田圃たんぼ)” の例文
かれは、懐中かいちゅうから、スケッチちょうして、前方ぜんぽう黄色きいろくなった田圃たんぼや、灰色はいいろにかすんだはやし景色けしきなどを写生しゃせいしにかかったのであります。
丘の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それから、十分後に、二人は、もう、田圃たんぼを隔てた雑木林の中に分け入つた。朽葉を踏む音が、彼等をただ不安にするだけであつた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
田圃たんぼなど幾らもあるのだ、刈ってまぐさにしてなんで悪い、馬には食わせなくてもいいというのか、法皇がお咎めになるのは筋違いじゃ。
そればかりではありません、やまにある田圃たんぼにあるくさなかにも『べられるからおあがり。』とつてくれるのもありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夜中のわめのゝしる声に驚いて雨戸まで開けた近所の人達は朝には肩を並べて牛を引いて田圃たんぼに出て行く私共父子を見て呆気あつけにとられた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
山口の大同にあるオクナイサマは木像なり。山口の辷石はねいしたにえという人の家なるは掛軸かけじくなり。田圃たんぼのうちにいませるはまた木像なり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
中空ちゅうくうには大なるかさいただきしきいろき月を仰ぎ、低く地平線に接しては煙の如き横雲を漂はしたる田圃たんぼを越え、彼方かなた遥かにくるわの屋根を望む処。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
主人あるじと妻と逗留とうりゅうに来て居る都の娘と、ランプを隅へしやって、螢と螢を眺むる子供を眺める。田圃たんぼの方から涼しい風が吹いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一枚戸を開きたる土間に、卓子テエブル椅子いすを置く。ビール、サイダアのびんを並べ、こもかぶり一樽ひとたる焼酎しょうちゅうかめ見ゆ。この店のわきすぐに田圃たんぼ
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それは大丈夫で、長者丸は親分も知つての通り百姓地が多くて、何萬坪となく田圃たんぼだし、村越の家といふのは、その田圃の眞ん中だ」
四ツばかり年下である私が、後を追っかけてけて行きたがると、兵さんは、田圃たんぼの稲のかげなどにかくれて、すぐ私をまいてしまった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「おもしろくなくっても、田圃たんぼに麦や、米ができなきゃ困るじゃないか。……西洋の草花でも造りゃ綺麗きれいでおもしろいかもしれないが」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
これによりてシオンは汝のゆえに田圃たんぼとなりて耕され、エルサレムは石堆いしづかとなり、宮の山は樹の生い繁る高き所とならん。(三の一二)
五重の塔のすてッぺんに、からすがあくびをしていやがる、その手前はどこだろう、なんにもねえや、真っ青だ、田圃たんぼと桃の木と原ッぱだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みそはぎそばには茶碗ちやわんへ一ぱいみづまれた。夕方ゆふがたちかつてから三にん雨戸あまどしめて、のない提灯ちやうちんつて田圃たんぼえて墓地ぼちつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
刑場から六、七町の間、皆は黙々として銘々自分自身の感激に浸っていたが、浅草田圃たんぼに差しかかると、淳庵が感に堪えたようにいった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こんな事を思っている内に、故郷の町はずれの、田圃たんぼの中に、じめじめした処へ土を盛って、不恰好ぶかっこうに造ったペンキ塗の会堂が目に浮ぶ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
寝床から起き出して田圃たんぼや庭などをぶらぶら歩いているのであるが、それでも病人は病人に相違ないので、親たちの苦労は絶えなかった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夕日を仰いで、田圃たんぼの中の一筋道を辿たどりながらも、彼は幾度か後を振返ろうとして、そのたびにようようの思いで喰いとめた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
田圃たんぼを隔てた町のほうから、太鼓や笛の音が、高くなり低くなり、跡切とぎれたかと思うと急に拍子を早めたりして、聞えて来た。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「我輩も後へは引けない。行ったよ。当時はこの裏一帯が田圃たんぼさ。日が暮れゝば人っ子一人通らない。果し合いには持って来いのところだ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
漱石の内は牛込うしごめ喜久井町きくいちょう田圃たんぼからは一丁か二丁しかへだたつてゐない処である。漱石は子供の時からそこに成長したのだ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
、叩き倒したのはえらいもんだ。よう花村やあ——と、讃め言葉がほしいねえ——生憎あいにくと、田圃たんぼ外じゃあ、おいら一人の見物で、物足りねえ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
併し彼はその小頭の半纒はんてんを麗々しく着ていることが何かしら気恥ずかしいというように、田圃たんぼへ出る時と同じように首に手拭いを結んでいた。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
おい/\あのね、いま田圃たんぼまで出て肩を取換とりかへようと思つてやると両掛りやうがけいのでおどろいた、あんまり急いだので両掛りやうがけを忘れました。
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
空にはお月さまが高く登つてをります。田圃たんぼの稲は色よく熟して、夜露にしつとりとれて、何ともいへぬ静かな深い秋のながめであります。
狐に化された話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
生れしままなれば素跣足すはだししりきり半纏ばんてん田圃たんぼへ弁当の持はこびなど、松のひでを燈火ともしびにかへて草鞋わらんじうちながら馬士歌まごうたでもうたふべかりし身を
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まはりは田圃たんぼだけの、そこで今までまつすぐに来た道路は斜めに屈折して、二つの直線をなす上の町と下の町との喰ひちがひをつないでゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
停車場に近づいた汽車はだんだんと歩度をゆるめていた。田圃たんぼのここかしこに、俗悪な色で塗り立てた大きな広告看板が連ねて建ててあった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
腰を掛けて休む店も幾軒かありますが、それは市場を離れて大橋へ行く道の後を田圃たんぼにした辺にあって、並べた菓子類などが外から見えます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
やがて私はまた竹藪たけやぶに沿うた坂を下って、田圃たんぼそば庚申塚こうしんづかのある道や、子供の頃ささを持ってほたるを追い回した小川の縁へ出て来ましたが
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして、田圃たんぼの間を東に向って走りました。走りながら壮い男がり返って見ると、修験者は背後うしろに迫っておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこいらの田圃たんぼの中を歩いていると、僕はなんともいえず心なごやかな、いわばパストラアルな気分にさえなり出していた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
兄の少年の眼にはかつて栄えたところとはうしても見えなかつた。闇の田圃たんぼの中に、五六軒茅葺家かやぶきやがあつて、其処そこから灯が唯ちら/\見えた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
お千代は気楽に田圃たんぼを眺めて、ただならぬおとよの顔には気がつかない。おとよは余儀なく襷をはずし手拭をって二人一緒に座敷へ上がる。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そこから小川を一つ隔てた田圃たんぼなかにある遊廓ゆうかくの白いペンキ塗の二階や三階の建物を取捲いていた林の木葉このはも、すっかり落尽くしてしまった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
翻って城下の形勢を観察すると、ここがやっぱり昔の往還になっていわゆる須賀口というやつは、今、田圃たんぼになっている。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
道が田圃たんぼにさしかかって、さわやかな稲の匂を鼻に感ずる。空には月がなく、天の川が斜に白々と流れている、という趣らしい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
二人はそれから田圃たんぼの中にある百姓家を訪れた。百姓家では薄汚い女房かみさんが、裸足はだしのまゝ井戸側ゐどばた釣瓶つるべから口移しにがぶがぶ水を飲んでゐた。
六月はじめの田圃たんぼは麦の波が薄く黄褐色にいろどられて、そよそよとしているけれど、桑は濃緑色に茂り合い、畑から溢れんばかり盛り上がっている。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
僕も稲から米のとれる位のことはとうの昔に知つてゐたさ。それから田圃たんぼに生える稲もたびたび見たことはあるのだがね。
正岡子規 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
小屋は、田圃たんぼわきの流れをき止めた、せいぜい一坪ぐらいの池の上に、かやの屋根を葺き出して三方を藁で囲ってある。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
そこで長蔵さんにいて、横町を曲って行くと、一二丁行ったか行かないうちに町並が急にまばらになって、所々は田圃たんぼの片割れが細く透いて見える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大正十二年十月二十二日 丹波竹田の泊雲居をふ。旧暦九月十三夜、晴れて霧深し。泊月、野風呂のぶろと共に出でゝ田圃たんぼ道を歩く。白川遅れて来る。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
片側町かたかわまちになって、人や車があとへ走るのが可笑おかしいと、其を見ているうちに、眼界が忽ち豁然からっと明くなって、田圃たんぼになった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
遠賀おんが川の浸水区域になる田圃たんぼと、野菜畑の中を、南の方飯塚に通ずる低い堤防じみた街道の傍にポツンと立った藁葺小舎わらぶきごやで、型の如く汚れた縄暖簾なわのれん
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
アズマツメクサは、明治二十一年日本に産することが、はじめて判った植物だが、これも私と池野とが大箕谷おおみや八幡下の田圃たんぼで一緒に発見したものだ。
と、それから数丁の間は全然水を見ず、わずかに森の辺から両側の田圃たんぼが、二三尺の深さで浸水している程度であった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おばこ来るかやと田圃たんぼんづれまで出て見たば、コバエテ/\、おばこ来もせでのない煙草たんばこ売りなの(なのはなどの意)ふれて来る。コバエテ/\
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
なんの変哲もない田圃たんぼの中の温泉であるが、東京に近いわりにはひなびて静かだし、宿も安直なので、私は仕事がたまると、ちょいちょいそこへ行って
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)