ひざ)” の例文
ガラッ八の八五郎は薄寒そうに弥蔵やぞうを構えたまま、ひざ小僧で銭形平次の家の木戸を押し開けて、狭い庭先へノソリと立ったのでした。
あなたは母様のひざに抱っこされて居た。そとではこがらしおそろしくえ狂うので、地上のありとあらゆる草も木も悲しげに泣き叫んでいる。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
三人の盗賊は寝台のふちに腰をかけて、ピストルをひざにおいて、話のつゞきを待つてゐました。エミリアンは笑ひながら話しました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ながいこと悲しげに自分のひざをみつめていた、しかし「おれにも考えがある」という良人の言葉はぬきさしならぬ意味をもっている。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして背嚢から小さな敷布しきふをとり出してからだにまとい、さむさにぶるぶるしながら階段にこしかげ、手をひざに組み眼をつむりました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
男のズボンのひざが出ているが如く日本女の膝は飛び出している。幼時から折り畳んでばかりいたのでさようなくせがついたのだろう。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「まあ!」と立って床を延べようとしていた女は、急に小倉のひざの上につっした。そして泣き入るのだった。小倉はびっくりした。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
内儀は賊の姿を見るより、ペったりとひざを折り敷き、その場に打ちして、がたがたとふるいぬ。白糸の度胸はすでに十分定まりたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
拜借はいしやく仕つり度是迄推參すいさん候といふに強慾がうよく無道ぶだうの天忠和尚滿面まんめんゑみふくみ夫は重疊ちようでふの事なりさてわけは如何にと尋ぬるに大膳はひざすゝめ聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
僕が怒ろうと思ってふり向くと、その娘さんは玄関にひざを突いたなりあたかも自分の孤独をうったえるように、その黒い眸を僕に向けた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子はなんという事なく悒鬱ゆううつになって古藤の手紙を巻きおさめもせずひざの上に置いたまま目をすえて、じっと考えるともなく考えた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「こんなおばあちゃんじゃ、きらい」とN子はぼくの頸にぶら下がったまま、ぼくのひざに坐り、白粉おしろいと紅の顔をぼくの胸におしつけます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そこには兼吉も桑作もひざをかき合わせている。半蔵は婆さんから受けた盃を飲みほして、それを兼吉にさし、さらに桑作にもさした。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は泣いて、彼女のひざを抱きしめた。はじめの一瞬間、彼女はすっかりおびえ上がって、顔はさながら死人のようになってしまった。
きれいな侍女こしもとたちが三、四人、駕籠かごをはなれて腰をかがめた。伴天連——呂宋兵衛るそんべえと蚕婆は、もったいらしく、祈祷のひざをおこして
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕はひざかかへながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君はたたみの上に腹這はらばひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そこに白く咲いているのは何の花かという歌を口ずさんでいると、中将の源氏につけられた近衛このえ随身ずいしんが車の前にひざをかがめて言った。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
土井は車からおりて、嫂が内職にやつてゐる店の仕舞つてあるのを見ると、一時にひざががつくりしてしまつた。上る勇気が出なかつた。
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
すうつ・けいすの急湍きゅうたんが、かあき色ひざきりずぼんの大行列が、パス・ポートが、旅人用手形帳トラヴェラアス・チェッキが、もう一度、せいろんへ、せいろんへ
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
セエラは父のひざに乗り、上衣の折返しの所を小さな手で握って、永いことじっと父の顔を見つめていました。父はセエラの髪を撫でて
私はひざの破れたズボンをはいて、彫刀などを入れた道具箱をぶらげ、靴みがきみたいな姿をしてゐたので、さすがに気がひけた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
「分りませんか。これを御覧なさい」と、ニナール姫は仏像のひざのあたりから、台坐の下まで、なで下ろすやうな手附てつきをしました。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
お照は毛織の襟巻えりまきを長々とコートの肩先からひざまで下げ手には買物の紙包を抱えて土間に立っていた。兼太郎は手を取らぬばかり。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女はそこらをかたづけていたらしかったが、もう、おずおずしながらしかたなく自分も上にあがって、向うの方にひざを突きながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
と、直ぐ閾際しきいぎわひざいてライカを向けた。そしてつづけざまに、前から、後から、右から、左から、等々五六枚シャッターを切った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はたはたとスカートのひざをはらい、一足うしろにさがったとたん、きゃあっと悲鳴ひめいをあげてたおれた。落とし穴に落ちこんだのだ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
はじめて弁当をもってきた末弟は、いつもうれしそうにしている顔をよけいニコニコさせて、兄貴のまえにまるいひざそろえて坐った。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
女は急いで寝台ねだいの所へ行って、掛布団を卸して、それを男のひざの上に掛けてった。「どうしてあなたここへいらっしゃったの。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「よきはどうしたんだ」おつぎはきしあがつてどろだらけのあしくさうへひざついた。與吉よきち笑交わらひまじりにいて兩手りやうてしてかれようとする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夕方などどうしていいかわからないでひざに手を置いたまま暖炉のすみにじっとしていた、お前のためにぼんやりしてしまっていた。
「梅ちやん、松島さんのおさかづきですよ」と徳利差し出して、お熊のうながすを、梅子は手をひざに置きたるまゝ、目を上げて見んとだにせず
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ふととどろいたお政の声に、怖気おじけの附いた文三ゆえ、吃驚びっくりして首をげてみて、安心した※お勢が誤まッて茶をひざこぼしたので有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ひざずつ乗出のりだしたおせんは、ほほがすれすれになるまでに、菊之丞きくのじょうかおのぞんだが、やがてそのは、仏像ぶつぞうのようにすわってった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
お母様は二人を見送ると、茶ノ間の長火鉢の横にすわつて、雑誌をひざの上に開きながら、うれしさうにこんなことを思はれました。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
戸に向ってせて骨ばったひざそろえて正坐する時には、忘れてはならぬ屈辱の思いが今さらのようにひしひしと身うちに徹して感ぜられ
(新字新仮名) / 島木健作(著)
その時ふと目をあげると、自分の前に一人の雛妓が——初子とかいう名だった。——両手をひざの上へきちんと重ねて坐っていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
彼女は片手を兄のひざせ、片手でしっかりと舟縁ふなべりを掴んでいた。風に乱された彼女の髪が、兄の没表情な頬の上に散りかかってゆく。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
乳母うばの六条のひざにのって、いつも院の御所ごしょ出仕しゅっしする時と同じように、何もしらないで片言かたことを言ってわしに話しかけていました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
けれども赤彦君は、このごろ眠りと醒覚せいかくとのさかひで時々錯覚することがあつた。ゆうべあたりも、『おれのひざに今誰か乗つてゐなかつたか』
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
藤の花はもう終って、やわらかな午後の日ざしが、その葉をとおして私たちのひざの上に落ち、私たちの膝をみどりいろに染めた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
面は火のように、眼は耀かがやくように見えながら涙はぽろりとひざに落ちたり。男はひじのばしてそのくびにかけ、我を忘れたるごとくいだめつ
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
去年こしらえた中形ちゅうがた浴衣ゆかたを着てこっち向きに坐り、団扇うちわを持った手をひざの上に置いてその前に寝ている小供の顔を見るようにしていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余は答えんとすれど声でず、ひざのしきりにおののかれて立つに堪えねば、椅子いすつかまんとせしまでは覚えしが、そのままに地に倒れぬ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
此男やがてひざをすゝめ娘の母にむかこゑをひそめていふやう、今はなにをかつゝみ申さん、われ娘御むすめごと二世の約束やくそくをしたるもの也。
意志は、いななきつつ通りかかる夢想のしりに飛び乗って、それを両ひざでしめつける。精神は、おのれを引き込む節奏リズムの規則を認める。
するときひざの高さ三尺ばかりあり。偶〻たまたま足跡を見るに五六尺もありて、一歩に十余間を隔つと云へり(『日東本草図彙』)。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ひざ折れ、拝跪問撏はいきもんしんただ天帝を祈り、神仏に祈誓するのほかなく、一人としてこの大問題を解決するの勇士はなかったのである。
妖怪談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
小さい太郎は、おばあさんのひざから糸ぎれをとって、かぶと虫のうしろの足をしばりました。そして縁板えんいたの上を歩かせました。
小さい太郎の悲しみ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
なされてくださるはづもなしべつものにあそばすとりながらおうらみも申されぬ不束ふつゝかうらめしうぞんじますとホロリとこぼすひざつゆ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
出抜だしぬけに先生はこういって再度眼をとじてしまった、これだけのことをいうにもよほどタイギそうに次の語を発しない、予は思わずひざを進めて。
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)