“函館:はこだて” の例文
“函館:はこだて”を含む作品の著者(上位)作品数
島崎藤村5
宮沢賢治3
寺田寅彦3
泉鏡太郎2
泉鏡花2
“函館:はこだて”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 社会 > 社会福祉30.0%
歴史 > 伝記 > 個人伝記(児童)22.2%
歴史 > 伝記 > 個人伝記0.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
やがてまた吹き来し強き順風に乗じて船此地を発し、暮るる頃函館はこだてに着き、ただちに上陸してこの港のキトに宿りぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
函館はこだてまづしい洋食店やうしよくてんで、とんさんが、オムレツをふくんで、あゝ、うまい、とたん
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昭和九年三月二十一日の夕から翌朝へかけて函館はこだて市に大火があって二万数千戸を焼き払い二千人に近い死者を生じた。
函館の大火について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
函館はこだてを出帆してから、四日目ころから、毎日のボロボロな飯と何時も同じ汁のために、学生は皆身体の工合を悪くしてしまった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛かたつむりが背のびをしたように延びて、海をかかえ込んでいる函館はこだての街を見ていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
横浜、長崎、函館はこだての三港を開いたことは井伊大老の専断であって、朝廷の許しを待ったものではない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
函館はこだてから小樽おたる室蘭むろらんとせいぜい一年か二年かで御輿みこしをあげ、そちこち転々した果てに樺太からふとまで
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「まあ辛抱してやるがいい。ここの親方は函館はこだて金持まるもちで物のわかった人だかんな」
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ある外国船は急を告げるために兵庫から横浜へ向かい、ある外国船は函館はこだてへも長崎へも向かった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
札幌さつぽろ行の列車は、函館はこだての雜沓をあとにして、桔梗、七飯なゝえと次第に上つて行く。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
「ええ。まだいちども。札幌さっぽろ函館はこだてさえ数えるほどしか行ったことはないんですの。」
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
そのために東北地方から北海道南部は一般に南西がかった雪交じりの烈風が吹きつのり、函館はこだてでは南々西秒速十余メートルの烈風が報ぜられている。
函館の大火について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この瑞見は二年ほど前に家をげ蝦夷の方に移って、函館はこだて開港地の監督なぞをしている。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
郷里くにから函館はこだてへ、函館から札幌さっぽろへ、札幌から小樽おたるへ、小樽から釧路くしろへ——私はそういう風に食をもとめて流れ歩いた。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
津軽海峡つがるかいきょう、トラピスト、函館はこだて五稜郭ごりょうかく、えぞ富士ふじ白樺しらかば小樽おたる、札幌の大学、麦酒ビール会社
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
節蔵が脱走した後でもって、脱走艦は追々函館はこだていって、れから古川ふるかわの長崎丸と一処いっしょまた此方こっちへ侵しに来た
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
其の集學所に居る人間は函館はこだて五稜廓ごりやうかくの討ち洩らされといふ面々だ。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
ある日農場主が函館はこだてから来て集会所で寄合うという知らせが組長から廻って来た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一時間ほどして船が再び棧橋さんばしに着いた時、函館はこだての町はしらじらとした暮靄ぼあいの中に包まれてゐたが、それはゆふべの港の活躍の時であつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
横浜からも、長崎からも、函館はこだてからも、または上海シャンハイ方面からも。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
室蘭むろらんか、函館はこだてまで来る間に、俺は綺麗さっぱり北海道と今までの生活とに別れたいと思って、北海道の土のこびりついている下駄を、海の中に葬ってくれた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
老人は岸本の外遊を聞いて、見送りかたがた函館はこだての方から出て来てくれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青森湾口に近づくともう前面に函館はこだての灯が雲に映っているのが見られる。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
函館はこだてのおじいさんがこの七人の兄弟きょうだいの実父にあたる。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この条約によると、神奈川かながわ、長崎、函館はこだての三港を開き、新潟にいがたの港をも開き、文久二年十二月になって江戸、大坂、兵庫ひょうごを開くべき約束であった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一条 長崎、函館はこだてを開く(函館は調印の日より十ヶ月後)
空罎 (新字新仮名) / 服部之総(著)
本来宣教師せんきょうしにして久しく函館はこだてり、ほぼ日本語にもつうじたるを以て仏公使館の訳官となりたるが、これまた政府にちかづきて利したることすくなからず。
いま汽車は函館はこだてって小樽おたるむかって走っている。まどの外はまっくらだ。もう十一時だ。函館の公園はたったいま見て来たばかりだけれどもまるでゆめのようだ。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
函館はこだて青柳町あをやぎちやうこそかなしけれ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
五月初旬はじめ、武男はその乗り組めるふねのまさにくれより佐世保させほにおもむき、それより函館はこだて付近に行なわるべき連合艦隊の演習に列せんため引きかえして北航するはずなれば
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それから上野は落ちます、良人は宇都宮うつのみやからだんだん函館はこだてまでまいり、父は行くえがわからなくなり、弟は上野で討死うちじにをいたして、その家族も失踪なくなってしまいますし
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
函館はこだてのかの焼跡やけあとを去りし
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
津軽海峡を渡って函館はこだてへ上陸したことのある人は知っていると思うが、連絡船が港に近づくと、下北半島に相対した恵山えさん方面の丘に、トラピスト女子修道院の白堊はくあの塔がみえるであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「冬猫もまた細心の注意を要す。函館はこだて付近、馬肉にて釣らるる危険あり。特に黒猫は充分に猫なることを表示しつつ旅行するにあらざれば、応々黒狐くろぎつねと誤認せられ、本気にて追跡さるることあり。」
猫の事務所 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それに、書記官のメルメット・カションが以前函館はこだての方にあったころ、函館奉行津田近江つだおうみの世話により駿河の友人喜多村瑞見ずいけんから邦語を伝えられたという縁故もあって、駿河の方でも応対に心やすい。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
函館はこだてへ、函館へ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もし、室蘭になかったら小樽おたるか、函館はこだてから呼ぶんだ。えーっと、しかし、そうすると横浜帰航が大変おそくなるね。だが、室蘭に五人や十人の船員がないってことはないだろう。君は調べて見たかね」船長はきいた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
あの恐ろしい函館はこだての大火や近くは北陸地方の水害の記憶がまだなまなましいうちに、さらに九月二十一日の近畿きんき地方大風水害が突発して、その損害は容易に評価のできないほど甚大じんだいなものであるように見える。
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昭和九年三月二十一日の函館はこだての大火は、その日の午後六時から翌朝の七時まで燃えつづけて、焼失家屋二万四千戸、死傷者三千人を出したが、その時火に追われた市民は、猛火の中をくぐって安全な場所から場所へと逃げ廻った。
焦土に残る怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つづいて、オランダ・ロシア・イギリス・フランスの四かこくとも条約じょうやくをむすび、すでに日米和親条約にちべいわしんじょうやく開港かいこうされていた下田しもだ箱館はこだて函館はこだて)にくわえて
案内者あんないしやがついてゐます。御串戲ごじやうだんばかり。……洲崎すさき土手どてあたつたつて、ひとふねせば上總澪かづさみをで、長崎ながさき函館はこだてわた放題はうだい
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しずかな日きまった速さで海面を南西へかけて行くときはほんとうにうれしいねえ、そんな日だって十日に三日はあるよ、そう云うふうにして丁度北極から一ヶ月目に僕は津軽海峡を通ったよ、あけがたでね、函館はこだて砲台ほうだいのある山には低く雲がかかっている
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
されば幕府は奥羽諸藩をもよおして、函館はこだてを護らしめ、西国諸大名に令して長崎を警せしめ、文化七年においては、松平定信は、松平容衆かたひろと共に房総海岸の防禦を命ぜられ、ために東京湾の砲台を築かしめ、人心も何となく洶々きょうきょうたらんばかりの有様とはなりぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彰義隊しょうぎたいけいくさにおわったあと、幕府ばくふがわのひとたちは、東北地方とうほくちほうにのがれ、二本松にほんまつ会津若松あいづわかまつや、北海道ほっかいどう箱館はこだて函館はこだて)の五稜郭ごりょうかくなどで、官軍かんぐんにてむかい、つぎつぎにやぶれていきました。