平生いつも)” の例文
お種は洗濯物を平生いつもの処へ浸したままで姿が見えなかった。母親は驚いてそのあたりを探して歩いたが、何処にもお種はいなかった。
蟹の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
燈火の加減でか、平生いつもより少し脊が低く見えた。そして、見慣れてゐる袴を穿いてゐない所爲せゐか、何となく見すぼらしくも有つた。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
つまり女の頭の中には、平生いつもの常識的な、理窟ばった考えは微塵みじんもなくなって、人間世界を遠く離れたうっとりした気持ちになっている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は少し合点行かず、平生いつものお八ツとは大変に容子が違っていますから、何か、お目出たいことでもあったのかと、その由を師匠に聞くと
この発明におやと驚ろいた妻君はそれじゃ、みんなでおとなしく御遊びなさいと平生いつもの通り針箱を出して仕事に取りかかる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そう言っている母の言葉や、アクセントは、平生いつもの母とは思えないほど、下卑げびていて娼婦しょうふか何かのようになまめかしかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
勘次かんじ平生いつもごとくおつぎをれて開墾地かいこんちた。おつぎは半纏はんてんうしろへふはりとけたまゝとほさないで、かたへはたすきなゝめけて萬能まんのうかついでた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
秋の一夜偶然尋ねると、珍らしく微醺びくんを帯びた上機嫌であって、どういう話のキッカケからであったか平生いつもの話題とはまるで見当違いの写真屋論をした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ばあや婆やといたはつて下ださる平生いつも貴嬢あなたさまの様にも無い——今日も奥様がいつもの御小言で、貴嬢の御納得なさらぬのはわたしが御側で悪智恵でも御着け申すかの御口振
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
だが結果はその兩點で私が間違つてゐたことを示した。彼はまつたく平生いつもの態度で、または近來の彼のいつもの態度——ひかへ目な鄭重ていちやうさでもつて私に話しかけた。
「そうか。湯が平生いつもに無く熱かったからナ、それで特別に利いたかも知れない。ハハハハ。」
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平生いつもならば人も滅多に来ない鎮守の森の裏山は全く人の影を以てうづめられて了つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
しかしヌエが何か夜業やげふをする妨げをしては好くないと思ひ、又火曜会も一寸ちよつとのぞいて見たかつたのでこの下宿を辞さうとしたが、平生いつもから淋しさうなヌエがことに今夜は一層淋しさうに見えたから
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
よね 平生いつもん心掛んわるかけんたい。そんなら、昨夜ゆんべん騒ぎも知らんだろが。
牛山ホテル(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
翌日あくるひ平生いつもの通り仕事に掛つて見たが、仕事が手に附かない。普請場ふしんばからがもう厭になつて来た。何処へ行つて見ても、何にさはつて見ても、眺めても、娘の事が想出されて、生別わかれの辛さをひしと思知る。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
無論むろん此樣こん妄想もうざうは、平生いつもならばもなく打消うちけされるのだが、今日けふ先刻せんこくから亞尼アンニーが、だのこくだのとつた言葉ことばや、濱島はまじま日頃ひごろ氣遣きづかはしなりし樣子やうすまでが、一時いちじこゝろうかんで
大嘘おおうそ! 実は平生いつもの通り五杯喰べたので。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一箇月ばかりして、彼はまた演説の腹案ふくあんをこしらえる必要が起ったので、平生いつものように散歩しながら思想をまとめるつもりで戸外そとへ出た。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
素晴らしい腕前を持っているらしいのに感心させられたまま……平生いつもの理智と判断力とをめちゃめちゃにたたき付けられてしまいかけていたのである。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕はおそらく平生いつもよりあおい顔をしたろうと思う。自分ではただ眼を千代子の上にじっとえた事だけを記憶している。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私、こゝから飛び込んで死にたいわ。わたしが死んだら、あなたは何うするの。」と、女は平生いつもの彼女と全く違つてしまつたやうに、快活で大胆になつて居た。
海の中にて (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
私がお抱き申して枕頭まくらもとへ参りますとネ、細ウいお手に、もみぢの様な可愛いお手をお取りなすつて、梅ちやんと一と声遊ばしましたがネ、お嬢様が平生いつもの様に未だ片言交かたことまじりに
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
行つた時は、平生いつものやうに入口の戸がしまつて居ました。初めての人などは不在かと思ふんですが。戸を閉めて置かないと自分の家に居る氣がしないとアノ人が云つてました。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
何も彼も知らいでたわい無く寐て居し平生いつもとは違ひ、如何せしことやら忽ち飛び起き、襦袢一つで夜具の上跳ね廻り跳ね廻り、厭ぢやい厭ぢやい、父様を打つちや厭ぢやい
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
猬鼠はりねずみのような頭の□□は益々ガチ/\していたが、ガチ/\は同じ平生いつものガチ/\であっても、其のガチ/\の底に陰気の音が籠っていた。総支配人は平日に無い靴を穿いていた。
勘次かんじこゝろからやうや瘡痍きずいたはつた。かれ平生いつもになくそれを放任うつちやつてけば生涯しやうがい畸形かたわりはしないかといふうれひをすらいだいた。さうしてかれ鬼怒川きぬがはえて醫者いしやもと與吉よきちれてはしつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
食事の間中彼はまつたく平生いつもの通りに落着いた樣子をしてゐた。私は彼がとても私に話しかけはしないだらうと思つてゐた。そしてまた結婚の計畫を續けることはあきらめてゐるのだと信じてゐた。
其処は月の光であろう四辺あたりが明るくなっていた。為作は怖いような尊いような気がして、平生いつものように平気で往くことができなかった。
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その若旦那のものの仰言おっしゃりようが、何とのううわそらで、平生いつもとは余程違うて御座る事に気が附いて参りましたので
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
が、何かの機会はずみで、平生いつも通りの打ち解けた遠慮のない気分が復活したので、その中に引き込まれた矢先、つい何の気もつかずに使ってしまったのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行つた時は、平生いつものやうに入口の戸が閉つて居ました。初めての人などは不在かと思ふんですが、戸を閉めて置かないと自分の家に居る気がしないとアノ人が云つてました。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わしは、自分の名誉や位置を守るために、お前の指一本髪一筋も、犠牲にしようとは思わない。そんな馬鹿々々しいことを考えるとは、平生いつものお前にも似合わないじゃないか。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平生いつもの如くく起き出づればお浪驚いて急にとゞめ、まあ滅相な、ゆるりと臥むでおいでなされおいでなされ、今日は取りわけ朝風の冷たいに破傷風にでもなつたら何となさる
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
おつぎはしみ/″\と與吉よきちこゝろいたはつてさらに、「ぢい」と卯平うへいむしろちかづいてそつとひざをついた。平生いつものおつぎは勘次かんじとのあひだつながうとする苦心くしんからのあまえた言辭ことば卯平うへいこゝろとうずるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わたしネ、篠田様のこと思ふと腹が立つ涙が出る、夜も平穏おつちりられないんです、紀念式にも昨夜の演説会にもの通り行らしつて、平生いつもの通りきいてらツしやるでせう、自分がひ出されると内定きまつて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
暫らくすると魔子は果して平生いつもの通り裏口から入って来た。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
翌朝あくるあさになって名音は、平生いつものように起きて朝の礼拝を終り、前夜のことを住持に話そうと思っていると、玉音が急に緊張した顔になった。
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これは寝がけに松葉杖を突いて来たのだから、ウッカリして平生いつもと違った処にスリッパを脱いだものに違い無い。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
やむそとた。さうして友達ともだちうちをぐる/\まはつてあるいた。友達ともだちはじめのうちは、平生いつも小六ころくたいするやうに、わか學生がくせいのしたがる面白おもしろはなし幾何いくらでもした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『その感想かんじ——孤独の感想かんじがですね。』と、吉野は平生いつもの興奮した語調てうしで語り続けてゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
平生いつものごとくく起き出づればお浪驚いて急にとどめ、まあ滅相な、ゆるりとやすんでおいでなされおいでなされ、今日は取りわけ朝風の冷たいに破傷風にでもなったら何となさる
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ある朝、彼女は平生いつものやうに郵便物を見た。——かうした通知状の来ない前は、それは楽しい仕事に違ひなかつた。其処には恋人からの手紙や、親しい友達の消息が見出されたから——。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
それから私は、朝までまんじりともせずに夜を明かして、平生いつもの時間に起きて雨戸を開けようと思って、玄関へ出て見て私は又驚きました。
母の変死 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして平生いつものように私の頭を撫でようとなされずに、ドスンドスンと私の琴をまたぎ越して、お床の間に置いてある鹿の角の刀掛かたなかけの処にお出でになって
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
代助はさうさと笑つたが、此方面にはあまり興味がないのみならず、今日けふ平生いつもの様に普通の世間ばなしをする気でないので、社会主義の事はそれなりにして置いた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
これだけで訪問の禮は既に終つたから、平生いつもの如く入つて行かうと思つて、上框あがりかまちの戸に手をかけようとすると、不意、不意、暗中に鐵の如き手あつて自分の手首をシタタカ握つた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
長閑気のんきで斯して遊びに来るとは、清吉おまへもおめでたいの、平生いつも不在るすでも飲ませるところだが今日は私は関へない、海苔一枚焼いて遣るも厭なら下らぬ世間咄しの相手するも虫が嫌ふ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ある朝、彼女は平生いつものように郵便物を見た。——こうした通知状の来ない前は、それは楽しい仕事に違いなかった。其処そこには恋人からの手紙や、親しい友達の消息が見出みいだされたから——。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
朝になってみると、お滝は平生いつものようにおとなしく起きて、新一といっしょに朝飯をったがへつに変ったこともなかった。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
平生いつもの通り仕事を片附けて、医局の連中に二三の用務を頼んで、この部屋を出られたのですが、それっきり筥崎はこざき網屋町あみやちょうの自宅には帰られませんでした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)