たすき)” の例文
が、あかたすきで、色白な娘が運んだ、煎茶せんちゃ煙草盆たばこぼんを袖に控えて、さまでたしなむともない、その、伊達だてに持った煙草入を手にした時、——
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は黙って手まねをし、すばやく刀の下緒さげおを取ってたすきをかけ、また鉢巻をした。手まねは、「おまえもこうしろ」という意味である。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たすきをかけてあねさまかぶりをして朝の火鉢の灰をふるっていた小間使いのおきみは、父親のことを言われたので少しあかくなっていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
投げ柴の火光などが火のたすきとなって入り乱れているあいだを、金鼓、矢うなり、突喊とっかんのさけび、たちまち、耳もろうせんばかりだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうかと思うと一人の女は、鬱金うこん手拭てぬぐいで鉢巻をし、赤いたすきを十字に綾取り、銀色の縄で熊を結え、それを曳きながら歩いて行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平次はたすきを外して、火のない長火鉢の前へ來ると、煙管の雁首がんくびを延ばして、遙か彼方のひき物細工の貧乏臭い煙草入を引寄せるのでした。
彼はそばにいる、この優雅な少女が、戦時中、十文字にたすきをかけて挺身隊ていしんたいにいたということを、きいただけでも何か痛々しい感じがした。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
賢造の言葉が終らない内に、洋一はもう茶のから、台所の板のへ飛び出していた。台所にはたすきがけの松が鰹節かつおぶしかんなを鳴らしている。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その頃月が瀬には、くるまいぬ先曳さきびきがついて、阪路さかみちにかゝるとたすき首環くびわをかけた狗が、汗みどろになつてせつせと俥の先を曳いたものだ。
姉は感心したようにことばをかけた。お島はたすきがけの素跣足すはだしで、手水鉢ちょうずばちの水を取かえながら、鉢前の小石を一つ一つ綺麗きれいに洗っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
權三の女房おかん、河岸かしの女郎あがりにて廿六七歳、これも手拭にて頭をつゝみ、たすきがけにて浴衣ゆかたつまをからげ、三人に茶を出してゐる。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
山百合やまゆりは花終らば根を掘りて乾ける砂のなかに入れ置けかし。あれはかくせよ。これはかうせよと終日ひねもすたすきはづすいとまだになかりけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「こんな風をしてまゐりまして。」と、おくみは気がついて、たすきをはづして持つてゐる手で前垂を取つて、お盆をそこへ出した。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
その娘は女中だったと見えて、稽古に隣へ来ていると云う外の娘達と同じような湯帷子ゆかたを着た上に紫のメリンスでくけたたすきを掛けていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
赤いたすきをかけた女工たちは、甲斐甲斐かいがいしく脱ぎてられた労働服を、ポカポカ湯気の立ちめているおけの中へ突っ込んでいる。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
二度目に眼がめた時、彼は驚ろいて飛び起きた。縁側えんがわへ出ると、宜道ぎどう鼠木綿ねずみもめんの着物にたすきを掛けて、甲斐甲斐かいがいしくそこいらを拭いていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
毎朝味噌しるをこしらえるとき、柳吉がたすきがけで鰹節かつおぶしをけずっているのを見て、亭主にそんなことをさせて良いもんかとほとんど口に出かかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
我輩はたすき綾取あやどって、向う鉢巻、相好そうごうがもう殺気を帯びている。『君は介添をつれて来ないか?』とベッケルが訊いた。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おつぎがあらざらしのあはせてゝ辨慶縞べんけいじま單衣ひとへるやうにつてからは一際ひときはひと注目ちうもくいた。れいあかたすきうしろ交叉かうさしてそでみじかこきあげる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼女は女中も居ぬ家の不自由を知って居るので、来る時に何時もたすきたもとに入れて来た。而して台所の事、拭掃除ふきそうじ、何くれとなく妻を手伝うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
長い着物のしりをくるりとまくり、または腕まくりもできないからたすきを掛けるので、是を甲斐々々かいがいしいなりをしているというのは間違いである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一朝事あるの時、拭き掃除のたすきを外し、決然として一家の運命を背負って立つ、自信あり力量ある婦人は、なんと頼母たのもしいものではあるまいか。
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ある日の暮れ方、房子が、たすきがけになってそれ等の草木に一生懸命になって水を与えているところへ、庸介がやって来た。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
時には肩に掛けたたすきの鈴を鳴らし、黄色い団扇うちわを額のところに差して、後ろ鉢巻はちまき姿で俵天王たわらてんのうを押して行く子供の群れが彼の行く手をさえぎった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しごきの縮緬ちりめん裂いてたすき凛々敷りゝしくあやどり、ぞろりとしたるもすそ面倒と、クルリ端折はしをつてお花の水仕事、兼吉の母は彼方あちら向いてへつつひの下せゝりつゝあり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
土方をはじめ一団がこれはと驚くときは遅く、北の方にめぐらされた寺の垣根を後ろにとって、下緒さげおは早くもたすきに結ばれ、太刀の構えは平青眼ひらせいがん
自分が姉を見上げた時に、姉の後にたすきを掛けたりのお松が、草箒くさぼうきとごみとりとを両手に持ったまま、立ってて姉の肩先から自分を見下みおろして居た。
守の家 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
まるでぷんぷん匂いでも放ちそうな晴れ着に色気のあるたすきをかけ、浮き浮きと弾んで美しく見える内地女の顔を近藤は羨しそうにんやりと眺め
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
持っているうちは、だめです。日本の人は、みな、たすきがけです。ムキです。まじめです。支那は、日本のこの態度を学ばなければいけないのです。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と云ううちに振袖に赤い扱帯しごきたすきがけにして、お茶を給仕していた少年は、汗ばむ程上気しながら椅子に腰をかけると
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頬冠ほおかむりの男の中に交って赤いたすきの女も一緒に礫を打っている。振り上げる鍬の刃先がキラリキラリと光る向うには、秩父の山々が美しく聳えている。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
雪のやうな肌をした女が、新らしい手拭をかぶり眞赤なたすきをかけて、白い足を膝のあたりまで水の中にひたしつつ、皮を引つ張つてゐるのも見えてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
たすきをかけて、汚れている縁側を、私は叮嚀ていねいに拭き始めた。祖母はそれを見るとすぐこうを呼んで私の拭いている先を拭かせた。私は茶碗を洗い始めた。
向こうには縁台に赤い毛布けっとを敷いたのがいくつとなく並んで、赤いたすきであやどった若い女のメリンスの帯が見える。中年増ちゅうどしまの姿もくっきりと見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
たすきがけせわしく働いていた下女は二人とも、春日の姿を見ると叮嚀にお辞儀をした、その一人の方へ近づくと優しく
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
その場の母の姿に醜悪なものを感じてか父は眉をひそめ、土瓶どびんの下をきつけてゐた赤いたすきがけの下女と母の色の黒いことを軽蔑けいべつの口調でさゝやき合つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
扨て参考書だが、帯は愚か、たすきにもならない本ばかりで、あれでもなしこれでもなしと、やっと捜がし出したのがオーベルラントで四冊ものの登山案内
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
佐野竹之介は股引脚絆に、黒木綿のぶっさき羽織をつけ、白い紐をだらりと下げてその下にたすきを掛け、二尺九寸の大刀を差して、頭に菅笠を冠っている。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
討手の人々は、たすきへ一寸手をかけてみたり、目釘へしめりを、もう一度くれたりして、両手で、刀を構えかけた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しばられた袂の中からようようの思いでたすきをさぐりだすと、それをつむりにくぐらせようとしたが、はなやかなその色が、夕暗の中で痛いように眼に映った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
構えたお藤、ちらちらと周囲を見ると、雨に伏さった御用の小者が、たすき十字も厳重にぐるりと巻いてしめてくる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たすきをかけ、広げた扇を地上に置き、右の手を眼の前にひらけて紙屑か何かの小さくしたのをちらかして居る。「春は三月落花の風情」とでもいふ処であらう。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼女は先刻アッパッパのようなワンピースを泥だらけにして濡れねずみで帰って来たのであるが、今度は浴衣ゆかたたすきを掛け、臀端折しりはしょりをして紅い腰巻を出していた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
月琴げっきんの師匠の家へ石が投げられた、明笛みんてきを吹く青年等は非国民としてなぐられた。改良剣舞の娘たちは、赤きたすき鉢巻はちまきをして、「品川乗出す吾妻艦あずまかん」とうたった。
湯に行くよりほかたすきを取ったことのない小女こおんなが駈けて来て、はがきが参りましたと云うのをどこからかと取上げて見れば、来る何日午後三時より鳴鳳楼めいほうろうにおいて
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
たすき鉢巻はちまき股立ももだち取って、満身に力瘤ちからこぶを入れつつ起上たちあがって、右からも左からも打込むすきがない身構えをしてから、えいやッと気合きあいを掛けて打込む命掛けの勝負であった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
たすきをかけて、板の間を拭いている兄の弟には、髪を乱して鼻の欠け落ちた母の子には、もはやそんなことを考えることもできぬ、過ぎ去った昔の残骸に過ぎません。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
たすきを十文字に勇ましく両腕をむきだして、生徒に型を示したり、駈けまはつて直してやつたりしてゐると、妙なことに、こちらが移動するとその紳士も位置を変へる。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
よく気をつけてくれまするから、台所で職人がどん/\這入って御膳を食べ、香の物がないといって、たすきを掛けて日の暮々くれ/″\にお園が物置へ香の物を出しにゆきました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三言とは呼ばれもせず帯より先にたすきがけの甲斐々々かひがひしく、井戸端にいづれば月かげ流しに残りて、はだへを刺すやうな風の寒さに夢を忘れぬ、風呂は据風呂すゑふろにて大きからねど
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)