しる)” の例文
「噂にたがわぬ名馬じゃ。馬は良い、だが持主の惜しみ方が憎い。それならば仲綱めが心を慰めてくれよう、やつの名を馬にしるせよ」
夜な/\彼が屋根裏へ通う折に青白い光を浴びせた月が、その晩も牡鹿山の頂の上にあって、少年の影をくっきりと地にしるしていた。
あいや、あまりお騒ぎなさらぬ方が得策でしょう、かりそめにも天下の首城が、一盗賊に足痕あしあとしるされた事さえ名誉ではありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私もその声に釣られて、刑事の背後から窓の下を見ると、昨日の雨で湿った余り広くもない庭に下駄げたの跡がクッキリしるされていた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『なんじ豚ども! そちたちは獣の相をそのおもてしるしておるが、しかしそちたちも来るがよい!』すると知者や賢者がいうことに
彼等の一人の指す所を見ると、成程、雪の上にはっきりと、直径七八寸もありそうな、猫のそれにそっくりな足跡がしるされている。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
上の方は、暑中でなければ油障子がおろされ、家の中からの灯が赤く、重ったくうつって、墨で描いた屋号のしるしが大きくうきあがっている。
それは村の者のおろかしさのしるしであろうか、それともその老外人のかたくなな気質のためであろうか? ……そう言うような話を聞きながら、私は
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
警察もきびしくなって、その年の四月以来江戸市中に置かれたという邏卒らそつが組のしるしを腰につけながら屯所たむろしょから回って来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天心の月は、智恵子の影を短くつちしるした。太鼓の響と何十人の唄声とは、その月までも届くかと、風なき空に漂うてゆく。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼寺かのてら此邸このてい、皆それ等古人の目に触れ、前の橋、うしろみちすべそれ等偉人の足跡をしるして居るのだと思へば予の胸はおのづからをどる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
この十日の間に、倉地にとってはこの上もない機会の与えられた十日の間に、杉森すぎもりの中のさびしい家にその足跡のしるされなかったわけがあるものか。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ごく正確に弾奏してもいなかったし、拍子正しく演奏してもいなかったが、しかし脱線することはなく、しるされてるニュアンスを忠実にたどっていた。
女護島にょごがしまへ男渡らば草履を数々出して男の穿きたるをしるしに妻に定むという風俗の残れるにやと、ドウモ女人国へ行きたくなって何を論じ掛けたか忘れました。
私のうちは向うに見えるこん暖簾のれん越後屋えちごやと書き、山形に五の字をしるしたのが私の家だよ、あの先に板塀があり、付いて曲ると細い新道のような横町よこちょうがあるから
そこには、さしずめ常人ならば、顔あたりに相当する高さで、最近何か、がく様のものを取り外したらしい跡が残ってい、それがきわめて生々しくしるされてあった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼女の死後十五年間は、たゞ草の生茂はひしげつた土饅頭であつたが、今は、彼女の名と『われ再び生きむ。』の一句をきざんだ灰色の大理石の石碑が、その場處をしるしてゐる。
八の顔は右の外眦めじりに大きな引弔ひつつりがあつて頗る醜い。それに彼のこれ迄に経験して来た、暗い、鈍い生活が顔に消されない痕跡こんせきしるしてゐる。併し少しも陰険な処は無い。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そこから裏口まではほんの二間ばかり、滅多めったに陽の当らない土の上には、少しばかり庭下駄の跡がしるされてありますが、それが何の意味があるのか、ガラッ八には解りません。
すじかいに照し出している茶色のリノリウム張りの床の上には、そうと察して見なければ解らない程のウッスリとした、細長い、女の右足の爪先だけの靴痕がしるされているのであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
れから神明前の金物屋で小刀こがたなかって短刀作りにこしらえて、ただしるけの脇差に挟すことにして、アトは残らず売払て、その代金は何でも二度に六、七十両請取うけとったことは今でも覚えて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あとになしていだくるま掛聲かけごゑはし退一人ひとりをとこあれは何方いづく藥取くすりとりあはれの姿すがたやと見返みかへれば彼方かなたよりも見返みかへかほオヽよしさまことばいままろでぬくるま轣轆れきろくとしてわだちのあととほしるされぬ。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かすかに廻っている円筒の方眼紙の上に青いインキが針からにじんでほとんど動くか動かぬかに水量と速度とをじりじりとのこぎり形にしるして進む。そこで若者は三和土たたきの間の方五、六尺の鉄板のふたを持ちあげる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
東下り、京上り、往来ゆききに果つるおん旅や、御跡おんあとしる駅路うまやぢの繰りひろげたる絵巻物ゑまきもの、今巻きかへす時は来ぬ。時こそ来つれ、生涯の御戦闘みいくさへて凱旋がいせんの。時こそ来つれ、生涯の御勤労みつとめ果てゝ御安息おんやすの。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
……神様は大罪人にはしるしをお附けになるそうですが、あなたにもやっぱり印しが附いておりましたのよ。お覚えがなくって? あなたのお召物は、いつもいつもぞっとするようなのばかりでしたわ。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし、そこには、新しい趾跡は、殆んどしるされなくなった。
雪のシベリア (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
木立や家影いえかげを黒々と地にしるしているばかりである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ある朝トタン屋根に足跡がしるされてあった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それを我慢して、大阪の街に一歩をしるした。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いたましき綾をしるして
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
つちくまなくしるしなむ。
騎士と姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
川島のさとはおろか、阿波の要所、探り廻らぬところはない。まだ誰に話したこともないが、徳島城の殿中にまで、わしの足跡がしるしてある。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
處女は鉢卷をしてゐるのがしるしで、白い貝が額のところにつけてあるので、強い日光にキラキラとして眼に立つといふことだがと、私は聞いたままを續けた。
夏の夜 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
梅雨後つゆあがりの勢のよい青草が熱蒸いきれて、真面まともに照りつける日射が、深張の女傘かさ投影かげを、鮮かにつちしるした。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
たちまち屍光にぼっと赤らんだ壁が作られ、それがまるで、割れた霧のように二つに隔てられてゆき、その隙間に、ノタリノタリと血がのたくってゆく影がしるされていった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
其處から裏口まではほんの二間ばかり、滅多に陽の當らない土の上には、少しばかり庭下駄のあとしるされてありますが、それが何んの意味があるのか、ガラツ八には解りません。
長州兵の隊長は本陣高崎弥五平たかさきやごへい方に陣取ったが、同藩の定紋をしるした高張提灯たかはりぢょうちん一対を門前にさげさせて、長州藩の兵士たることを証し、なおその弥五平宅で英国士官と談判した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まるで瑞西スイスあたりの田舎いなかにでもありそうな、小さな橋だの、ヴィラだの、落葉松からまつの林だのをしるしつけながら、彼女のために、私の知っているだけの、絵になりそうな場所を教えた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ことに口のまわりは、まるで化け猫みたいな物凄さで、じだんだ踏んで泣き叫んでいる小怪物と、部屋中に、壁と云わず床と云わず、点々としてしるされた、可愛らしい血の手型を見た。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見るに寶永二年三月十五日の夜こく出生しゆつしやうしるありければ指折算ゆびをりかぞへ見るに當年ちやうど十一歳なりわすれもせぬ三月十五日の夜なるがお三婆はしきり落涙らくるゐしテモ御身は仕合しあはせ物なりとて寶澤がかほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
肌理きめノ一ツ/\ガハッキリト分離サレテしるサレルヨウニ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鋭い声を放った者のこぶしに、キラリと光ったのは、銀みがきの十手——「東奉行所」としるした提灯ちょうちんの明りと共に、ズイと迫って、弦之丞の眼を射た。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ところで、皆んなの居た場所を、この櫻の馬場の繪圖面にしるしを附けて貰ひ度いが」
その勢いで木曾の奥筋へと通り過ぎて行ったのだ。わだちの跡を馬籠峠の上にもしるして。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上八ヶ年以前夫道十郎儀芝札の辻に於て十兵衞と申者人手にかゝ相果あひはて候處其場に道十郎のしるし付にからかさ捨之有すてこれありしに付御疑ひ罹りしと雖も其傘は長庵方へ忘れ置たる品に相違さうゐなく候しかるに夫道十郎浪人のひんせまり十兵衞が四十兩餘の金子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さっき、馬の背では、さしも疲れたかに見えた彼が、そこに立つと、毅然きぜんたる影を宇宙にしるしていた。彼には楽しみがあって疲れはないようである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎は縁の下の柔かい土にしるされたおびたゞしい跡を指さしました。
右十兵衞事横死わうし致し候場所に道十郎所持のしるし付の傘有之候に付申わけ相立難く兩度りやうどほど長庵と突合つきあはせ御調べに相成候へ共道十郎は其前より久々不快ふくわい故申開きも心にまかせずつひに牢死に及び候に付彌々いよ/\長庵が辯舌べんぜつにて道十郎の罪科ざいくわに相定まり死骸は御取捨とりすて家財かざい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
中国進駐の第一歩はしるされた。戛々かつかつと、夕ぐれの大地を鳴らして、糟屋武則かすやたけのりやかたにはいってゆく長蛇ちょうだの列を見るに。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)