一所ひとところ)” の例文
それをわしは利用した。で昨夜根岸へ行った。すると白粉が引いてあった。そこで俺はその一所ひとところへ、丹砂剤をうんと振り撒いたものさ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
に言伝える。天狗てんぐ狗賓ぐひんむ、巨樹、大木は、その幹のまた、枝の交叉こうさ一所ひとところせんを伸べ、床を磨いたごとく、清く滑かである。
もっとも目録とは云いながら、実物はすべて城中のあちこちに変な風にチラバッておったものを一所ひとところへ集めたものではあるですが。
それはやはり火のようにえておりました。けれども気のせいか、一所ひとところ小さな小さなはりでついたくらいの白いくもりが見えるのです。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
今朝、草庵を出る時は、落葉で埋まっているほどだった門口が、きれいに掃かれていて、しかもその落葉まで一所ひとところに集めて焼いてある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしもわたくしの同棲者も元来がる信念の上に立つと従順じゅうじゅんな人間になり生活意識や情操じょうそう一所ひとところ集注しゅうちゅうするたちと見えます。
石は外界の刺戟なしには永久に一所ひとところにあって、永い間の中にただ滅して行く。石の方から外界に対して働きかける場合は絶無だ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ふゆは、昼過ひるすぎになると、きゅうひかりがうすくなるのでした。のこったすすきの黄色きいろくなって、こんもりとなか一所ひとところしげっていました。
すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
こう書くと、何だか、長く一所ひとところに立っていて、さあ御覧下さいと云わないばかりに振舞ったように思われるがそうじゃない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただの一所ひとところも、——思想でも、言葉でも、動作でも。——ところが、先週の月曜日以来と云うもの、私たちの間には急に隔たりが出来たんです。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
一所ひとところの本屋の主人あるじである、こえ太つた体へこてこてと着込んだ婆さんが僕をつかまへて「新しいロスタンの脚本なんかよりユウゴオ物をお読みなさい」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
なかなかよく出来たとうれしくなる。しかし、一所ひとところ気に入らないところがある。初めから、すらすらと読んでゆくと、そこの所でひつかかる。ここがどうもまづい。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
一所ひとところに釘づけされたようになっていた照空灯が、右に左に活溌に首をふりうごかしはじめた。監視中の日本機はどこへ行ったか、急に姿を隠してしまったのである。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それもちゃんと一所ひとところに止ったまま、ホヤを心棒しんぼうのようにして、勢いよく廻り始めたのです。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なれどもその頃はまだ小さく取らず、胸に在ッても邪魔に成らぬ而已のみか、そのムズムズと蠢動うごめく時は世界中が一所ひとところに集る如く、又この世から極楽浄土へ往生する如く、又春の日に瓊葩綉葉けいはしゅうようの間
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お色のっていた欄干から、二間ほど離れた一所ひとところに、五、六人の乞食こじきたかっていた。往来の人の袖に縋り、憐愍あわれみを乞うやからであった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
肉の眼で恐ろしい夢でも見るように、産婦はかっとまぶたを開いて、あてどもなく一所ひとところにらみながら、苦しげというより、恐ろしげに顔をゆがめた。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
風の少ない晩であったが、動かないで長く一所ひとところに立ち尽すものに、寒さはつらく当った。女は心持ちあご襟巻えりまきの中にうずめて、俯目勝ふしめがちにじっとしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みじかいズボンをはいた、二人ふたり少年しょうねんは、いつまでもみち一所ひとところって、名残なごりおしそうにはなしをしていました。
僕が大きくなるまで (新字新仮名) / 小川未明(著)
綽空を初め、蓮生れんしょうや、念阿ねんあなどの弟子たちは、その暗い片隅に念仏の低い声がきこえたので、皆、その一所ひとところにかたまり合った。それが、師の法然ほうねんだったのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風のごとく駆下りた、ほとんど魚の死骸しがいひれのあたりから、ずるずると石段を這返はいかえして、揃って、姫を空に仰いだ、一所ひとところの鎌首は、如意にょいに似て、ずるずると尾が長い。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そればかりか、ふと気がつくと、あかりの暗くなるのに従って、切り燈台の向うの空気が一所ひとところだけ濃くなって、それが次第に、影のような人の形になって来る。阿闍梨は、思わず読経どきょうの声を断った。——
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
空色の面紗でも張り廻わしたように、蒼々と拡がっている夜光虫の光へ、一所ひとところクッキリと斑点しみを附け、桃色の灯火が燃えているのであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると先刻さっき見た梧桐ごとうの先がまたひとみに映った。延びようとする枝が、一所ひとところり詰められているので、またの根は、こぶうずまって、見悪みにくいほど窮屈に力がっている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それらは一所ひとところの森にかくれて、どこかで、気味のわるい夜鳥のき声がするなど、成程、世間の人が、切支丹きりしたん屋敷という名にあわせて鬼気陰々たる所と想像しているのも
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瞳は一所ひとところにじっと坐って、青みをんだ太い腕は力なげに動いていた。杉の木の闇で上下に飛んでいる羽虫のそれより無意味に、無気力に思われた。鼻が低くて丈が低い。顔はまるい。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鏡に近づけた目のまわりの白粉おしろいをぬぐい終わると、口びるを開いて美しくそろった歯並みをながめ、両方の手の指をつぼの口のように一所ひとところに集めてつめ掃除そうじが行き届いているか確かめた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一所ひとところ、板塀の曲角に、白い蝙蝠こうもりひろがったように、比羅びらが一枚ってあった。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私と甥とが足音をぬすみ偸み、静にその小屋の前を通りぬけました時も、蓆壁むしろかべうしろにはただ、高鼾たかいびきの声が聞えるばかり、どこもかしこもひっそりと静まり返って、たった一所ひとところ焚き残してある芥火あくたびさえ
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
火桶ばかりでは暖かさが足りぬと、部屋の一所ひとところに切ってある炉で、さっきから炭火を焚いていたが、兵衛はさらに炭を加えた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女ばかりはおびえがちな寮に、魁偉かいい優婆塞うばそくと美男の浪人が、果し合いの白刃を抜き交わしたので、老女や多くの侍女こしもとは唯あれあれと、一所ひとところに群れ寄って、廊下は時ならぬ花壇かだんとなる。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今迄下を向いて、眤と一所ひとところ見詰みつめていた捕れた男は真青に血の気の失せた顔を上げて、ドシンと大地に下した鉞の方を見遣みやった。が直様すぐさままた下を向いて自分の膝のあたりを見詰めていた。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その裾を長くいた蔭に、円い姿見の如く、八田潟の波、一所ひとところの水が澄む。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この心の底一面に煮染にじんだものを、ある不可思議の力で、一所ひとところに集めて判然はっきりと熟視したら、その形は、——やっぱりこの時、この場に、自分の手のうちにある鳥と同じ色の同じ物であったろうと思う。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愛子は一所ひとところをまたたきもしないで見つめながら
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これより少しく前のことであるが、栗栖野くるすの小野の一所ひとところに、木深い野の宮が立っていて、社殿の前の荒れた庭で、一人の老婆が焚火たきびをしていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すそながいたかげに、まる姿見すがたみごとく、八田潟はつたがたなみ一所ひとところみづむ。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「見つけたら、鉄砲をぶっ放すのだ、それを聞いたら、一所ひとところへ駈けて来い」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一所ひとところ闇が千切られた。そこへ楔形くさびがたの穴が穿いた。焔が楔形に燃え上がったのであった。五人の者は火を囲んだ。風に消されまいと取り囲んだ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、戸棚の物、抽斗ひきだしの中の物、納屋なやの物など、一所ひとところへ寄せ集めて
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
對岸たいがん(——はしわたつてくるまはら宿しゆくうら眞正面ましやうめんさかのぼる——)に五層ごそう七層しちそうつらねたなかに、一所ひとところむねむねとのたか切目きれめに、もみけやきか、おほいなる古木こぼく青葉あをばいて、こずゑから兩方りやうはうむねにかゝり
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山気にいくらかぼかされながらも月はいよいよえ返り、月の真下の木曽川の水は一所ひとところ蛇の鱗のように煌々きらきらと銀色に輝いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一所ひとところとして空に映るまで花の多い処はない。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人は例の鏡太郎であり、もう一人は見知らない女であって、髷の一所ひとところが夕日を受けて、白く光っているのが見えた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おおよそ一里も歩いた頃に、小山の上に造られてある、城めいた建物を中心に、二百軒あまりの人家が立っている、そういう町のような一所ひとところへ来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一所ひとところに静止したかと思うと——ヒューッと鋭い音を立てて端然と坐っているオースチン老師の法衣ころもの袖へ飛び込んだ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あっ」と専斎は呼吸いきを呑んだが老人は見返りもしなかった。白い掛け布を一所ひとところスーと小刀で切ったものである。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空には富士山がそびえている。その山骨の一所ひとところに騎馬武者が無数にうごめいている。そうしてそこから矢が飛んで来る。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
声と一緒にガチンという錠を外す音が聞こえて来たがすぐその後からギーという戸のきしる音が幽かにして、雪で蔽われた雑木林にボーと一所ひとところ火影がした。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その時、きょとついたダンチョンの眼がある一所ひとところに据わったので、ラシイヌは「オヤ」と呟きながら、その方角へ眼をやった。はたしてそこには婦人がいた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)