こわ)” の例文
そんなつもりでもないけれど、わたしも実は本道がこわいからね。七兵衛のような気味の悪い男にけられたり、人を見ては敵呼かたきよばわりを
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こわがって——あばれて——われとわが身をずたずたに引き裂いて——死んでしまうか——どんな悪いことになるかわからないからでさ。
「なに大丈夫です、探偵の千人や二千人、風上に隊伍を整えて襲撃したってこわくはありません。珠磨たますりの名人理学士水島寒月でさあ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昆虫でも物にこわがったり不快なときは鳴かないにちがいない。昼間静かな雨がくる前に、何となく冷気をかんじるようなときにも鳴く。
螽蟖の記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まるで空き家にでもすわっている感じで、薄暗い電燈といい、シーンと静まり返った様子といい、なんだかゾッとこわくなるほどであった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『あれほど、あぶないから、花火小舎はなびごやへいってはいけないといったのに。』とこわかおをしてしかりましたので、少女しょうじょしました。
黒いちょうとお母さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
「まあ、婆やは臆病ね。あの人なんぞ何人来たって、私はちっともこわくないわ。けれどももし——もし私の気のせいだったら——」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先生はこわいから大変年をとった人だと思ったが、多分三十位だったかも知れない。お媼さんは先生のことを秋山が秋山がと言った。
この日は伝右衛門もいつぞやのようなこわい顔の人でなかった。つかつかと歩み寄るなりその腕に、このいじらしいものを深々と抱いて
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一体角力取すもうとりの愛敬というものは大きいなりこわらしい姿で太い声の中に、なんとなく一寸ちょっと愛敬のあるものでのさり/\と歩いて参りまして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何だか分らないがこわそうな器械だとか、何だかむつかしそうな実験だとかいうものを見せるようなやり方も一つの方法であろう。
科学映画の一考察 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
東から来ると山の取付に三味線松という天狗てんぐが来て三味線を弾くという伝説の松があって、私なども少年の時はひどくこわかった。
怪譚小説の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こわかっただけで、無事にすんだのである。その顔色が、だんだん血のを帯びてくるにつれて、不安と驚愕きょうがくが、人々の心から消えて行く。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
たひはくやしくつてのやうに眞赤まつかになりました。けれどまたこわくつて、こほりのやうにこはばつてぶるぶる、ふるえてをりました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
怖気おじけは自信力のとぼしい場合に起こることが多い。「自分はとうていこのにんえられぬ」と思えば、手を出すこともこわくなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それッというので、人々は我勝われがちに逃げ出した。しかしやがて、こわいもの見たさで、またソロソロと群衆は引きかえして来た。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
父さんも少しこわくなって来たらしいの。そんなことをたびたびやられちゃ、使うのに骨が折れるから、何なら思うようにしてくれというの。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たいへんこわい顔になって、「坂本さんのお宅は、お行儀がうるさいから、ちゃんとしたなりで、お前が行かないと、花嫁はなよめさんにはなれないよ」
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
何んのあいつが眠剤なものか! 毒も大毒砒石ひせきだあね。……あいつを飲むと中納言様、即座に血へどをお吐きになり、こわやの怖やのご落命。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おそろしいちからがあって、世間せけんからこわがられている一人ひとり魔女まじょでしたから、誰一人たれひとりなかへはいろうというものはありませんでした。
したがって、こうわざとかしこまってますように見えるのもそのためでげして、あながち諸君をこわがってるわけではございません
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
捨撥すてばちにしてからは恐ろしき者にいうなる新徴組しんちょうぐみ何のこわい事なく三筋みすじ取っても一筋心ひとすじごころに君さま大事と、時をはばかり世を忍ぶ男を隠匿かくまいし半年あまり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
到底とても其の望は無いから、自分は淋しいやうなこわいやうな妙な心地で、えずびくつきながら、悄々しほ/\とおうちの方へ足を向けた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
話が佳境かきょうに入って来ると、ヘルンは恐ろしそうに顔色を変え、『その話、こわいです、怖いです』といっておののきふるえた。
するとこうから、年をとった野馬がやってまいりました。ホモイは少しこわくなってもどろうとしますと、馬はていねいにおじぎをしていました。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そしてずいぶん大きな声でしゃべり合っているので、私は、入ってゆくのがこわいような気がして、戸口でためらっていた。
「そうやった。眼がすごいようにり上がって、お園さんのあの細い首が抜け出たように長うなって、こわいこわい顔をして」
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
田舎いなかの方でもこの霜月大師講しもつきだいしこうの晩だけは、娘たちが内庭の石臼の側を、こわがって馳けて通ったという話を、たしか越後の人に聴いたように思う。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
という見得みえ半分の意地っ張りから、蔵前くらまえ人形問屋の若主人清水きよみず屋伝二郎は、前へ並んだ小皿には箸一つつけずに、雷のこわさを払う下心も手伝って
かれはこわがつて慄ひ乍ら酒をいで出すと、異人は黙つて飲み乾し、また遊の方へ顔を向けて、あたりには構ひませなんだ。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
こわうはない、いち夜はおろか、ふた夜三夜でも、そなたが気ままな程に宿をとらせて進ぜるぞ。どこへ参る途中じゃ」
犬は赤い眼を少し開いて、しまいには気を悪くしたらしいうなり声を発した。すると子供らは、こわさと面白さとに声をたてながら四方へ逃げ散った。
こわがるこたァねえから、あとずさりをしねえで、落着おちついていてくんねえ。おいらァなにも、ひさりにったいもうとを、っておうたァいやァしねえ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そのお乳母さんが話好きで、お子さんもお父様にひげのあるのをこわがらず、お菓子があると、「これはバンコ(犬)に遣ろうか、森さんに上げようか」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「ふん。不実同士そろッてやがるよ。平田さん、私がそんなにこわいの。きゃしませんからね、安心しておいでなさいよ。小万さん、いでおくれ」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「私の写真?」「うん」「写真はこわいわ。でも、昔の私の芸者時代の写真、戦地に送って上げたでしょう?」「どっかへおっことしちゃったなア……」
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その目的もくてきおよそ三つにわかつことが出來できる。一はうらみはうずるためで一ばんこわい。二は恩愛おんあいためむしろいぢらしい。三は述懷的じゆつくわいてきである。一のれいかぞふるにいとまがない。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
「好きじゃないが、そんなに嫌いでもありませんよ、でも、若い女が雷鳴がこわくないなんて、平気な顔をしていると、色気がなくて変じゃありませんか」
おトンカチとバットはやぶの中にあった。杉山もこわくて奥へはいらなかったから、探すのにめんどうがなかった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それでもこわい物見たさ聞きたさに、いつも小さいからだを固くして一生懸命に怪談を聞くのが好きであった。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼はこわくなって、早々に研究報告をまとめ上げ、これをアシュル・バニ・アパル大王にけんじた。ただし、中に、若干の政治的意見を加えたことはもちろんである。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。で、一体君は、そうしていてちっともこわいと思うことはないかね?」
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
けれども、今はもう彼女は自分の病気が癒ることがこわかった。ノルマンディーのながい冬が恐ろしかった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
ニイナ まあ、なんてこわい顔! そんなことでは柳さんに逃げられてしまうって言うのよ。ねえ、柳さん。
手術と決ってはいたが、手術するまえに体にりきをつけておかねばならず、舶来はくらいの薬を毎日二本ずつ入れた。一本五円もしたので、こわいほど病院代は嵩んだのだ。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「飲みなれないものですから、こわいんですよ。なんでも、煙草を飲むと痩せると言うじゃありませんか。」
「わたし、あの時は実にこわかったわ。顔がこんなよ。」と手真似てまねをして、玉子が一伍一什いちぶしじゅうくわしく話した。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこで二人は、こわい家主が立ち去ったのを見ると、またもとの家の軒下のきしたへこっそりとしのびりました。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
さみしさ凄さはこればかりでもなくて、曲りくねッたさも悪徒らしい古木の洞穴うろにはふくろがあのこわらしい両眼で月をにらみながら宿鳥ねとりを引き裂いて生血なまちをぽたぽた……
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
其時の彼れが顔附は何処どことも無く悪人のそうを帯び一目見るさえこわらしき程なりき、是さえあるに或午後は又彼れが出行いでゆかんとするとき其細君がしきいもとまで送り出で
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)