にぎや)” の例文
「でもあの辺はうございますのね、周囲まわりがおにぎやかで」おゆうはじろじろお島の髷の形などを見ながら自分のあたまへも手をやっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
周囲あたりは下町らしいにぎやかな朝の声で満たされた。納豆なっとう売の呼声も、豆腐屋の喇叭らっぱも、お母さんの耳にはめずらしいもののようであった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
フランスの東部の山の中の小さな町に、いちがたつて、近在から農夫たちがたくさん集り、にぎやかな一日が暮れた、その晩のことです。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
しかし、蹄の音がまだ消えるか、消えないうちに、たちまち屈託のない、野放図のほうずな百姓たちの笑い声が、にぎやかに雲のようにきあがる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
異人館の丘の崖端がけはしから川を見下ろすと、昼間見る川はにぎやかだつた。河原の砂利じゃりに低く葭簾よしずの屋根を並べて、遊び茶屋が出来てゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
何となくにぎやかな様子が、七輪に、晩のおかずでもふつふつ煮えていようという、豆腐屋さ——ん、と町方ならば呼ぶ声のしそうな様子で。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同じこの宿の住民と見えて囲炉裡いろりを囲んで五、六人がにぎやかに話をしていたが、武兵衛の姿を一目見るや互いに眼と眼を見合わせた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
格別家の中がにぎやかになる訳もないのだけれども、こうして見るとさびしい彼女の人柄の中にも、矢張明るさが潜んでいるのであろう。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
馬鹿になってしまったのではないかと疑われるくらい——正月でもあるせいもあろうが——夜毎よごとにぎやかな笑い声にちているのだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう、六キロメートルも行けばいいが、それに大してにぎやかではないけれど、近頃とみ戸口ここうが殖えてきた比野町ひのまちという土地がある。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
あの日は夕方から東京地方は大暴風雨おおあらしでした——東京附近で避暑地としてにぎやかなK町の或る別荘で恐ろしい惨劇が行われました。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
たとえて見れば、お正月になったらにぎやかだろう、——賑かだろうという漠然とした思いのなかに、子供の空想と希望と理想が充満している。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
老人は憮然ぶぜんとして、眼をあげた。あたりではやはりにぎやかな談笑の声につれて、大ぜいの裸の人間が、目まぐるしく湯気の中に動いている。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
北京の魅力は市日いちびにも現れて、一定の日ににぎやかな市が立ちますが、なかで有名な竜福寺の市の如きは、雑器の大展観たる趣きを呈します。
北支の民芸(放送講演) (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そういいながらイタリアで散歩をしていて、にぎやかな生活に身の周囲まわりを取り巻かれているのだ。僕はそういうのを気取っているというのだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
同じ晩の八時過ぎに、山手線の停車場と丘向ふの公園とのどちらにも近い加納の家では、親兄弟そろつてにぎやかな食事をすませたところだつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
行路変化多し回顧すれば六十何年、人生既往を想えばこうとして夢のごとしとは毎度聞く所であるが、私の夢は至極しごく変化の多いにぎやかな夢でした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
寺町通はいったいににぎやかな通りで——と言って感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが——飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。
檸檬 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その貰い物でにぎやかな夕食の時に、兄が、「何病でした」と問いますと、父は笑って、「なに、長襦袢ながじゅばんを一枚むだにしたのさ」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
もし人声がにぎやかであるか、座敷から見透みすかさるる恐れがあると思えば池を東へ廻って雪隠せついんの横から知らぬえんの下へ出る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
急な金策の為めに寒い冷たいにぎやかな街の白い道を、あてもなく急いで、彼女に対するあはれみと不安とにいらだちながら
かなしみの日より (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
シューラはシャツ一まいで立ったまま、おいおいいていた。と、ドアのそと騒々そうぞうしい人声ひとごえや、にぎやかなさけごえなどが聞えた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
第三図は童児二人紙鳶たこを上げつつ走り行く狭き橋の上より、船のほばしら茅葺かやぶき屋根の間に見ゆる佃島の眺望にして、彼方かなたよこたはる永代橋えいたいばしには人通ひとどおりにぎやかに
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
忠相が口をひらく先に、忠弥は逃げるように飛んで帰ったが、そのにぎやかさにはっとして隣室につめている大作が急にごそごそしだすけはいがした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私にもあまりい気持がしなかったが、何分なにぶん安値やすくもあるし、にぎやかでもあったので、ついつい其処そこに居たのであった。
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
目についたと云っても、決してそのうちが立派であったり、にぎやかであったり、そのほかの目立つ特徴があった為ではない。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
此方こちらのお若はそんな事は少しも知りませんで、セッセと掃除をおわり、ごみを塵取りに盛りながら、通りのにぎやかなのに気がいてフイト顧盻みかえりますと
やがてまちにつきました。仔馬こうまにぎやかなのにはじめはびつくりしてゐましたが、なにをみてもめづらしいものばかりなので、うれしくつてたまりませんでした。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
にぎやかな祭礼の夜の場面。小早川家中の血気の侍が八人、鳥居の下の掛茶屋に腰をかけて話している。一人が急に、あれへ岩見重太郎が見えたという。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幾多いくらも違ひは致しませんのに、にぎやかな方をいらつしやいましよ。私その代り四谷見附みつけの所までお送り申しますから」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
七千の僧侶が居っていつでもにぎやかで、荷物などの取片付とりかたづけをすれば人が見てどうしたとかこうしたというようなやかましい話も沢山出るのですけれども
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
にぎやかな国は望まないけれど、これから産れる子供に、こんな悲しい、頼りない思いをせめてもさせたくないものだ。
赤い蝋燭と人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのくせ、表の往来はふだんの通りににぎやかいんですが、誰もこゝの店へ這入つて来るものが無い、みんな素通りです。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「オヽ、飛んだことを、何の長二や、寂しいことがあるものか、多勢寄つて来るので、夜も寝るのがをしい程にぎやかだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
悶えて悶えて悶えてゐる心を、うはべのにぎやかさにまぎらはしてゐるさびしさを、人々はただ嘲笑てうせうの眼をもつて見ました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
其夜そのよ征西将軍せい/\しやうぐんの宮の大祭で、町はにぎやかであつた。街頭をぞろぞろと人がとほつた。花火が勇ましい音を立てゝあがると、人々がな足を留めて振返ふりかへつた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
さうしてから股引もゝひきいでざぶ/\とあらものつた。彼等かれらかへつていへうちきふにがや/\とにぎやかにつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そこには天子様のお城があって、町はいつもお祭りのようににぎやかで、町の人達は綺麗きれいな服をきたり、うまいものを食べて、みんな結構なくらしをしているのだ。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
る年の、四月半ばの或る晴れた日、地主宇沢家の邸裏やしきうらの畑地へ二十人ばかりの人足が入りこんで、お喋舌しやべりをしたり鼻唄はなうたを唄つたりしてにぎやかに立働いてゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
しかしながらひとはにぎやかなちまたを避けて薄暗い自分の部屋に帰ったとき真に孤独になるのではなく、却って「ひとは星を眺めるとき最も孤独である」のである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
にぎやかで愉快でしたが、セエラと印度紳士と二人きりで、本を読んだり話し合ったりする時間は、何か二人きりのものだというようで、特別うれしいのでした。
それは、むかし鎌倉かまくら奥山おくやまでよくききれた時鳥ほととぎすこえ幾分いくぶんたところもありますが、しかしそれよりはもッとえて、にぎやかで、そして複雑こみいった音色ねいろでございます。
食後の雑談は、更ににぎやかに弾んだ。私は既に完全に、彼等の仲間になり切つてゐた。私は他人に劣らず饒舌おしやべりになつた。而して皆に劣らず警句の吐き競べを始めた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
長屋でありながら電話を引いている家もあるというばかりでなく、夜更よふけの方がにぎやかだという点でも変っていて、そして何となく路地全体がなまめいていました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
波止場のそばのテイジョの河口は、青く塗った大帆前船パルコ・デ・ヴェイラの灯でにぎやかだった。この船は、「大西洋の真珠ペルラ・ド・アトランチコ
なお新聞の紙面が、それあるがためにより美しく見え、小説がにぎやかに見え、小説のある事件が画家の説明によって読者の心を縛らないようにしたいと思っている。
芝居のあとはピサロオ君の発議でモンマルトルに引返し、あるにぎやかな酒場キヤバレエで朝の三時ぢかくまで話して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それはまだ私の学校時代の事だから、彼処あすこらも現今いまの様ににぎやかではなかった、ことにこの川縁かわぶちの通りというのは、一方は癩病らいびょう病院の黒い板塀がズーッと長く続いていて
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
左近倉平をめぐにぎやかな噂話ゴシップのうち、一番興味が深くて、そして一番盛大だったのは、後から後から起って来る、スキャンダルであったと言っても誇張ではありません。
笹の根のはじける音や葉の焼ける音や、何ものか動いているものの立てるにぎやかな気配も伝わって来た。ほのおの勢いに巻きあげられた笹の葉の燃え殻が天から降って来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)