花簪はなかんざし)” の例文
本のしおりに美しいといって、花簪はなかんざしの房を仕送れば、ちいさな洋服が似合うから一所に写真を取ろうといって、姉に叱られる可愛かわゆいのがあり。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お作は何やら糸織りの小袖に着換えて、派手な花簪はなかんざしし、長火鉢の前に、灯影ひかげそむいて、うつむいたままぽつねんと坐っていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
若手の仇っぽいのが花簪はなかんざしに肩衣姿、客席を横目でにっこり、これを当て込みに義太夫そっちのけで押し掛ける連中が毎夜の大入り。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
が、花簪はなかんざしが傾いたり、だらりの帯が動いたり、舞扇まひあふぎが光つたりして、はなはだ綺麗きれいだつたから、かもロオスをつつつきながら、面白がて眺めてゐた。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
青山御所の土手に蒲公英たんぽぽが咲き、濠端の桜が八分通りの見ごろであった。電車に、揃いの花簪はなかんざしと手拭をつけた田舎の見物人が乗り合せた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私の家は食うにも困っているということが子供の私にさえわかっているのに、母は私にビラビラの下った赤い梅の花簪はなかんざしを買って来てくれた。
その部屋のてすりにもたれて、ひらひらと髪の花簪はなかんざしを風に鳴らし乍ら、ぼんやりと川をみていた小柄こがらな女が、おどろいたようにふりかえった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
表に待っていた三四郎が、気がついて見ると、店先のガラス張りのたなくしだの花簪はなかんざしだのが並べてある。三四郎は妙に思った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気の利いた口のきゝぶり、前半生に面白い話を持て居そうな女だ。負ってあるく荷は十貫目からあると云う。細君が鬢櫛びんぐしと鶴子の花簪はなかんざしを買うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
喚く声に、振向いて見ると亭主が、右手に刺身庖丁ぼうちょうを持って突っ立っていた。——正吉はにやりと笑いながら、土間に落ちていた花簪はなかんざしをひょいと拾って
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
友禅縮緬ちりめん真赤まつかな襦袢一枚にこてこてとした厚化粧と花簪はなかんざしに奇怪至極の装飾をこらし、洋人、馬来マレイ人、印度インド人に対して辣腕らつわんふるふものとは思はれなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
花簪はなかんざしを買って下されたり、抱いて寝させて下さいました、産みのお母様でございます! ……でも、おおおお、そのお母様が、あの建物で、あのお部屋で……
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今二つの目のぬしは七つか八つ位の娘である。無理に上げたようなお煙草たばこぼん盆に、小さい花簪はなかんざしを挿している。
牛鍋 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこへ娼妓しょうぎたちでしょう、頭にかぶさる位の大きな島田髷しまだまげに、花簪はなかんざしの長い房もゆらゆらと、広い紅繻子べにじゅす緋鹿ひがえりをかけた派手な仕掛しかけ姿で、手拍子を打って
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
天主教会内の帽子花簪はなかんざし事件以来、警察当局にては既報ミス黒焦事件に対する有力なる探査のヒントを得たるらしく、当時、最初に同教会内に入来りたる某女こと
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
びんツケ、中挿し、まげ形、入れ毛と、数知れぬほど種類があり、その上に少女向きの花簪はなかんざしから、ザンザラ、根がけ、ちんころ、の類まで備え、抽斗全部を開けて並べれば
ましてやこの大島田おほしまだをりふしは時好じこう花簪はなかんざしさしひらめかしておきやくらへて串談じようだんいふところかば子心こゞころにはかなしくもおもふべし、去年きよねんあひたるときいま駒形こまかた蝋蠋ろうそくやに奉公ほうこうしてまする
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
割信夫わりしのぶ針打はりうち花簪はなかんざしの舞子はん十何人、厚板、金入り繻珍しゅちんの帯をはずし、大振袖の友禅を脱いで、真赤な襦袢一枚になって、はしゃぎ廻っている光景は、立田の秋の錦と言おうか
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
卯平うへいはおつぎの挨拶あいさつ今更いまさらごとくしみ/″\とうれしくかんじた。卯平うへいはおしなんで三年目ねんめぼんとき不器用ぶきよう容子ようすかれがどうしておもひついたかおつぎへ花簪はなかんざしを一つつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
派手な着物を着て桜の花簪はなかんざしをさしていた。私のほおにすれずれの顔には白粉おしろいが濃かった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
岡山で私の趣味に照らして最も美しいと思う花簪はなかんざしを妹に土産みやげに買って帰ってやったら、あの質素な女学校ではこんな派手はでなものはされませぬと言っていたがそれでも嬉しそうな顔はした。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ふところに収めたる当世風の花簪はなかんざし、一世一代の見立みたてにて、安物ながらも江戸の土産みやげと、汗を拭きふき銀座の店にてひたるものを取出して、昔日むかし少娘こむすめのその時五六歳なりしものゝ名を呼べば
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
『これ。』と言つて、袂の中から丁寧に、美しい花簪はなかんざしを出して見せた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
懸茶屋かけぢゃやには絹被きぬかつぎの芋慈姑くわい串団子くしだんごつら栄螺さざえの壼焼などをもひさぐ。百眼売ひゃくまなこうりつけひげ蝶〻ちょうちょう花簪はなかんざし売風船売などあるいは屋台を据ゑあるいは立ちながらに売る。花見の客の雑沓狼藉ざっとうろうぜきは筆にも記しがたし。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ぬばたまの夜の黒髪にすヒラヒラする銀紙の花簪はなかんざし、赤いもの沢山の盛装した新調の立派な衣裳……眉鼻口まゆはなくちは人並だが、狐そっくりの釣上つりあがった細い眼付めつきは、花嫁の顔が真白いだけに一層いっそうすごく見える。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
と紅茶を持て来しくれないのリボンの少女に紫陽花あじさい花簪はなかんざしを与えつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
幹にちよと花簪はなかんざしのやうな花
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
お庄はしりから二番目の妹と、一つの車に乗せられた。汽車に乗る前に、父親に町で買ってもらった花簪はなかんざしなどを大事そうに頭髪あたまにさしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この口入宿の隣家となりは、小さな塩煎餅屋しおせんべいやで、合角あいかど花簪はなかんざしを内職にする表長屋との間に露地がある。そこを入ると突当つきあたりが黒板塀。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから壁には何百とも知れぬ講談の速記本がつまつてゐる。最後に古い葭戸よしどのかげには梅干を貼つた婆さんが一人、内職の花簪はなかんざしこしらへてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
表に待つてゐた三四郎が、気が付いて見ると、店先みせさき硝子張がらすばりたなに櫛だの花簪はなかんざしだのがならべてある。三四郎は妙に思つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一番左の一番可愛らしい舞妓まいこさんの背後から抱き付いてお出でになりましたが、その舞妓さんの花簪はなかんざしと、阿弥陀にかぶっておられた校長先生の山高帽を奪い取って
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
くらい耳の底へ、慕いさがしているその音が、リンリンリンと花簪はなかんざしの音になって湧きあがった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そのほか風船の花簪はなかんざし、風船あられ、ゴム風船や紙製のパラシュートなど、一時は風船ずくめ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
ましてやこの大島田に折ふしは時好じこう花簪はなかんざしさしひらめかしてお客をらへて串談じようだんいふ処を聞かば子心には悲しくも思ふべし、去年あひたる時今は駒形こまかた蝋燭ろうそくやに奉公してゐまする
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
明治三十九年美的百姓が露西亜ろしあから帰って、青山あおやま高樹町たかぎちょうきょを定むるともなく、ある日銀杏返いちょうがえしに白い薔薇ばら花簪はなかんざしを插したほおまぶたのぽうとあからんだ二十前後の娘が、突然唯一人でやって来て
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それまでにも菓子や花簪はなかんざしなどを持っては折おり訪ねて来たので、おせんはよく知ってもいたし母の亡くなったあとの淋しいときだったから、すぐ源六に馴ついて、夜なども抱かって寝るようになった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
風呂敷包を左手ゆんでに載せて、左の方へ附いたのは、大一番の円髷まるまげだけれども、花簪はなかんざしの下になって、脊が低い。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくすると、束髪に花簪はなかんざしを挿して、きちんとした姿なりをした十八、九の女が、ツカツカと出て来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
第三に吝嗇りんしょくそしりさえ招いだ彼の節倹のおかげだった。彼ははっきりと覚えている——大溝おおどぶに面した貸本屋を、人の好い貸本屋の婆さんを、婆さんの内職にする花簪はなかんざしを。
それを裏書するように、花簪はなかんざしの小女が、最後の料理を持って来て並べて了うと、ちらりと新兵衛に目交ぜを投げておいて、かくれるように向うはじの暗い部屋の中へ這入っていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
なお本日、森栖校長先生のお帽子と、何処かの舞妓さんの花簪はなかんざしを十字架にかけました者が、わたくしに相違御座いません事は、その理由と一緒に、警官の方に白状致して置きました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
役者に縁故のあるもんなどを着けた花簪はなかんざしだの、紙入だの、手拭てぬぐいだのの前に立って、もじもじしていた彼女は、どうしたらよかろうという訴えの眼をお延に向けた。お延はすぐ口をいてやった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると髪にした花簪はなかんざしのびらびらが、美しく揺れた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
娘がね、仕切に手をくと、向直って、抜いた花簪はなかんざしを載せている、涙に濡れた、ほっそり畳んだ手拭てぬぐいを置いた、友染の前垂れの膝を浮かして、ちょっと考えるようにしたっけ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十七八の島田まげの少女がこっち向きに丸卓子テーブルたれているところであったが、その肌の色や肉付きは云うまでもなく、髪毛かみのけの一すじ一すじから、花簪はなかんざしビラビラや、華やかな振袖の模様や
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
姉は頭へ手をやったと思うと、白い菊の花簪はなかんざしをいきなり畳の上へほうり出した。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここぞと、心もこげつくような、紅梅焼の前を通過とおりすぎて、左側、銀花堂といいましたか、花簪はなかんざしの前あたりで、何心なく振向くと、つい其処、ついうしろに、ああ、あの、その艶麗えんれいな。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宿酔ふつかよい海豹あざらし恍惚うっとりと薄目を開けると、友染を着たかもめのような舞子が二三羽ひらひらと舞込んで、眉をでる、鼻をつまむ、花簪はなかんざし頭髪かみのけく、と、ふわりと胸へ乗って、掻巻かいまき天鵞絨びろうどの襟へ
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
躊躇ちゅうちょするもの一秒時セコンド、手なる角燈を差し置きつ、と見れば一枝の花簪はなかんざしの、徽章きしょうのごとくわが胸にかれるが、ゆらぐばかりに動悸どうきはげしき、お香の胸とおのが胸とは、ひたと合いてぞ放れがたき。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)