵の侍が、秀政の配下や母衣ほろの武者に導かれて、徒歩かちで、市街の方へ出て来るのが見られた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
掛くれば四方の景色見えず掛けねば濡れるといふ難あり着物や荷物は濡てもまた乾かすべし景色は再び會ひがたからんと决着していかに濡るゝも母衣ほろ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
白潟しらがた母衣ほろ、私達がしばらく時を送つたのもその二校だつた。母衣の方では學藝會の催しのある日で兒童の遊戲なぞも始まつてゐた。私も子供は好きだ。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
黄金こがね作りの武田びし前立まえだて打ったる兜をいただき、黒糸に緋を打ちまぜておどした鎧を着、紺地の母衣ほろに金にて経文を書いたのを負い、鹿毛かげの馬にまたがり采配を振って激励したが
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
上野公園に行って、丁度日蔭ひかげになっている、ろは台を尋ねて腰を休めて、公園を通り抜ける、母衣ほろを掛けた人力車を見ながら、今頃留守へ娘が来て、まごまごしていはしないかと想像する。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
この日、平山は、滋目縅しげめおどしの直垂、緋縅の鎧、二筋引きの母衣ほろをかけていた。
面部から咽喉にかけての所は、咽輪のどわ黒漆くろぬりの猛悪な相をした面当めんぼうで隠されてあった。そして、背には、軍配日月じつげつの中央に南無日輪摩利支天なむにちりんまりしてんしたためた母衣ほろを負い、その脇に竜虎の旗差物はたさしものが挾んであった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「おい、母衣ほろはづしてくれ。」と車の上で突然湯村が叫んだ。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
齒代はだいやすあらはれてげたるやぶれし母衣ほろ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一たび母衣ほろの中なる車上の姿に、つと引寄せられたかと足を其方そなたに向けたのが、駆け寄るお夏の身じろぎに、乱れてゆらぐ襦袢のくれない
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兜のをむすび直し、さて落した槍を拾いとると、ふたたび真紅しんく母衣ほろをひるがえして、敵の中へ駈け入ったという。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
成るべく手荷物も少くと思ふところから、白潟、母衣ほろの二校から貰ひ受けて來た兒童の製作品、圖畫、作文、手工の竹の箸、それに松江土産の箱枕などは留守宅宛の小包にした。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
見脱みおとさんが惜ければ母衣ほろは掛けず今井四郎の城跡といふあり此間右は木曾川みなぎり流れ左りは連山峨々がゝたるがけなるが左りの山をつんざいて横に一大河の流れて木曾川へ入るあり此の棧橋かけはしの上より車を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
……が、くるわが寂れて、遠く衣紋坂えもんざかあたりを一つくるまの音の、それも次第に近くはならず、途中の電信の柱があると、母衣ほろいかのぼり
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平野には、母衣ほろを負った伝令の騎馬武士が駈けているし、畑には、茶褐色の具足をつけた足軽が、槍を伏せて、夜となく、昼となく、西の方を見張っている。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
図書 (母衣ほろ撥退はねのけ刀をふるって出づ。口々にののしる討手と、一刀合すとひとしく)ああ、目が見えない。(押倒され、取って伏せらる)無念。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金の大半月おおはんげつ母衣ほろの“出シ”は折れ、ほろかごも押しつぶれたか、半月の折れたのが、よろいの背にかかり、不屈の一念で、ふたたび前に槍で突かれたあたりまで這いゆき
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに引着けた腕車くるまが一台。蹴込けこみに腰を掛けて待っていた車夫、我があるじきたれりと見て、立直り、急いで美しい母衣ほろねる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、駒側の家士、春日源之丞をさしまねいて、背にまとっていた紫紺地の母衣ほろを引きむし
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
獅子が並んでお辞儀じぎをすると、すたすたと駈け出した。後白浪あとしらなみに海のかたくれない母衣ほろ翩翻へんぽんとして、青麦の根にかすく。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼が、巡視隊の家士十二人を選んで、そのすべてに白とおどしの具足ぐそくを着せ、黄と白の母衣ほろを負わせ、手綱、馬飾りまですべて山吹ぞっきの行装で練り歩いたなども、一端の例といえよう。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝る時、着換きかへて、とつて、むすめ浴衣ゆかたと、あか扱帯しごきをくれたけれども、角兵衛獅子かくべえじし母衣ほろではなし、母様おっかさんのいひつけ通り、帯をめたまゝで横になつた。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
戦陣匆忙そうぼうのさいだ。首は武者の母衣ほろで包まれ、血糊のりがにじみ出している。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
襦袢じゅばんの袖口にからんだ白い手で、母衣ほろの軸につかまって、背中を浮かすようにして乗ってましたっけ、振向いてわっしがお米をおぶってた形を見て莞爾にっこり笑いなすった。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勝頼をめぐる幾多の旗さし物や馬簾ばれん母衣ほろや伝令旗や、また馬のいななきや、甲冑の光や、星の如き刃影槍光じんえいそうこうは、血けむりと馬煙うまけむりにつつまれて、さながら潮旋風しおつむじとらわれた一個の巨船のように
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今しがた一時ひとしきり、大路がかすみに包まれたようになって、洋傘こうもりはびしょびしょする……番傘にはしずくもしないで、くるま母衣ほろ照々てらてらつやを持つほど、さっと一雨かかった後で。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しのぎをけずり合う太刀、槍のひかりが、吠え合う軍隊の波間に、さながら無数の魚がねているようにきらめくのみで、もう武者のいでたち、母衣ほろの色、旗の影、敵味方すらもともすれば分らなかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蛇目傘じゃのめを泥に引傾ひっかたげ、楫棒かじぼうおさえぬばかり、泥除どろよけすがって小造こづくりな女が仰向あおむけに母衣ほろのぞく顔の色白々と
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「たれか、この母衣ほろに望み手はないか。欲しくば与えるぞ」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると昨日きのう、母様がここへ訪ねて来たろう。帰りがけに、飯田町から見附みつけを出ようとする処で、腕車くるまを飛ばして来た、母衣ほろの中のがそれだッたって、矢車の花を。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「目ざましき母衣ほろ
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むことを得ず、暮れかかる峰の、莫大な母衣ほろ背負しょって、深い穴の気がする、その土間の奥をのぞいていました。……ひやっこい大戸の端へ手を掛けて、目ばかり出して……
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫あやの母衣ほろかけて
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)