くもり)” の例文
章一は羽織と袴をとって単衣ひとえを脱ぐと女はまくらを持って来た。しかし、章一は女の眼の下のくもりの深い肉の落ちた顔が気になっていた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とろとろと、くもりもないのによどんでいて、夢を見ないかと勧めるようですわ。山の形もやわらかな天鵞絨びろうどの、ふっくりした括枕くくりまくらに似ています。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新吉は、それが渋柿だろうとなかろうと、何のかわりもなく、晴れた日の空の色と、ちっともくもりのない柿の実の光と、脱俗した枝ぶりとを愛した。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
取出し拔て行燈あんどう火影ほかげきつと鍔元より切先きつさきかけて打返し見れども見れどもくもりなき流石さすが業物わざもの切味と見惚て莞爾と打笑うちわらさやに納めて懷中ふところへ忍ばせ父の寢顏ねがほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
きとほりてくもりなき玻瓈または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水にうつれば 一〇—一二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
地気上騰のぼること多ければてん灰色ねずみいろをなして雪ならんとす。くもりたるくも冷際れいさいいたまづ雨となる。此時冷際の寒気雨をこほらすべきちからたらざるゆゑ花粉くわふんしてくだす、これゆき也。
東京朝日新聞とうきやうあさひしんぶん記者きしやにして考古家中かうこかちう嶄然ざんぜん頭角とうかくあらはせる水谷幻花氏みづたにげんくわし同行どうかうして、は四十一ねんぐわつ午前ごぜんくもり鶴見つるみ電車停留場でんしやていりうぢやう到着たうちやくすると、もなく都新聞みやこしんぶん吉見氏よしみし
自分はすぐ新聞をてた。しかし五六分たないうちにまたそれを取り上げた。自分は煙草を吸ったり、眼鏡めがねくもり丁寧ていねいぬぐったり、いろいろな所作しょさをして、父の来るのを待ち受けた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五月十一日 日曜 くもり 午前は母や祖母そぼといっしょに田打たうちをした。午后ごごはうちのひばがきをはさんだ。何だか修学旅行しゅうがくりょこうの話が出てから家中へんになってしまった。僕はもう行かなくてもいい。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼はツクルチ・ニニブ一世王の治世第何年目の何月何日の天候まで知っている。しかし、今日きょうの天気は晴かくもりか気が付かない。彼は、少女サビツがギルガメシュをなぐさめた言葉をもそらんじている。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
其の語尾の怪しくもくもりを帯べるに、梅子はひとみこらして之を見たり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
れたるちひさき牢獄ひとや山葵色わさびいろくもりにうちなげく。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
十二日くもり
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
はれくもりまたつきとなり、かぜとなり——ゆきには途絶とだえる——往來わうらいのなかを、がた/\ぐるまも、車上しやじやうにして、悠暢いうちやうと、はなとりきつゝとほる。……
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
くもりしらぬ蒼空あをぞらより來るものゝ外光なし、いな闇あり、即ち肉の陰またはその毒なり 六四—六六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼は一種の利害関係から、過去にさかのぼる嫌疑けんぎを恐れて、森本の居所もまたその言伝ことづても主人夫婦に告げられないという弱味をっているには違ないが、それは良心の上にどれほどのくもりもかけなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玄関の格子戸こうしどがずりずりといて入って来た者があるので、順作はさかずきを持ったなりに、その前に坐った女の白粉おしろいをつけた眼の下にくもりのある顔をちょと見てから、右斜みぎななめにふりかえって玄関のほうを見た。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
松が粉雪こゆきちらつく日のくもり何鳥か啼けりあはれみささぎ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
綾子はおとがいを襟にうずめぬ。みがかぬ玉にあか着きて、清き襟脚くもりを帯び、憂悶ゆうもんせる心の風雨に、えんなる姿の花しぼみて、びんの毛頬に乱懸みだれかかり、おもかげいたくやつれたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひらめくは聖体盒せいたいごうくもり、骨もまばらに
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
谷戸やとの方は、こう見たところ、何んの影もなく、春の日が行渡ゆきわたって、くもりがあればそれがかすみのような、長閑のどかな景色でいながら、何んだかいや心持こころもちの処ですね。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はれか、くもりか、みぞれか、ゆき
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
けれども、礼之進が今、外へ出たと見ると同時に、明かにその両眼をみひらいた瞳には、一点もねむそうなくもりが無い。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄闇うすやみににほひゆく赤きくもり
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
舞台は居所がわりになるのだ、と楽屋のものが云った、——俳優やくしゃは人に知らさないのを手際に化ものの踊るうち、俯向伏うつむきふしている間に、玉のくもりぬぐったらしい。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くもりににほふ暮あひや。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ちらちらと春風にちらめく処々ところどころうっすりと蔭がさす、何か、ものおもいか、なやみが身にありそうな、ぱっと咲いて浅くかさな花片はなびらに、くもりのある趣に似たが、風情は勝る、花の香はそのくまから、かすか
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時は、ああして抱いて、もとは自分から起った事と、はだくもり接吻キッスをする。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるものは南の方へ、或ものは北の方へ、また西の方へ、東の方へ、てんでんばらばらになって、この風のない、そらの晴れた、くもりのない、水面のそよそよとした、静かな、おだやかな日中ひなかしょして
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かたむいてるがこと/″\一樣いちやうむきにではなく、あるものはみなみはうへ、あるものはきたはうへ、また西にしはうへ、ひがしはうへ、てん/″\ばら/\になつて、このかぜのない、そられた、くもりのない、水面すゐめんのそよ/\とした
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
が海をいだいた出崎の隅だけ朗かな青空……でも、何だか、もう一ぬぐぬぐいを掛けたいように底が澄まず、ちょうど海のはてと思う処に、あるかなし墨を引いたくもりわたって、驚破すわと云うとずんずん押出して
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて、くもりは晴れたのである。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)