春日かすが)” の例文
勿論其時分は春日かすがやしろも今のやうに修覆しうふくが出来なかつたし、全体がもつと古ぼけてきたなかつたから、それだけよかつたといふわけだ。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ここの御社の御前の狛犬こまいぬは全く狼のすがたをなせり。八幡やわたの鳩、春日かすがの鹿などの如く、狼をここの御社の御使いなりとすればなるべし。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大和と伊勢の境にある高見山の周囲では、奈良の春日かすが様と伊勢の大神宮様とが、御相談の上で国境をおきめなされたといっております。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
八幡さま、金毘羅こんぴらさま、春日かすがの宮の神さま達! あれあれ、お師匠様はだんだん敵の前へ歩いてゆきます。正気の沙汰ではありません。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お母さん、こんど春日かすがの料理でも食べに行きましょうか、とそんなことを僕は云う。母は眼をあげて、僕の顔を偸むように見る。
(新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
なんでも、高等学校の確か二年生であった頃ですが、若杉さんは、ある晩、春日かすが町から伝通院でんつういんの方へ富坂とみざかを登っていたそうです。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
初瀬はせ春日かすがへの中休みの宇治での遊び心のような恋文こいぶみを送って来る程度にとどまり、こうした閑居をあそばすだけの宮として
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
落花を踏み朧月おぼろづきに乗じて所々を巡礼したが、春日かすが山の風景、三笠のもりの夜色、感慨に堪えざるものがあったといっている。
法相擁護おうご春日かすが大明神、如何いかなる事をかおぼしけん。されば春日野の露も色変り、三笠の山の嵐の音、うらむる様にぞ聞えける。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
貴樣きさま等は書物のむしに成つてはならぬぞ。春日かすがは至つてちよくな人で、從つて平生もげんな人である。貴樣等修業に丁度ちやうど宜しい。
遺教 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
佐吉の大笑ひで二人の間のわだかまりが取れると、平次は改めて春日かすが家の一人々々に當つて見ました。主人の春日藤左衞門は
春日かすが太占ふとまにを調べるかたわらには阿蘭陀オランダの本を読み、いま易筮えきぜいを終って次に舶来はくらいの拳銃を取り出すという人であります。
柳之助りゅうのすけ亡妻ぼうさいの墓に雨がしょぼ/\降って居たと葉山はやまに語るくだりを読むと、青山あおやま墓地ぼちにある春日かすが燈籠とうろうの立った紅葉山人こうようさんじんの墓が、と眼の前にあらわれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たづぬるにもと大和國やまとのくに南都なんと春日かすが社家しやけ大森隼人おほもりはいとの次男にて右膳うぜん云者いふものありしが是を家督かとくにせんとおもひ父の隼人は右膳に行儀ぎやうぎ作法さはふ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
また春日かすが建國勝戸賣たけくにかつとめが女、名は沙本さほ大闇見戸賣おほくらみとめに娶ひて、生みませる子、沙本毘古さほびこの王、次に袁耶本をざほの王、次に沙本さほ毘賣の命、またの名は佐波遲さはぢ比賣
れて、などの意で、「雁がねの声聞くなべに明日あすよりは春日かすがの山はもみぢめなむ」(巻十・二一九五)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
春日かすが君にまかせよう。あの人ならかねがね僕たちに好意を示してくれているのだし、別れた後も君のことは心配してくれるから。春日君が入ってくれたら、後を
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
厨子ずしは、木瓜ぼけ厨子、正念しょうねん厨子、丸厨子(これは聖天様を入れる)、角厨子、春日かすが厨子、鳳輦ほうれん形、宮殿くうでん形等。
越後えちご春日かすがを経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。母は三十歳をえたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大和やまと春日かすが神社に奉仕していた大和猿楽師さるがくしの中、観世座かんぜざ観阿弥かんなみ世阿弥ぜあみ父子が義満のちょうによって、京都に進出し、田楽でんがくの座の能や、諸国の猿楽の座の芸を追い抜いて
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
光ったり陰ったり、幾重にも畳む丘丘の向ふに、北上の野原が夢のやうにあをくまばゆくたたへてゐます。河が、春日かすが大明神の帯のやうに、きらきら銀色に輝いて流れました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
師の君に約し参らせたる茄子なすを持参す。いたく喜びたまひてこれひるの時に食はばやなどの給ふ、春日かすがまんぢうひとつやきてひたまふとて、おのれにもなかばわけて給ふ。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
村役むらやく捕役とりやく肝煎きもいりどん、あんふとたちのおらすけんで、あとうなっときゃあなろたい。川端町かわばたまっちゃんきゃあめぐらい。春日かすがぼうぶらどんなしりひっぱって、花ざあかり、花ざあかり
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかるに巻十四に、播磨の賊文石小麿あやしのおまろ馬の大きさの白犬に化けて官軍に抗したのを春日かすが小野臣大樹おののおみおおきが斬りおわると、もとの小麿となったとあれば、白犬も吉兆と限らなんだのだ。
例へば奈良一箇処かしょにつきていはんに、春日かすが社、廻廊の燈籠、若草山、南大門、興福寺、衣掛柳きぬかけやなぎ、二月堂等は最も春に適し、三笠山のつづき、または春日社内より手向山たむけやま近辺の木立こだち
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
日本橋手前のある横丁に、大あゆで売り出した春日かすがという割烹かっぽう店があった。これは多分に政策的な考えからやっていたことであるらしい。ところが、このあゆが非常に評判になった。
インチキ鮎 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
翌日春日かすが神社から三月堂、大仏殿を経て西の京へ廻ったが、幸子はひる頃から耳の附け根の裏側のところが紅くれてかゆみを覚え、びんの毛が触るとその痒さがひとしおであるのに悩んだ。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わが日本開闢かいびやく以來、はじめて舞樂のおもてを刻まれたは、勿體なくも聖徳太子、つゞいて藤原淡海ふぢはらのたんかい公、弘法大師こうぼふだいし倉部くらべ春日かすが、この人々より傳へて今に至る、由緒正しき職人とは知られぬか。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
これまでいっても解らぬかな……今の話の白縮緬組、南都の悪僧が嗷訴ごうそする時春日かすがの神木をかつぎ出すように、お伝の方の飼い犬を担ぎ出して来ると云うではないか。だから迂濶には手が出せぬ。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
春日かすがの森のなかを馬酔木の咲いているほうへほうへと歩いて往ってみた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
殊に猿沢池さるさわのいけからかんかん照りの三条通りを春日かすがへ登って行く午後三時の暑さと来ては類がない。坂道は丁度張物板はりものいたを西日に向って立てかけてあるのと同じ角度において太陽に向っているのである。
この魔術街マジツク・シテエの一部に新しく日本まちが出来た。永年欧米を廻つて居る櫛曵くしびきと云ふ日本人の興行師が経営してるさうだ。春日かすが風の朱塗門をはひると、日本画に漢詩や狂歌のさんのある万灯まんどうが客を中央の池へ導く。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
春日かすがが電話に接して、助手兼秘書の渡邊わたなべ同伴つれて新田家を見舞ったのは第二の脅迫状の着いた間もなくで主人は二人を客間に通して、つぶさに昨夜以来の出来事を語り、証拠の書状二通をも渡して見せた
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
そのおりの旅のみやげの春日かすがの鹿をならべてあかず眺めていた。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
「それでも春日かすがさんの使姫の神鹿や、その位のことは判るで」
傾城買虎之巻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
春日かすがの宮わか葉のなかのむらさきの藤のしたなる石の高麗狗こまいぬ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
我が行くは憶良おくらの家にあらじかとふと思ひけり春日かすがの月夜
大和ぶり (新字旧仮名) / 佐佐木信綱(著)
一四 西春日かすが東白鳥中藥師これぞ鹿野の山の三つ峯
鹿野山 (旧字旧仮名) / 大町桂月(著)
紫に春日かすがの森は藤かかる杉大木のありあけ月夜
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
春日かすがみや使つかひめあきふたして
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
春日かすがやしろ
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
その途中でも、玄蕃に一つの心がかりは、春日かすが重蔵の道場へ隠密に入りこませた矢倉伝内が、今に何の消息もないことであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大和やまと郡山こおりやまの旧城跡、三笠みかさ春日かすがと向き合いの暖い岡に、広い池を幾つも掘って、この中に孵化ふかする金魚の子の数は、百万が単位である。
時雨といへば矢張やはり其時、奈良の春日かすがやしろで時雨にあひ、その時雨のれるのをまつあひだ神楽かぐらをあげたことがあつた。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今までは藤原ふじわらの内大臣の娘とも、源氏の娘とも明確にしないで済んだが、源氏の望むように宮仕えに出すことにすれば春日かすがの神の氏の子を奪うことになるし
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御山は春日かすがの三笠山と同じような山一つ、樹木がこんもりとして、朝の巒気らんき神々こうごうしく立ちこめております。
「知つてゐますよ。春日かすが邦之助樣といふんで——大きい聲ぢやいへませんがね、名題の貧乏旗本で、へツ」
春日かすが明神は本地釈迦如来というようになっており、いわゆる神仏混淆が行われていたのである。
一疋殺し通仙がおもて建掛たてかけて置きしを夜中の事故一人も知者しるものなかりけり(南都にては春日かすが明神みやうじんあいし給ふとて古へより鹿殺しかころしとがおもしと云ふ)翌朝よくてう所の人々見付けて立騷たちさわぐ聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
また春日かすがのチチハヤマワカ姫と結婚してお生みになつた御子は、チチハヤ姫の命お一方です。