かわら)” の例文
わたしは大正十二年に「たとい玉は砕けても、かわらは砕けない」と云うことを書いた。この確信は今日こんにちでも未だに少しも揺がずにいる。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
伴蔵は海音如来のお守を抜きとると、其のあとへ持って来ていたかわらで作った不動様の像を押しこんで、もとのように神棚へあげた。
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝、門を開ける者は、必ずそこら一面に落ちているかわらだの、牛の草鞋わらじなどを見た。ある朝は、大きな墓石が投げこまれてあったりした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨戸を細目にあけて外をのぞいて見ると、へいは倒れ、軒ばのかわらははがれ、あらゆる木も草もことごとく自然の姿を乱されていた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一本一石、松の枝ぶり、枯れ案配、壁の汚点しみからかわらのかけ方、あたりのただずまい何から何まで、似ているのではない、全然同じなのだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
西空にうっすらと三日月みかづきが、はりついていた。こわれたかわらの山を踏みしめながら、僕たちは、焼け残りの町の方へ歩いていった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
つやが来て障子しょうじを開いてだんだん満ちて行こうとする月がかわら屋根の重なりの上にぽっかりのぼったのをのぞかせてくれている時
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あるいは親切そうな案内者によって、本願寺の石段は何段あるか、天王寺の塔のかわらの類を暗記させられてしまうかも知れない。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
右角に色彩をかわら屋根でふたをしている果物屋があって左側には小さい公設市場のあるのが芝居の書割のように見えて嘘のようだ。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大空は砂で白くなったかわら屋根の上に、秋の末の事ですから、夕陽ゆうひの名残が赤いというよりもむしろ不快な褐色にはげしく燃え立っているので
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また江州のかわら屋根に、煉瓦れんがの所をわざわざ二つに割っておく家がある。これはやはり、家相の悪い災難よけであるとのことだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
黄檗宗おうばくしゅうのお寺ですから、下にずっとかわらを敷き詰めて、三方腰掛になっているのは支那風なのでしょう。御墓所は本堂の右手裏にありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
朝になると欠かさず通る納豆売なっとううりの声が、かわらとざしもの色を連想せしめた。宗助は床の中でその声を聞きながら、また冬が来たと思い出した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
普通は勝手なかわら隙間すきまなどに巣を掛け、それがまた並んでいるのを見究め難いが、私が自分の寝る室の窓の前に、柱のような木を一本
月光を浴びてかわらは黄金の光りを放ち、各層は細部にいたるまで鮮かに照り映えて、全体が銀の塔と見まちがうばかりである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
さればかわらかまどの、むねよりも高いのがあり、ぬしの知れぬみやもあり、無縁になった墓地もあり、しきりに落ちる椿つばきもあり、田にはおおきどじょうもある。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その黄白い魚臭が冬晴れの日光に波紋して、修築中の郵便局の屋根へ、鎖で縛ったかわらの束がするすると捲き上って行った。
寝てしまった後でも起き起きして物干台からかわらを伝わり其処の屋根瓦にかじりついて、冬の夜などにはぶるぶる震えながら見ていたものである。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すると、ふと目についたのは、湯屋の煙突だった。黒く塗った太い鉄の筒が、すぐそばかわらの中から、そらざまに生えていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かわらが落ちてくればちょうどそれに打たれる場所、家が庭の方にゆがんで倒れればちょうどその軒に打たれる場所であった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
熊谷の町はやがてそのかわら屋根や煙突えんとつや白壁造りの家などを広い野の末にあらわして来る。熊谷は行田とは比較にならぬほどにぎやかな町であった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
するのう。うちに、のこぎりで柱をゴシゴシ引いて、なわかけてエンヤサエンヤサと引張り、それで片っぱしからめいで行くのだから、かわらも何もわや苦茶じゃ
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
かわらも石もい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供の助手はまるで一生けん命になって
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼の全体は燃質にして組織せられたり、火気に接すればたちまち熖となる、その熖となるや鉄もとかすなり、金も鎔すなり、石も鎔すなり、かわらも鎔すなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
かわらが濡れて光っているので、さっきのあれが時雨だったことは疑う余地がないけれども、それがまるでうそだったように、空には星がきらきらしている。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おのれたまあらざることをおそれるがゆえに、あえて刻苦してみがこうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとしてかわらに伍することも出来なかった。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
昔は大名か何かの、奇麗な御殿があった所だと見えて、大きな礎石いしや、かわらかけや、石垣などが残っています。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのほか御用のたかは人よりも貴く、御用の馬には往来の旅人も路を避くる等、すべて御用の二字を付くれば、石にてもかわらにても恐ろしく貴きもののように見え
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その言いようのないうれしさのあまり、其処そこにあったかわらでその娘をなぐり殺してしまったと言うことだった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
白揚はくようの並木と赤かわらの農家がある。西欧の天地だ。メリコフは汽車の速力を享楽してうっとりしている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
まるで降って湧いたように頭をどやしつけられたというに過ぎないのだ。ことによると上から、かわらか或は枯枝か何かが、偶然彼の頭上へ落ちて来たのかも知れない。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
蕃人に皇民教育を授ける霧社公学校がかわらぶきの堂々たる建物であるのに比較すると、内地人児童のための小学校は、かやぶきの粗末な、見すぼらしい校舎に過ぎない。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
かわらは飛び、硝子は砕け、今にも滅茶滅茶に壊れそうな座敷の中で、四人の立騒ぐ姿がはっきり見えた。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そして何処どこやらに唐風からふうなところがあります。ずその御門ごもんでございますが、屋根やね両端りょうたん上方うえにしゃくれて、たいそう光沢つやのある、大型おおがた立派りっぱかわらいてあります。
この時十蔵卒然独り内に入りたり。われらみな十蔵二郎を救うことぞと思い、十蔵早くせよと叫び、戸口をきっと見て二人の姿の飛びずるをまちぬ。かわら降り壁落つ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かわらき土を塗り固めたお倉でございますので、まあ此度このたび大事だいじはあるまいと、太閤たいこうさまもこれには一さい手をお触れにならず、わざわざこのわたくしを召出されて
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
草むらの乱れたことはむろんで、檜皮ひわだとかかわらとかが飛び散り、立蔀たてじとみとか透垣すきがきとかが無数に倒れていた。わずかだけさした日光に恨み顔な草の露がきらきらと光っていた。
源氏物語:28 野分 (新字新仮名) / 紫式部(著)
隈取くまどりでもしたようにかわをたるませた春重はるしげの、上気じょうきしたほほのあたりに、はえが一ぴきぽつんととまって、初秋しょしゅうが、路地ろじかわらから、くすぐったいかおをのぞかせていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「この町の家屋かおくかわらほどに敵が多くとも、心にやましきことなき以上は、何のおそるることかあらん」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
たいてい夏の休暇きゅうかと正月で、もってくる土産みやげも同じだった。二人とも同じものというのではない。大阪の小ツルはあわおこしだし、早苗は高松でかわらせんべいときまっていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
伊兵衛はことし二十二で、農家の子ではあるがかわら焼きの職人となって、中の郷の瓦屋に毎日通っていると、それが何者にか鎌で斬り殺されて、路ばたに倒れていたのである。
真鬼偽鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大門のかわら屋根にさえぎられて、門の扉が裾のあたりで、月の光からのがれていたが、その薄暗い門の扉の上にいかめしい大びょうが打ってあるのが、少しく異様に見てとられた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
黒雲空に流れてかしの実よりも大きなる雨ばらりばらりと降り出せば、得たりとますます暴るる夜叉、かきを引き捨てへいを蹴倒し、門をもこわし屋根をもめくり軒端のきばかわらを踏み砕き
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その塔の一つは、苔生こけむしたかわら屋根の頂に、あたかも額に縁無し帽子をかぶったかのように、こうのとり空巣あきすをつけていた。村の入り口に遠い十字路で、二人は泉の前を通りかかった。
聖公会と書いた、古びた木札の掛けてある、赤く塗った門を這入ると、かわらで築き上げた花壇が二つある。その一つには百合ゆりが植えてある。今一つの方にはコスモスが植えてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かわらたまとおもう愚者でないかぎり、他人にはえらい夫も、妻は物足らぬそこを知るものだ。貞奴と川上との間だけがそれらの外とはいえない。それですら貞奴は夫を傑いと思っていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし、登るにつれてかすみの中に沈んでいく京の街のかわらは美しいと定雄は思った。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
飛んで行ってみると、その土塀の上のかわらには、真夏の陽に乾いてベットリ血潮。
外廻そとまわりは白い漆喰しっくいぬりで、かわらぶきの屋根にげっちょろけの煙突を立てているその家は、現在の主人の祖父や曾祖父が植えこんだ桑やアカシヤやポプラの緑のなかに、すっぽり埋まっていた。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
椿つばきあり、つつじあり、白丁はくちょうあり、サフランあり、黄水仙きずいせんあり、手水鉢ちょうずばちの下に玉簪花たまのかんざしあり、庭の隅にかわらのほこらを祭りてゴサン竹の藪あり、その下にはアヤメ、シヤガなど咲きて土常に湿うるおへり。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)