禿はげ)” の例文
「こいつ相当にやるな!」と思ってこの男の人相を見直すと、頭のところの月代さかやきの中に、大小いくつもの禿はげが隠れつ見えつしている。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
御墨付と見せたのは、どこにでもある小菊二三枚、短刀は、脇差をり上げて禿はげちょろざやに納めた、似も付かぬ偽物だったのでした。
狸の面、と、狐の面は、差配の禿はげと、青月代あおさかやき仮髪かつらのまま、饂飩屋の半白頭ごましおあたまは、どっち付かず、いたちのような面を着て、これが鉦で。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
良吉はふと頭の頂點てつぺん禿はげを指して、「疳をなほすために漢法醫にハツボとかいふものをかけて貰つたゝめにこんなに禿げたのだ。」
母と子 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
定例の袋敲ふくろだゝきの制裁の席上、禿はげ綽名あだなのある生意気な新入生の横づらを佐伯が一つ喰はすと、かれはしく/\泣いて廊下に出たが、丁度
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
種物屋たねものやの娘は廂髪ひさしがみなどにってツンとすまして歩いて行く。薬種屋やくしゅや隠居いんきょは相変わらず禿はげ頭をふりたててせがれや小僧を叱っている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「万助の奴をしらべて、すっかり判りました。贋物を売った古道具屋は御成道の横町で、亭主は左の小鬢こびん禿はげがあるそうです」
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
主人が偕老同穴かいろうどうけつちぎった夫人の脳天の真中には真丸まんまるな大きな禿はげがある。しかもその禿が暖かい日光を反射して、今や時を得顔に輝いている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お熊は四十格向がッこうで、薄痘痕うすいもがあッて、小鬢こびん禿はげがあッて、右の眼がゆがんで、口がとんがらかッて、どう見ても新造面しんぞうづら——意地悪別製の新造面である。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
頭の禿はげと、顔のしわとを除くと、彼自身とそっくりの顔が、酒の為に赤くなって、ドロンとした目を見はっているのである。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
頭の天頂てっぺんの附近に二銭銅貨大の禿はげ——禿ではない、毛が生えそろわなくてみじかいのだ、それが揃いも揃って目につく。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、この甥もこちらへ帰って来て、一週間あまりすると、頭髪が抜け出し、二日位ですっかり禿はげになってしまった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
子でない、親でないと云ふ騒になつたね。すると禿はげの方から、妾だから不承知なのだらう、籍を入れて本妻に直すからくれろといふ談判になつた。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
また禿はげから来たのだろうと言う人があるか知らぬが、濁音の盛んな地方で二つの語が併行している上にハケは多くの場合に禿げておらぬのである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
また丈助を狙って上って参りまする処を、丈助が狙いうちきりつけ、たゝみかけて禿はげたる頭の脳膸のうずいを力に任せて割附ける。
おまけにツルツル禿はげの骸骨みたいにへこんだ眼の穴の間から舶来のブローニングに似た真赤な鼻がニューと突出ている。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、頭髪は殆んど白くなりましたが、私は禿はげにはならぬ性です。歯は生まれつきのもので虫歯はありません。この頃は耳が大分遠くなって不自由です。
とりわけ人に嫌らわれるのは、彼の頭の皮の表面にいつ出来たものかずいぶん幾個所いくこしょかさだらけの禿はげがあった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
という声が聞こえた時、両耳の辺ばかりにわずかの髪をのこしている、お父親とうさんの禿はげた頭が上がり、声の来た方へ向いたので、お蘭もそっちへ顔を向けた。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
上手かみての眺めにもうち禿はげた岩石層はすくなく、すべてが微光をひそめた巒色らんしょくの丘陵であった。深沈しんちんとしたその碧潭へきたん
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
間抜まぬけな若旦那も乗て居れば、頭の禿はげ老爺じじいも乗て居る、上方辺かみがたへん茶屋女ちゃやおんなも居れば、下ノ関の安女郎やすじょろうも居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
かねがね私の最も軽蔑けいべつしていた横丁の藪医者やぶいしゃの珍斎にそっくりで、しかも私の頭のあちこちに小さい禿はげがあるのを、その時はじめて発見つかまつり、うんざりして
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
入れ替り立ち替りそこへ挨拶に来る親戚に逢って見ると、直次の養母はまだ達者で、頭の禿はげもつやつやとしていて、腰もそんなに曲っているとは見えなかった。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あほらしい。あんたみたいなへんちきちんに惚れはしないよ。あてには頭の禿はげたえゝ人があるんだよ。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
ウイとかノンとか簡にして明なるおん言葉、平ったく申せば突っかかるような切口上で、禿はげあたまなんか見むきもしない有りさまは、人妻ながら勇ましかった。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
そこには、瓢箪へうたんのやうに出張つて禿はげたおでこを持つた男と、厚司あつしを着た赤髯の男とが將棋をさしてゐた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
... ただの江戸えどであるよりも生粹きつすゐとつけたはうよろこぶらしい)それから、その——(をつとといつていゝか、つばめ?——すこし、禿はげすぎてゐるが)あいする於莵吉おときちは十一も齡下としした
かみの毛はどうしたのと聞いてみたり、父親ちちおやメルキオルの露骨ろこつ常談じょうだんにおだてられて、禿はげをたたくぞとおどしたりして、いつもそのことでかれをからかってあきなかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
さすがの弾正久秀も、そのときばかりはうす禿はげのした頭まで真っ赤にして、うらめしげに信長を見
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老師の後頭部の薄い禿はげへ仏前の蝋燭ろうそくがちらちらとうつつた。宗右衛門はいつもならばひそかに得意の微笑をらすのである。老師は宗右衛門より三つ四つ年も若い。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
芝居茶屋の若い衆——といっても、もう頭の禿はげている伝さんが、今戸いまどのおせんべいを持ってくる。
あんたの方の親爺、あの禿はげの頑固! あいつだけが皆からビラをふんだくって歩いてるのよ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
禿はげさんとかげで呼んでいる黒井コオチャアへのあてこすりから、(光りだ、禿だ)と歌うのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
かれらは蔭では吾助を「禿はげ」と呼び、女房おたきを「ごうつく」と呼び、娘おわきをば「臼」とも「色けち」とも呼んでいた。仇名としては没趣味な知恵のないものである。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おまけに、金仏かなぶつ光りに禿はげ上っていて、細長い虫のような皺が、二つ三つ這っているのだが、後頭部うしろのわずかな部分だけには、嫋々なよなよとした、生毛うぶげみたいなものが残されている。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
色のめた唐桟たうざんの風呂敷包をくびへかけの、洗ひざらした木綿縞もめんじまに剥げつちよろけの小倉こくらの帯、右の小鬢こびん禿はげがあつて、あごの悪くしやくれたのせえ、よしんば風にや吹かれ無えでも
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは五十を越した、中背の、がっしりした体格の男で、白髪頭しらがあたまに大きな禿はげがあった。
あの禿はげあがったような貧相らしいえりから、いつも耳までかかっている尨犬むくいぬのような髪毛かみのけや赤い目、のろくさい口の利方ききかたや、卑しげな奴隷根性などが、一緒に育って来た男であるだけに
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
スチームへ尻をあてがって新聞を読んでいた預金部長の禿はげは、眼鏡越しにギロリと彼女を覗き、直ぐに不躾ぶしつけを取り戻すかのように、めめずのような笑皺を泥色した唇の周りへわせた。
罠を跳び越える女 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
船長せんちやう周章あはてゝ起上おきあがつたが、怒氣どき滿面まんめん、けれど自己おの醜態しゆうたいおここと出來できず、ビールだるのやうなはらてゝ、物凄ものすごまなこ水夫すゐふどもにらけると、此時このときわたくしかたはらにはひげながい、あたま禿はげ
「日がてりつけて禿はげがあついごんだ。——お前たち、二人で住めばよかろ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さっきも一遍云ったのだがもう一度あの禿はげの所の平べったい松を説明しようかな。平ったくて黒い。影も落ちてゐる、どこかであんなコロタイプを見た。及川おひかはやなんか知ってるんだ。よすかな。
台川 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ここの台所は、いつも落莫らくばくとして食物らしいにおいをかいだ事がない。井戸は、囲いが浅いので、よくねこや犬がちた。そのたび、おばさんは、禿はげの多い鏡を上から照らして、深い井戸の中を覗いた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
黒人式にむくれ返った唇の周囲をチョビひげが囲んでいて、おまけに、染めた頭髪は(禿はげ何処どこにもないのだが)所によってその生え方に濃淡があり、一株ずつ他処よそから移植したような工合であって
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
友人で禿はげのNというのが化け物の創作家として衆にひいでていた。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
禿はげ! 禿! 禿! 禿! 禿! 禿!」
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
勸進元くわんじんもとが損をするだらうと思つたくらゐ、いやもう山中の人氣をさらつて、何千人と入り込み、飛鳥山を禿はげちよろにしましたよ
僕のうちの番頭——あの禿はげあたまの万兵衛が変な顔をして、今夜はぼんの十五日だから海へ出るのはお止しなさいと言うのだ。
海亀 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
佐藤はその頃頭に毛のとぼしい男であった。無論老朽した禿はげではないのだが、まあ土質どしつの悪い草原のように、一面に青々とは茂らなかったのである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大きな屋根が地面に衝突して、ところどころ屋根瓦が禿はげたように剥がれている。四五人の男女がその上にのぼって、メリメリと屋根をこわしている。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)