)” の例文
「口をおあきつてばさ!」彼女は男がさし出した手の平をぴしやりとつて云つた。男はいやしく笑ひ乍らあんぐりと黒い口を開いた。
つ、蹴る、払う。虎の戦法はこう三つを奥の手とする。そのすべてがかないとなると、さしもの獣王も気萎きなえをするものだとか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肩をこごめ背を丸め、顔を低く地に垂れた。そうしてたれた犬のように、ヨロヨロと横へ蹣跚よろめいた、私は何かへ縋り付こうとした。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どれもこれもまとまりのつかない、空想的な形に見えだしてきたが、そのうち、突然に彼女は、がんと頭をたれたような気がした。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
濃く温なる空氣はみなぎり來りて我面をてり。われは我精神の此の如く安くたひらかなるべきをば期せざりき。その状態は固より興奮せり。
菓物くだものを盗んだといっては、追いかけてとらえられて、路傍の門に細引きでくくり付けられ、あるいは長い物干竿ものほしざおで、走る背なかをたれて
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
家には老婢ろうひが一人遠く離れた勝手に寝ているばかりなので人気ひとけのない家の内は古寺の如く障子ふすまや壁畳からく湿気が一際ひときわ鋭く鼻をつ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
四山環翠、一水澄碧の湖上に輕艇をはしらすれば、凉風おもてつて、白波ふなばたに碎くるさま、もとより爽快の好い心持である。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
己が起ち上がると、賊は己の肩をつて追ひ立てた。足の踏む所は一面に針葉樹の葉で掩はれてゐて、すべつて歩きにくかつた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
と、蒼蠅あおばえだ、緑金りょくこんの点々々が真向から目をち、頬を撲ち、鼻を撲ち、口を撲ち、たちどころにまた紫の螺旋らせんの柱となって襲いかかった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
注連しめだの輪飾だのを一ぱいに積んだ車がいそがしく三人の間を通って行った。——新しい、すが/\しい藁の匂が激しく三人の鼻をった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「CAPTAIN」と真鍮札しんちゅうふだを打ったドアを開くと強烈な酸類、アルカリ類、オゾン、アルコオルの異臭においがムラムラと顔をつ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
厳冬の一夜佐藤氏は演説に出で、予一人二階の火もかざる寒室に臥せ居ると、吹雪しきりに窓をって限りなくすさまじ。
御用だ。と大喝一声、ひるむ処を附け入って、こぶしいなずま手錬のあてに、八蔵は急所をたれ、蹈反ふんぞりて、大地はどうと響きけり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足がけツたるいので、づいと伸ばして、寐がへりを打つ、體の下がミシリと鳴ツて、新しい木綿もめんかほりが微に鼻をツた。眼が辛而やつと覺めかかツて來た。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
玉藻が榊の枝をひたいにかざして、左に右に三度振ると、白い麻はすすきのように乱れて、黄金こがね釵子さいしをはらはらとった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
余りの可恐おそろしさに直行は吾を忘れてその顔をはたとち、ひるむところを得たりととざせば、外より割るるばかりに戸を叩きて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ある時は旅行で得た直覚、またある時は方言や口碑こうひの比較の間からも暗示を得、中にはまた文庫のちりの香の紛々と鼻をつものもなしとしない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
白き香りの鼻をって、絹の影なる花の数さえ見分けたる時、ランスロットの胸には忽ちギニヴィアの夢の話が湧き帰る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暫時しばらく其處の煖爐ストーブにあたつて、濡れた足袋を赤くなつて燃えて居る煖爐に自暴やけこすり附けると、シュッシュッといやな音がして、變な臭氣が鼻をつ。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
両岸の豆麦と河底の水草から発散するかおりは、水気の中に入りまじっておもてって吹きつけた。月の色はもうろうとしてこの水気の中に漂っていた。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
そして見たところなんの醜悪しゅうあくなところは一点もこれなく、まったく美点にちている。まず花弁かべんの色がわが眼をきつける、花香かこうがわが鼻をつ。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
鼻をこのもしい香りに、編笠をかかげて見返えりますと、僕の肩にかたげられたは、今ての園咲そのざきの白つつじが、白く涼しく匂っているのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
雨はまた一としきり硝子窓をつ、淋しい秋の雨と風との間にみだりがましい子守女の声が絶えてはまた聞えて来る。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
暁の冷い空気が顔をつ。臭橘からたちの垣の蜘蛛のに留まつてゐる雨の雫は、矢張真珠のやうに光つてゐる。藪には低いもやが漂うてゐる。八は身慄みぶるひをした。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
と、さっき屏風の彼方でいた、あの甘いほのかなかおりが今はしたゝかせ返るように鼻をつのであった。女はその時までなお扇をかざしていたが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども、廃墟になったような大都会の光景が、強く彼女の心をった。反動的な生活力が市民のすべてを捕えた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
故国をく如き一種の気安さを感じると共に、みづからもまたこれ等の大群と運命をひとしくする弱者である事に想ひ到つてにがい悲哀にたれざるを得なかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
疲れのせいか横になって、うつらうつらと眼を閉じていると、暫くしてぷんと鼻をつ酒の香りがしました。それはあまりに芳烈な清酒の香りであります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
煙管きせる雁首がんくびでおちになつた傷痕きずあとが幾十と数へられぬ程あなたがた御兄弟の頭に残つて居ると云ふやうなことに比べて、寛容をお誇りになるあなたであつても
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
路に沿うた竹藪たけやぶの前の小溝こみぞへは銭湯で落す湯が流れて来ている。湯気が屏風びょうぶのように立騰っていて匂いが鼻をった——自分はしみじみした自分に帰っていた。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
新吉もぞっとする程身の毛立ったから、煙管きせるを持って蛇のかしら無暗むやみつと、蛇の形は見えずなりました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「外で火事だというから、あわてて二階から降りると、滑って転げ落ちて、ひどくお尻をったんです」
そしてその夕立の来はなに、大粒の奴がパラ/\パラ/\と地面を打つ時、涼気がスウーッと催して来ると同時に、プーンと土の臭いが我々の鼻をつのであった。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
異臭鼻をつ これはチベットのどこの寺に行ってもこういうにおいがするので、とても日本人が始めて入った時分には鼻持ちのならぬ臭いであろうと思われたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
勝負はながくはかからなかった、肉体と肉体の相いつ快よい音が二三度し、両者の位置がぐるりと変ったとき、宗之助は巧みに足を払って、伊兵衛を大きく投げ倒した。
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は怒りのあまりに、今にもわたしをち倒しはしまいかとさえ思った。しかも彼はもう一度ののしったあとに、船長室のドアを荒あらしく突きあけて甲板デッキへ飛び出してしまった。
その雪のような白いえり、その艶々つやつやとした緑の黒髪、その細い、愛らしい、奇麗な指、その美しい花のような姿に見とれて、その袖のうつり香にたれて、何もかも忘れてしまい
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
言葉は電撃のように、五郎の背中をった。五郎は顔色を変えて、思わず立ち上った。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そののち叔父はうすたれ、かれは木から落猿おちざるとなつて、この山に漂泊さまよひ来つ、金眸大王に事へしなれど、むかしとったる杵柄きねづかとやら、一束ひとつかの矢一張ひとはりの弓だに持たさば、彼の黄金丸如きは
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
手をきよめに前夜雨戸をあくれば、鍼先はりさきを吹っかくる様な水気すいきが面をって、あわてゝもぐり込む蒲団の中でも足の先がちぢこまる程いやにつめたい、と思うと明くる朝は武蔵野一面の霜だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから頭を引っ込めると、病室の、鈍い空気が顔をって胸が詰まるような気がした。見れば病人と学士とで何か言っているが、ことばは聞えない。しかしそれを聞きたくも思わなかった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
加之しかのみならず先生の識見、直ちに本来の性情より出で、つとに泰西輓近ばんきんの思想を道破せるものすくなからず。其の邪を罵り、俗をわらふや、一片氷雪の気天外より来り、我等の眉宇びうたんとするの概あり。
「鏡花全集」目録開口 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
槍ヶ岳へのわかれ路まで戻って来ると、人夫は親子連れの雷鳥を、石でち殺して、足を縛っているところであった、先刻首を引ッ込めたそれか知ら、とうとう助からなかったかなあと思う
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
さすがに我強がづよい刀自たちも、此見覚えのある、美しい箱が出て来た時には、暫らくたれたように、顔を見合せて居た。そうしてのちあとで恥しかろうことも忘れて、皆声をあげて泣いたものであった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
地をちて大輪たいりんつばき折折をりをりに落つるすなはち散り積むさくら
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
風は粉膩ふんじってなまめかしき香を辰弥に送れり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
ひめみちこがね
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
押入の一方には支那鞄、柳行李、更紗さらさ蒲団ふとん夜具の一組を他の一方に入れようとした時、女の移香うつりがが鼻をったので、時雄は変な気になった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これに気を得ていさみをなし、二人の書生は腕を叩きこぶしふるうて躍懸おどりかかれば、たれぬさきに、「あいつ、」「おいて。」と皆ばたばた。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)