こうべ)” の例文
しかし考えて御覧なさいまし。お思い当りあそばす事がありは致しませんか。(画家こうべを垂る。令嬢はしずかに画家のかたわらより離れ去る。)
幕府の暴逆は、いまに限らないが、いまはその魔刃まじんを、宮のこうべに加え、現帝をもとらえて、人界の外へ、遠流おんるせんとの行動に着手しだした。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貴僧あなたはほんとうにお優しい。)といって、われぬ色を目にたたえて、じっと見た。わしこうべれた、むこうでも差俯向さしうつむく。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と鸚鵡のかたへこうべさしいだしていふに、姉君憎むてふ鳥は、まがりたるはしを開きて、「さならずや、さならずや」と繰返しぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「馬鹿なっ。大義も通らぬ奸徒達にむざむざこのこうべ渡してなるものかっ。やらねばならぬ者がまだ沢山あろうぞ。早う行けっ」
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
鳴く虫は音をしのび、荒い獣もこうべれて、茂太郎の傍へと慕い寄る……真紅島田しんくしまだの十八娘、茂太郎のために願かけて、可愛の可愛のこの美竹
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
悲しい涙か口惜しい涙か分らなかったが、兎に角気に入らないと直ぐに立ってしまう人がいつまでもこうべを垂れて坐っていた。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼れが我身に覚えも無き事を易々やす/\と白状して殆ど裁判を誤らしめんとするに至りし其不心得を痛く叱るに彼れ屡々しば/\こうべを垂れ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ゆえに戦い敗れて彼の同僚が絶望に圧せられてその故国に帰りきたりしときに、ダルガス一人はそのおも微笑えみたたえそのこうべに希望の春をいただきました。
藤原惟成身を屈して藤原有国の家人になった時、人これを怪しんでその故を問うたところが、惟成は、「一人のまたに入りて万人のこうべを超えんと欲す」
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
余りになまめかしい辺りの情景に、若い門人たちはおのずから誘い出される淫蕩いんとうな空想にもつかれ果てたのか、今は唯遣瀬やるせなげに腕を組んでこうべを垂れてしまった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「タマル、灰をこうべかむり、着たる振袖ふりそでを裂き、手をこうべにのせて、よばわりつつさりゆけり」可愛そうな妹タマル。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
時に彼三十一歳、その臨終の遺偈いげは、まことにりっぱなものであります。「四大もと主なし。五おん本来空。こうべもって白刃に臨めば、なおし春風をるが如し」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
佐藤は如何いかにも寂しそうにこうべを垂れて歩くのであった。草叢では虫が鳴いている。水田では鯉が跳ねている。
流石さすがの伊達政宗をしてこうべして兎も角も豊臣秀吉の陣に参候するに至るだけの料簡りょうけんを定めしめた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は聖像の前に立ち、声に出して祈祷きとうを始めた。一同はうやうやしくこうべをたれた。地主のマクシーモフは格別ありがたそうに合掌しながら、ひときわ前へ乗り出した。
れば我党の士が旧幕府の時代、すなわち彼の鉄砲洲てっぽうずの塾より新銭座しんせんざの塾に又今の三田に移りし後に至るまでも、勉強辛苦は誠に辛苦なりしかども、こうべめぐらして世上をうかが
恐れ入ったような形で畳にひたいを当てたまゝかしこまっている河内介は、そのあたりに立ちまようほのかな品のよいき物の香に鼻をたれて、ひとしお威壓されたようにこうべを垂れた。
はたしてこころ平静へいせいたもてるであろうか、はたしてむかしの、あのみぐるしい愚痴ぐちやら未練みれんやらがこうべもたげぬであろうか……かんがえてても自分じぶんながらあぶなッかしくかんじられてならないのでした。
彼は「磧裡せきり征人せいじん三十万、一時こうべめぐらして月中に看る」の詩をののしりて曰く、「これ丈夫じょうふの本色ならんや」と。しかれども彼は故郷を懐えり、故郷の父母は、恒に彼の心に伴えり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
或いは熱海あたみ線の小田原駅に下車した人々が、こうべめぐらせて眼を西北方の空にげるならば人々は、あたかも箱根連山と足柄連山の境界線にあたる明神ヶ岳の山裾と道了の森の背後に位して
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
仰ぎ願わくは、山王七社、王子眷属けんぞく、東西満山護法聖衆しょうじゅ、日光月光、無二の丹誠を照らし、唯一の玄応げんおうを垂れ給え。さすれば逆賊謀臣はたちどころに軍門に下り、こうべを京土にさらさん。
やわらかに言わるゝ程気味が悪うございますから、源兵衞はおそる/\こうべを上げ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
久慈から聞いたついに汎米連邦に動員令が出たとの飛報は、私を強く興奮させてしまった。なかなかベッドに入るどころではない。こうべめぐらせば、今オリオン星座が、水平線下に没しつつある。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こうべしてこちらの様子を窺っているらしいので、下役人は更に二の矢を射かけると、今度はその胸に命中したので、さすがの怪物も驚いたらしく、遂にうしろを見せておめおめと立ち去った。
期限が来て農夫から葡萄園の地代を受け取るためにしもべをその許につかわしたのに、彼らはこれをとらえて打ち叩き、空手むなでにて帰らしめた。またほかの僕を遣わしたのに、そのこうべに傷つけ、かつはずかしめた。
貞之進のこうべは前に垂れて果は俯伏しになってしまった。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
静かに、こうべめぐらして、ジッと姉の視線を迎えた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜目にもガックリと男のこうべがうなだれていた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
こうべすることは宜しゅうございますまい。
彼はそう思って、孔子の前にこうべをたれた。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
りようこうべし尾をれて、のがる。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
光子は涙浮びたる眼を開きて、わずかに老婦人を瞥見べっけんせるのみ、打戦うちおののきて手足をすくめ、前髪こぼれて地に敷くまで、こうべを垂れて俯向うつむきぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人々のこうべは、一斉にそのほうへ振向いた。見ればその人は、貌相ぼうそう魁偉かいい胸ひろく双肩そうけん威風をたたえ、武芸抜群の勇将とは見られた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『ファイルヘン、ゲフェルリヒ』(すみれめせ)と、うなだれたるこうべもたげもあへでいひし声の清さ、今に忘れず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そもそもかく身分ある者までが、自ら好んで賤民の列に落ちるというのはどういう訳かと申しますと、当時の語に、「一人のまたに入りて万人のこうべえる」
「うろたえ者めが。退りおろうぞっ。私怨の刃に討たれるこうべ持っていぬわっ。退れっ。退れっ。退りおれっ」
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
どうぞお取次ぎ下されまし、とこうべを低くして頼み入るに、為右衛門じろりと十兵衛が垢臭あかくさ頭上あたまより白の鼻緒の鼠色になった草履はき居る足先までめ下し、ならぬ、ならぬ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夫も到頭追払おっぱらいやッとの事で引上る運びに達しましたが、其引上る道々も検査官は藻西太郎を慰めようとしますけれど彼れこうべを垂れて深く考え込む様子で一言も返事しません
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
けれども、それから更に、こん、こん、と二つ弱い咳をしたが、それは、あきらかに嘘の咳であった。身だしなみのよい男は、その咳をしすましてから、なよなよとこうべをあげた。
あさましきもの (新字新仮名) / 太宰治(著)
人物が大きくって徳がある、英雄こうべをめぐらせばすなわち神仙しんせんである、西郷は乱世には英雄になれる、頭の振りよう一つでは聖人にも仙人にもなれるところが豪傑中の豪傑だ、おそらく
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これ家来の無調法を主人がわぶるならば、大地だいじへ両手を突き、重々じゅう/″\恐れ入ったとこうべつちに叩き着けてわびをするこそしかるべきに、なんだ片手に刀の鯉口こいぐちを切っていながら詫をするなどとは侍の法にあるまい
鐘の音、といえば、かのミレーの描いた名画に「アンゼラスの鐘」というのがあります。年若き夫婦が相向かって立っている図です。互いにきたないエプロンをかけてこうべをうなだれて立っている図です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
と、自分のこうべをさし伸べて、手で斬る真似をしてみせた。
と僕達は朧夜の街頭に立ち止まって、こうべあつめていた。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
黒き旗を立つ、垂頭うなだれしわがこうべの上に。
こうべし尾をれて、のがる。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
敵将のこうべを挙げたるごとく、ずい、と掲げて、風車かざぐるまでも廻す気か、肌につけた小児しょうにの上で、くるりくるりとかざして見せたが
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もしこの上、あのこうべを私に賜わり、あつく葬ることをお許し下さるなら、身の一命はおろか、三族を罪せられようとも、お恨みはつかまつりません
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その履歴知るものなけれど、おしえありて気象よの常ならず、けがれたるおこないなければ、美術諸生の仲間には、喜びて友とするもの多し。こうべなることは見たまふ如し。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)