じい)” の例文
今もいま、師匠のかけがえのないい芸を、心の中で惜んでいたのに、このおじいさんは見世みせものの中へ出すのか——と思ったからだ。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……で、寸時なとお顔を見せて上げていただけたらと、じいの左近も申しますゆえ、差出がましいことながら、こうお願いにさんじました
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じいやなどはいつぞや御庭の松へ、はさみをかけて居りましたら、まっ昼間ぴるま空に大勢の子供の笑い声が致したとか、そう申して居りました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
じいさん、ばあさんがあった、その媼さんが、刎橋はねばしを渡り、露地を抜けて、食べものを運ぶ例で、門へは一廻り面倒だと、裏の垣根から
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何の気なしに格子戸こうしどを開けて表へ出ると、丁度私のうちの格子窓の所に、変なおじいさんが立止っていますの。三度とも同じことなのよ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
惣「じいやア、どうか和尚様をお送り申してお呉れ、お前が往かなけりゃア私が送り申さなければならないのだから、往っておくれな」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ミルじいさんは、それきり船にのることをやめました。そして、よく窓に立って、ぼんやりこのめずらしい窓かざりをながめました。
海からきた卵 (新字新仮名) / 塚原健二郎(著)
老人ろうじんたちは、ごんごろがねわかれをしんでいた。「とうとう、ごんごろがねさまもってしまうだかや。」といっているじいさんもあった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
おきまっていますふねがこれでございます。おじいさんは、あのくろはたっているほばしらのしたのところにすわってっています。
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
じいさま、うぞわたくしひとつの御神鏡ごしんきょうさずけていただぞんじます。わたくしはそれを御神体ごしんたいとしてそのまえ精神せいしん統一とういつ修行しゅぎょういたそうとおもいます。
違えねえぜ。君がちょいと探検にでも行ってみてえと思ったら、ちょっとジョンじいに言って来いよ。持ってく弁当をこせえてやるからな。
じいさんや婆さんたちがいっぱい乗り込んでる正直な家族馬車が交じっていて、その戸口には仮装した子供の鮮やかな一群が見えていた。
じいさんがはからず大福運を得たすぐあとに、きっともう一度悪い爺さんがうらやんで真似そこなって、ひどい失敗をする段が伴なっている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこで若者は、村中大騒ぎをしてじいさんを探してることや、病気なら村に来て養生ようじょうするがいいということなどを、熱心に言い立てました。
キンショキショキ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ついこの先の竹林の奥に住んでいる竹籠たけかご作りのじいの娘におふみをつけようとなさっているのを、手前この目ではっきり見てしまいました。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
甘酒屋のおじいさんが、赤塗りの荷箱をおっぽりだして、塀のかげへ走りこんだかと思うと、すぐその顔が築地塀ついじべいの上に現われた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
相手というのは羅紗らしゃ道行みちゆきを着た六十恰好ろくじゅうがっこうじいさんであった。頭には唐物屋とうぶつやさがしても見当りそうもない変なつばなしの帽子をかぶっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「みっちゃんのことだもの。みっちゃんが、ほしいとおもうものなら、何でも下さるでしょうよ。サンタクロスのおじいさんは」
クリスマスの贈物 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
どうです、あのじいさん。今までよりも更に達者になってしまって、私のこの困難な状態がいつまで続くことやら見当がつかなくなりました。
白絵の上にそれを流すと色がいよいよえる。調子が静かでしかも深い。だがどんな材料を使うのか。おじいさんたちは私に話してきかせる。
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「買ったんではありませんの、持って来たんですわ。……わたしたち帰る時、一緒に連れて来ましたの、ですからもうおじいさんですわ……」
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
電車のない夏の炎天を壱岐殿いきどの坂下まで歩いて紅葉はヨボヨボじいさんの二人乗を見付け、値切ねぎり倒して私と二人で合乗あいのりして行くと
彼はそれを嘴の中であっちこっち転がし回り、押しつけてみたり、つぶしてみたり、まるで歯抜けじいさんみたいに、しきりに首をひねっている。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ただ、赤いユニホォムを着た、でぶのじいさんが、米国一流のハムマア投げ、と、きかされ、ものめずらしく、ながめていたのだけ記憶きおくにあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
本文の「葬式」に出た粕谷で唯一人の丁髷ちょんまげ佐平さへいじいさんも亡くなり、好人の幸さんも亡くなりました。文ちゃんのじいさんも亡くなりました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その時の庫次じいの顔を四十余年後の今朝ありありと思い浮べたのである。どうしてそんなことを想い出したかが分からない。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
枝付きの蜜柑みかんを買い込んで土産みやげとし、三等客として空席の一つを占めたが向合いに黒いとんび外套がいとうを着た相当品格のあるおじいさんが一人居た
といって、常日ごろ、ばかに年寄りじみたことをいうので、“おじい”と綽名あだなのある丸本水夫だが、すこし当惑とうわくの色が見える。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
残雪にちなめる山名は白馬岳の外にも幾つかある。其中の二、三の例を挙げて見ると、同じ山脈の山にじい岳というのがある。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蕎麦屋そばやも荒物屋も、向うの塩煎餅屋しおせんべいや店頭みせさきに孫を膝に載せて坐っている耳の遠いじいさんの姿も、何となくなつかしかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その小屋には日向さんのじいやがしばらく仮住みしていたが、その前年の冬にそこで死んで行ったことを包まずに話した。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ドッコイ、ドッコイ、ドッコイショと、じい様のような懸声かけごえをしながらようやく河を渡り、やがて町付まちつきという寒村に来掛かれば、もう時刻は正午に近い。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
あっしの代りに礼服フロッキを着て台湾館の前に立たされて、代りが出来るまでノスタレじいと一所に「わんかぷ、てんせんす」をやらされたもんだそうで
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それからもう一人私の記憶に残っているところでは、あかい毛を長く伸ばして、頭のてっぺんでぐるぐる捲きにした五十以上に見えるじいさんがいた。
もちろん一番先きにS家、またおかあさんを婿にしようとしたおじいさん(お爺さんは多分死んで届るでせうから娘)の家へも立寄つて見るつもりです。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
これはよくよく夫の困った場合でなければ出すなと言って、おじいさんがくれてよこしたものとかで、母さんが後にその話を私にしてみせたこともある。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたくしが日頃ひごろ行きれた浅草あさくさ公園六区ろっく曲角まがりかどに立っていたのオペラかんの楽屋で、名も知らなければ、何処どこから来るともわからない丼飯屋どんぶりめしやじいさんが
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
源二郎じいが、最初に感じた「怪訝」は、やがて一座の全員に、たった一人葉子だけを除いて——拡がって行った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
こんなのを見ると、食欲減退である。それに料理研究家がそろいも揃ってじいさんばあさんなので、テレビで大写しにされる手が、これまた揃いも揃って薄汚い。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
十九歳をかしら令嬢れいじょうが四人、女中が十八人、事務員が二人の全く女ばかりの大世帯で、男と云えば風呂きのじいさんと末のぼっちゃんだけだと云う事であった。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
こんなおじいさんはざらにいそうだが、カイゼルなら村の人がみんな挨拶するからすぐ判るというので、そこでドン・キホウテとサンチオ・ハンザのように
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
トヨの手綱たづなは、源吉じいさんに握られているが、爺さんの姿は、トヨに劣らないくらい、十分にけだるそうである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
けれども亮二はもうそっちへは行かないで、ひとり田圃たんぼの中のほの白いみちを、急いで家の方へ帰りました。早くおじいさんに山男の話を聞かせたかったのです。
祭の晩 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私は小学校へは入るために、八つの春、大聖寺町の浅井一毫あさいいちもうという陶工の家に預けられた。その頃七十幾つかで、白いひげを長くのばしたよいおじいさんであった。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
潔白のわが心中をはかる事出来ぬじいめがいらざる粋立すいだて馬鹿ばか々々し、一生に一つ珠運しゅうんが作意の新仏体を刻まんとする程の願望のぞみある身の、何として今から妻などもつべき
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
じいさんや」「ばあさんや」といたわり合っている風情ふぜいで、口をモグモグさせながらも、その口をお互いの耳に近づけては、何かと楽しそうに話し合っている。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「故郷の人々」「懐かしきケンタッキーの家」や「黒ん坊のジョーじいや」の歌がアメリカばかりでなく、世界の国々に愛唱されていることは言うまでもない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
大町に帰るなりまた慎太郎さんと林蔵と三人でじいから鹿島槍に出かけたのに比して、たった一年間に、何という弱りようをしたものだろうと思ったからである。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
おそろしい我慾の鬼ばかりだった、人間万事塞翁の馬だと三年前にあのおじいさんが言ってはげましてくれたけれども、あれは嘘だ、不仕合せに生れついた者は
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それでもあすこには、人に逢うのが嫌いだという偏屈な執事のじいさんと、馬鹿に不景気な犬がいましてね。犬の奴め、時どきに裏の庭で月にえ付いていますよ。