ひと)” の例文
ひとの手に封じられた、仔はどうして、自分で笊が抜けられよう? 親はどうして、自分で笊を開けられよう? そのおもいはどうだろう。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
のみならずついに何事をもなさず何をしでかすることなく一生むなしくひとの厄介で終わるということは彼にとって多少の苦痛であった。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
括弧かっこの中でいうべき事かも知れないが、年齢としを取った今日こんにちでも、私にはよくこんな現象が起ってくる。それでよくひとから誤解される。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いいことはねえ、ひとに笑われる、そんなことを云うものでねえ、だいち、親子が喧嘩するなんて、みっともないことじゃ、やめろ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
やい、やい、なんでひとの面を睨みやがるんだ。てめえ達は主殺しだから磔刑野郎だと云ったがどうした。てめえ達も知っているだろう。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫婦はひとの働くさまを夢のように眺め、茫然ぼんやりと考え沈んで、通り過ぎて行きましたのです。板橋村を離れて旅人の群に逢いました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
男は男で、ひと斯様こんなことには取合いたがらぬものである。匡衡は一応はただ其儘そのままに聞流そうとした。しかし右衛門は巧みに物語った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
兎に角今脱いだ自分の靴をもうひとのものと思っている放心者うっかりものが、深く敵地に入って御大将を担ごうというのだから少し押しが太い。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私はその折ひとに貸す程の金を持合せてゐなかつたし、それに折角質屋の通帳かよひがあるとにらむで来た小説家にもそれでは済まなかつた。
「貴方もまあ何を有仰おつしやつてゐらつしやるのでせう。御自分の有仰る事をひとにお聞き遊ばしたつて、誰が存じてをりますものですか」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
 故に、芸術家たる芸術家が、芸術作用を営みつつある時間内にある限りに於て、芸術家はひとに敵対的ではなく、天使に近い。
芸術論覚え書 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
かめ「マアどうもいけしゃア/\よくひとの娘をさらっておいて、強談いすりがましい事をおいいだが、たれに沙汰をして他の娘を自分の娘におしだよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうして両人ふたりは、人通りの絶えた街を相合傘で歩いていった。フェリシテはこんなところをひとに見て貰えないことを、少し残念にさえ思った。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
昔から云つてるつてすが日本人は公共思想が乏しくて商売をしてもひとを倒すことばかり考へて商売其物を発達せしめやうといふ考へは無い。
青年実業家 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
『君はまだ那麽あんな声を聞かうとするだけ若い。僕なんかは其麽そんな暇はない。聞えても成るべく聞かぬ様にしてる。ひとの事よりア此方こつちの事だもの。』
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
菫色の薔薇ばらの花、こじけた小娘こむすめしとやかさが見える黄色きいろ薔薇ばらの花、おまへの眼はひとよりも大きい、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「ああ、わたしがわるかった、ひとのものなどをうらやんだものだから……かみさまにたいしてすまないことをした。ああ、どうしたらいいだろう。」
夕焼け物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
上品ではあツたが、口の利方ききかたせた方で、何んでもツベコベと僥舌しやべツたけれども、調子の好かツたせいか、ひとに嫌はれるやうなことはなかった。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
くつろいでひとにおいするときには、んな奇麗きれいところんで、んな奇麗きれい姿すがたせてれど、わたくしたちとていつもうしてのみはいないのです。
ひとの事では無いのだ。われ等は皆悲しみと怖れとに囚はれた。われ等も何時、どんなことで死なぬとも限らぬのだ。それがわれわれの運命なんだ。
工場の窓より (新字旧仮名) / 葉山嘉樹(著)
『人の声を盗む者、ひとの姿を盗む者、ひと生血いきちを盗む者、この三つは悪魔である。見当り次第に打ち壊せ、打ち殺せ、焼いて灰にして土に埋めよ』
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
ひとがもしヂレッタントだといって卑しめればかれは腹を立てただろうが、かれみずからはどうかすると、おれはヂレッタントだといって笑っていた。
光代は一筋に綱雄を待ちぬ。ひとの気も知らず綱雄はいつまでも帰り来たらず。光代は一人物憂げに朝夕の雲を望めり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
陰ながら貴所に御詫おわび致したで御座いませう——けれど我が心に尋て見ますれば、ひとの伝説を、全く虚妄きよばうとのみ言ひ消すことが出来ませぬので、必竟ひつきやう
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
借金と気がついて急に悄気しょげた時期もあります。わが借金はたなにあげ、ひとの少々の貸金をはたって歩いた時もあります。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ポチは大様おおようだから、余処よその犬が自分の食器へ首を突込んだとて、おこらない。黙って快く食わせて置く。が、ひとの食うのを見て自分も食気附しょくきづく時がある。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかしさうした態度を取つたために、ひとから意見されたことが度々ある。さういふ時には、きつとかう言はれる。
閑談 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
やっと私を許してから三四分間経って此度は俯伏しになって、そっひとの枕の上に、顔を以て来て載せて、半ば夢中のようになって、苦しい呼吸いきをしていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
これはしからん奴じゃ、ひとの領分の扉を無断で閉ざす奴があるものかと、吾輩は用捨なくすぐに開けると、暫時しばらくしてまたノコノコ手を伸ばして閉める。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「ですが———、新生寺さんはその秘密が人の耳に入る事を非常に恐れていたと思うんですから、どうぞひとにお漏しにならないようにして頂きたいのです」
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
決して書籍でひと様の智慧ちえを借りたのでないが、万事について、書籍をたてに取る日本の学者が、自分の卑劣根性より法螺ほらなどと推量さるるも面白からぬから
是君を先にし、臣を後にするなり。汝はやひとの国に去りて害をのがるべしといへり。此の事、一三五と宗右衛門にたぐへてはいかに。丹治只かしられてことばなし。
自分に土地を所有する力の無いものはひとの土地を借りて作物さくもつ仕付しつけます。そして相應に定められた金錢や又は米や麥の收獲の一部を地主ぢぬしへ納めるのであります。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
K—先生に絶交状を附けられたのはう度々の事で、ひとに話しても、「又ですか。」と笑はれる。感情の強い人ゆゑ、ちよいとした事で騒ぎたてるが、直る事もすぐ直る。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
まゝならぬ世の習はしは、善きにつけ、惡しきにつけ、人毎ひとごとひとには測られぬうきはあるものぞかし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
私の方では一向ひとの気は分りませんから、知らずにいたが、その後、後藤さんを通して、私のために家を持たしてやろうと考えるまでに平尾氏の好意が進んで来たのは
だが俺はE屋で夏帽子は買つたがそんなひとのところの自轉車になぞ乘つてくるもんか! 大方
エトランジェ (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
氣をつけて——とたのむよりは、ひとの手をかりなければならないことで、しかも亡父があれほど氣にしてくれたかたなのだから、お灸の養生法はそれきりで中止してしまつた。
お灸 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
私はひとのように白樺の皮を剥ぎに行ったり、ざんざめいて歩き廻ったりするのが臆劫であった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
三十面を下げて、馬鹿を尽してるくらいだから、ひとには笑われるだけ人情はまア知ッてるつもりだ。どうか、平田のためだと思ッて、我慢して、ねえ吉里さん、どうか頼むよ
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
既に平安朝の頃京都の西の桂河辺に散所さんじよが居て、ひとの土地へ来て勝手に住んで困るという苦情を書いたものがありますが、今もその地方の梅津や鶏冠井かいでに産所という所があって
肝腎の案内者、次第によっては助太刀をも兼ねてやろうという剛の者が、戦いを前にして逃げ出したわけでもあるまいに、ひとの大事とはいいながら、あまりといえば暢気千万のんきせんばんだ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただでさへ氣が重くなる事なのに、今度の場合は特にひとの生活の重要事に關してゐた。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
我々われわれ地方ちほう不作ふさくなのはピンぬまなどをからしてしまったからだ、非常ひじょう乱暴らんぼうをしたものだとか、などとって、ほとんひとにはくちかせぬ、そうしてその相間あいまには高笑たかわらいと、仰山ぎょうさん身振みぶり
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
マーキュ ためまなこぢゃ、るがえいわ。ひと如何どうおもはうと介意かまふものかえ。
俺はまだこの年になれどひとに藁一筋の合力ごうりきを願った覚えのないものだ、だから、びた一文でも他に遣るのは胸糞が悪くてとても出来ない、こういうことはやはり、太郎作、次郎兵衛のような
厄払い (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
貞之進は重ね/″\の不首尾をひとは知らぬが自分が咎めて、もうちっと早く此芸妓が来てくれゝばと、くみながらふと見るに、歳は十七八細面の色白、余は貞之進に見えて見えなかったが
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
しかればわれもひといきかぎり、天皇命の大御政に服従まつろい、天皇命の大御意おおみこころを己がこころとし、万事を皇朝廷すべらみかどまかせ奉り、さて寿尽きて身死みまからば、大物主の神慮に服従まつろい、その神の御意を己が意とし
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ひとを議せんとする時、尤も多く己れの非を悟る。頃者ちかごろ、激する所ありて、生来甚だ好まざる駁撃の文を草す。草し終りて静に内省するに、人を難ずるの筆は同じく己れを難ぜんとするに似たり。
山庵雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かかる状態に入りし人のみひとに対し、夫に対し、妻に対し、子に対し、友に対して正しき関係を保ち得るのである。まず神に頼みてしかる後に人に頼む、その時に人は信頼するに足る者となる。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)