引摺ひきず)” の例文
赤帽のいない駅なので、自分のお粗末な革鞄トランクをまるで引摺ひきずるようにして、空架橋の線路の向う側からこっち側へと昇って降りて来た。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
傾斜へ出かかるまでの自分、不意に自分を引摺ひきずり込んだ危険、そして今の自分。それはなにか均衡のとれない不自然な連鎖であった。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
おかの麦畑の間にあるみちから、中脊ちゅうぜい肥満ふとった傲慢ごうまんな顔をした長者が、赤樫あかがしつえ引摺ひきずるようにしてあるいて来るところでありました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これ引摺ひきずつて、あしながらなさけなさうなかほをする、蟋蟀きり/″\す𢪸がれたあしくちくはへてくのをるやう、もあてられたものではない。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
だれおれ真似まねをするのは。とつて腹を立て、其男そのをとこ引摺ひきずり出してなぐつたところが、昨日きのふ自分のれて歩いた車夫しやふでございました。
年始まはり (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
川岸の灌木かんぼくあしの繁っているところへ引摺ひきずってゆき、押倒して、しのの唇へ、頬へ、いたるところへ狂ったようにくちづけをした。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
衆生をじめじめした暗い穴へ引摺ひきずってゆくのでなくて、赫灼かくしゃくたる光明を高く仰がしめるというような趣がいかにも尊げにみえる。
春の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
絶えずそれに引摺ひきずられて行く気分のわたし、それでも山へ登る気持はしないで、濡れない海の中を深く潜り入るような感じが不思議です。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
王子の停車場ステーションへついたのは、もう晩方であったが、お島は引摺ひきずられて行くような暗い心持で、やっぱり父親のあとへついて行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
正気の針を夢の中に引摺ひきずり込んで、夢の中の刺を前後不覚のとこの下にうずめてしまう分の事である。ところがそうは行かなかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木枯の吹く寒い日に、計算翁は例の如く黒い服を裾長く地面じびた引摺ひきずって、黒頭布を被って、手に聖書を持って、町の中を右左に歩き廻った。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
われわれは一先ひとまず土間へ下した書物の包をば、よいしょと覚えず声を掛けて畳の方へと引摺ひきずり上げるまで番頭はだまって知らぬ顔をしている。
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
紫陽花あじさいのような感じのする娘お妙が、不自由な足を引摺ひきずってお勝手へ出て来ると、父親の袂を引いて、その我武者羅がむしゃらな強気を牽制しながら
ところで、ここのお引摺ひきずりの家の小部屋をフォマという男が借りてるんだよ。このフォマは土地の者で兵隊あがりの男なのさ。
肉屋の亭主が手早く細引を投げ掛けると、数人その上に馬乗りに乗って脚を締めた。豚はそのまま屠場へ引摺ひきずられて行った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
実際髯などうでもい、問題は尻尾の有無あるなしである。女の嫁きたがる男には狐の様によく尻尾を引摺ひきずつてゐるのがある。
マチルドは、お引摺ひきずりが足にまつわりつくと、自身でそれをまくり上げ、指の間にはさむ。にんじんは、片足を上げたまま、優しく、彼女を待っている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ばばは、ののしって、彼女が何かいえばいうほど、もがけばもがくほど、黒髪を引摺ひきずりまわし、踏んだり打擲ちょうちゃくしたりした。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、その石塊いしころは彼のまえを歩いている薄汚い子供が、糸で結んで引摺ひきずっているのだということが直ぐに判った。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
その背後から候補生が、絶大の苦痛に価する一歩一歩を引摺ひきずり始めた。夜目にも白々とした苦しそうな呼吸を、大地にハアハアと吐き落しながら……。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お千は引摺ひきずられるようにして、でも嬉しくもなさそうに眼を細くして、杜の云いなり放題にドンドン引張られていった。杜は柳島までも行かなかった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二階に張出しがあってちょっといいと妻が見て来ていうので、私もそのままスリッパを引摺ひきずって出て往って見た。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
てっきり赤ン坊は焼け死ぬものと誰もが思ったが、小さい布団ふとんのまま引摺ひきずり出されて眠っていたという子は、支那人の人浚いの難からも逃れたのだった。
予が漸次ぜんじ浮腫をきたすや、均しく体温上昇し、十二月は実にやまいの花盛りなりしが如し、然れども足を引摺ひきずりながらも、隔時の観測だけは欠くことなかりしが
思わず理屈をねたが、この時は理屈どころではない。疲れて足を引摺ひきずり引摺り、だんだん山道に差し掛かる。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
欧洲から日本へ、日本から欧洲へと往復するにもただプラプラと青い尻尾さえ引摺ひきずればむのだから、今の若い日本の画家等にとっては大変な福音ふくいんなのだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
さうでないと、簀子すのこうへたゝせて、引摺ひきずってかうぞよ。おのれ、萎黄病ゐわうびゃうんだやうなつらをしをって! うぬ/\、ろくでなし! おのれ、白蝋面びゃくろうづらめが!
引摺ひきずり込み結納ゆひなふまでも取交とりかはせしぞ息子せがれこゝろかなうたる者にてあらばとはいふたれど惡ひ病があつてもいと我々夫婦は決して云ぬに和郎そなたは左樣な女兒むすめとも知ずにえん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
与兵衛は早速あがつて行つてその親猿の手をソツと掴んで下へ三尺ばかり引摺ひきずりますと、山の上の方から土瓶どびんのまはり程の大きな石が、ゴロ/\と転つて来ました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
毎日毎日疲れた足を引摺ひきずって、減った腹を抱えて、就職口を探している哀れな青年なんだ。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
昨日きのうは酒屋の御用が来て、こちらさまのにく似た犬の首玉に児供が縄を縛り付けて引摺ひきずって行くのを壱岐殿坂いきどのざかで見掛けたといったから、直ぐ飛んでって其処そこら中をいて見たが
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
なにも好んで俳句をそこまで引摺ひきずって行かねばならぬ理由はない。俳句は俳句として表現するに適当な思想内容があるはずである。其処そこに気がつかないというのは迂遠うえんなことである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
亢奮した心のめりはりに引摺ひきずられながら、伸子が佃との関係で彼女にかけた苦労を思い知るべきだということや、伸子の芸術が、目に見えて堕落し始めたというようなことを攻撃した。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
陰気な、間違えば、ひとを引摺ひきずり込むような、危険な遊戯ゲームふけっておられる。いったい、なんです。たかが、伝説じゃありませんか、それが、この屍体の流血になんの関係があります!?
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
蒸風呂にはいり過ぎたようなけだるさに、一歩一歩重い足を引摺ひきずるようにして、私は歩いて行く。足が重いのは、一週間ばかり寝付いたデング熱がまだ治り切らないせいでもある。疲れる。
と、這出はいだす。あし引摺ひきずりながら力の脱けた手で動かぬ体を動かして行く。死骸はわずか一間と隔てぬ所に在るのだけれど、その一間が時に取っては十里よりも……遠いのではないが、難儀だ。
彼はとっくに既うこうして謝罪りたかったのであったが、流石さすがに女の前では出来難できにくかった間に、ずんずんと女に引摺ひきずられて嘘許り云ったのであった。其処へ持って来て巡査は飽迄あくまで彼を追窮した。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
んでゐると、そのえた力におどろき、亦引摺ひきずられても行きますが、さて頁を伏せて見て、ひよいと今作者さくしやに依つてゑがかれた人物の心理しんりを考へて見ると、人物の心理のせんすぢけはきはめてあざやかに
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
彼は女を半ば引摺ひきずりながら、丸太町通りまで引き返して、道ばたで介抱して居ると、ちょうど一台のから自動車が来たので、呼びとめて、わが家へ連れて来た事、とりあえず寝台に横たわらせて
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そう仰有おっしゃると、ロダンさんは別室から、等身大の彫像を奇蹟的な偉大な力で、妾の前に引摺ひきずっていらっしゃったのです。妾はその彫像を見ると、妾に何ものかが唯心的な理解力を生んだのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
目科は夫を詰らぬ事と言い無理に余をさえぎらんとす、余はむッとばかりにいきどおりしかども目科は眼にて余を叱り、二言と返させずして匆々そこ/\倉子に分れを告げ、余を引摺ひきずらぬばかりにして此家を起立たちいでたり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
私はただ黙って皆を引摺ひきずってゆけば良いのだ。
鼠の服でしよんぼりと足を引摺ひきずるいぢらしさ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
飛ぶ方へ止める力は引摺ひきずられ
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
同時に、戸外おもて山手やまてかたへ、からこん/\と引摺ひきずつて行く婦人おんな跫音あしおと、私はお辻の亡骸なきがらを見まいとして掻巻かいまきかぶつたが、案外かな。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
哀れた忠義者は、苛酷かこくな運命と強い意志とに引摺ひきずられ乍ら、こんな異常な樂しみに、僅か自分の生活を見出して居たのでせう。
私の穿いていた藍縞仙台平あいじませんだいひら夏袴なつばかまは死んだ父親の形見でいかほど胸高むなだかめてもとかくずるずると尻下しりさがりに引摺ひきずって来る。
と云って逃げようとするおあさのたぶさを取って、二畳の座敷へ引摺ひきずり込み、へだてふすまてましたが、これから如何いかゞなりましょうか、次回つぎに述べます。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「何だい」と立って行くと彼女はどこからか、大きな信玄袋しんげんぶくろ引摺ひきずり出して、「これお貞さんのよ、見せたげましょうか」と自慢らしく自分を見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから野良の元兇は農舎へ引摺ひきずって行ってつないで置き、さて全く改心の見込無きものとして断然死刑に処してしまうか、或いは相当期間禁錮きんこして