平常ふだん)” の例文
写真入しゃしんいれとなったバスケットは、ちゃのたなのうえかれたのでした。平常ふだんは、だれも、それにをつけるものもなかったのです。
古いてさげかご (新字新仮名) / 小川未明(著)
直ちに翌日からまるで「葬式とむらい機関車」の奇妙な事件なぞはもう忘れてしまった様に、イケ洒蛙洒蛙しゃあしゃあ平常ふだんの仕事を続け出したんです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
平常ふだんから心掛の良い、少し氣の弱いお吉が、どんなに嫉妬しつとに眼がくらんだにしても、そんな大それた事を仕出かさうとは思はれません。
それとも平常ふだんの議論の仇討あだうちかしら。そんならなおひどいわ。こんな場合にそんな事をいわれちゃどんなに迷惑するか知れやしない。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
お父さんは水盃をした昔の癖の抜け切らない日本人は一寸ちょっとのことにも見送りか出迎えが大袈裟で困ると言って平常ふだんこそけなしているが
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ふすまごしに聞える朱実の囈言うわごとは、彼にも多少は平常ふだんにあった侍の心がまえというものを、まったく泥舟が水へひたったようにくつがえしていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春は団子などを置き、平常ふだんするめの足か茹玉子ぐらいをならべ、玉子はない事が多いが、塩煎餅は自分で拵えますから何時でもあります。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そんなとき、眼に平常ふだんの母らしいかさばった強い重い感じが現れた。が、なほ子はその間にも心痛の加るのを感じた。半分笑いながら
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
吾輩の主人の我儘わがまま偏狭へんきょうな事は前から承知していたが、平常ふだんは言葉数を使わないので何だか了解しかねる点があるように思われていた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平常ふだんおすすめ申してもなかなか人中へはお出なさらないくせに、明日という日は、進んで磔刑のおしおきを見物に行くのだという。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
呂昇なぞも、女義太夫としては外貌そつぽもよし、声もよいが、平常ふだん咽喉を使ひ過ぎるせゐで、首がぼうくひのやうにがつしりと肥つてゐる。
夜は妻と——昨日までは兄の妻であり、今や私の妻である女と、少しも悟られる心配なく、平常ふだんの兄と同じ態度で、面白く談笑しました。
然し梅子が平常ふだん何人なんびとに向ても平等に優しく何人に向ても特種の情態こころもちを示したことのないだけ、細川は十分この一念を信ずることが出来ぬ。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は式から帰って来て、制服を平常ふだん着に脱ぎかえております間に、茶の間で話しております両親の言葉を聞くともなく聞いてしまいました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こういう癇癪かんしゃくの起きた時は、平常ふだんより余計に立働くのがお雪の癖で、虫干した物を片付けるやら、黙って拭掃除ふきそうじをするやらした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いさゝか平常ふだん化粧けしやうたがふことなかりしとぞ。いま庇髮ひさしがみ、あのおびたゞしくかほみだれたるびんのほつれは如何いかにはたしてこれなんてうをなすものぞ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
平常ふだんから大きい美しい眼は、今にも、ちょっと物でもさわれば、すぐ泣き出しそうに、一層大きくこちらを見張って、露が一ぱいたまっている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ほんとにまあ! 平常ふだんはなんとも思いませんが、こうしてお気の毒な旅のかたが、立寄って来られた時ばかりは、貧乏が悲しくなりますわい。
幼いアデェルは私を見ると半分狂氣きちがひのやうになつて喜んだ。フェアファックス夫人は平常ふだんの通りの打解けた親しみを以て私を迎へてくれた。
この三枝家が私の師匠東雲師の仕事先、俗にいう華客場とくいばであったので、師匠は平常ふだん当主の竜之介とごく懇意にしておりました。
靴屋の安売——運動靴に、平常ふだん靴に、雪靴に、金と赤のイヴニングシューズまで寄せて一円五十銭也と括りの紐の結び目に正札で下って居ます。
伯林の降誕祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
どうしたけな?』と囁いてみたが返事がなくて一層歔欷すゝりなく。と、平常ふだんから此女のおとなしく優しかつたのが、俄かに可憐いじらしくなつて來て、丑之助は又
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
何百万光年、何億光年——そんな遙々はる/″\とした距離の長さに考を向けてゐると、彼の平常ふだんの尺度は混乱して、気の遠くなるやうな心地を感じるのだ。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
「いいえ、引っこんではいられません!」と、平常ふだんのお妙とはまるで別人、彼女はその場に坐り込んで、あっという間に父壁辰のあしまつわり付いた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今は其れ程の水勢は無いが、水を見つめて居ると流石に凄い。橋下の水深は、平常ふだん二十餘尋。以前は二間もある海のさめがこゝまで上つて來たと云ふ。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
すると、そのころ諸磯もろいその、漁師りょうしつまで、平常ふだんからわたくしことたいへんに尊信そんしんしてくれている一人ひとり婦人ふじんがありました。
今は其れ程の水勢は無いが、水を見つめて居ると流石さすがすごい。橋下の水深は、平常ふだん二十余ひろ。以前は二間もある海のさめがこゝまで上って来たと云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
柔道初段の長田が(彼は学校を自分一人の学校のように平常ふだんからあつかっていた)美少年の深井に、「稚子ちごさん」になれ、と脅迫しているところだった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
平常ふだん、ああいふ風に申し上げてあつたものだから、若しやとお思ひになるのでせうが、この通り、心臓はたしかなのですから、決して怖くはありません。
落葉日記(三場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ひよつくり変てこな夢何かを見てね、平常ふだん優しい事の一言も言つてくれる人が母親おふくろ父親おやぢあねさんやあにさんの様に思はれて、もう少し生てゐやうかしら
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それから——あァなんだかわけわからなくなつてしまつた!わたし平常ふだんつてたことみなつてるかうかためしてやう。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
こんなことを云っても夫は平常ふだんと同じような態度で、落ちつきのある返事をしながら旨そうに飯をった。
宝蔵の短刀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
うちのお師匠さん、平常ふだんはほんとうに申し分ないお人だけれど、私困ってしまうことがひとつだけあるの。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
大八の片輪かたわ田の中に踏込んだようにじっとして、くよ/\して居るよりは外をあるいて見たら又どんな女にめぐあうかもしれぬ、目印の柳の下で平常ふだん魚はれぬ代り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先生はじめ生徒達は、平常ふだんの着物に着かえてしまいました。少女達は教室のそこここにかたまって、ひそひそと囁き合ったり、昂奮して話し合ったりしていました。
が、ふと其動作が吾乍ら誇張めいてゐるのに気がつくと、平常ふだん舞台での大袈裟な表情が、此処まで食ひ込んでゐるやうな気がして、思はず四辺あたりを見巡し乍ら苦笑した。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
作者が初め父太兵衛の口より平常ふだんはかういふ家業の者にも似合はず理窟をいつてもっともらしいが、酒を飲むと人の見界みさかいがなくなるから禁酒をさせ居るといふ筋を利かせ
平常ふだんのように赤子を抱いたり、台所働きをしているお銀の姿は、笹村の目にもいたましげに見えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すると、その翌日平常ふだんよりも早く起きたおくみは、何時になく鏡台の前で身づくろひをしてから
海の中にて (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
平常ふだんのときには弱い人も強い人と違いません。疾病やまいかかって弱い人はたおれて強い人はのこるのであります。そのごとく真に強い国は国難に遭遇して亡びないのであります。
後からきけば種々いろいろと、平常ふだんに変ったことが多くあったのである。抱月氏でなくとも、彼女を愛する肉親か、女友達があったならその素振そぶりを見逃がさなかったであろう。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おっしゃって、いまは、透き通るようなお手をお組みなされ、しばらく無言でいらっしゃる、お側へツッして、平常ふだん教えて下すった祈願いのりの言葉を二た度三度繰返してとなえるうち
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
併しお房は、父が無類むるゐ強慾がうよくにも似ぬ華美奴はでごのみであツたおかげに、平常ふだんにも友禪いうせんづくめで育ツてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
それほど、ほんとに、おさわは、平常ふだんは嫌いで喰べたことのない、その野菜の煮込に感心した。
三の酉 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
片手で斬込んだ時平常ふだんの練習で双手で斬込んだと同じ効果ききめがあったら、数馬は矢張池田家中第一の美男子でおられたかも知れないが、不幸にしてこの心得が無かったため
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しなはおつぎを平常ふだんから八釜敷やかましくしてたので餘所よそよりも割合わりあひうごけるとおもつてるけれど、與吉よきち巫山戯ふざけたりしてるのをるとまだ子供こどもだといふことが念頭ねんとううかぶ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
何が、A子なんかに写せるものか! 私はさう云はうとしましたが、A子の写真の腕前は、平常ふだんからよく知つてゐましたので、何だか気味が悪くなつて黙つてしまひました。
心配な写真 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
セラピオンの語は、わしを平常ふだんのわしに帰してくれた。そして少しはわしの気もしづまつて来た。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
平常ふだんから快からず思う磯助役の今日の仕打ちは何事であろう、あまり客に親切でもないくせに、美しい人と言えばあの通りだ。そのくせ自分はもう妻子もある身ではないか。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
今でも古典的クラシツクな舞踊、例へばムニユイ又は西班牙踊を踊る時には必ずこれを著けることになつてゐるやうである。又平常ふだんでも艶美を増す為めに是を用ゐる婦人も少なくはない。
東西ほくろ考 (新字旧仮名) / 堀口九万一(著)