うそぶ)” の例文
しかるに形躯けいく変幻へんげんし、そう依附いふし、てんくもり雨湿うるおうの、月落ちしん横たわるのあしたうつばりうそぶいて声あり。其のしつうかがえどもることなし。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼はこう云ってうそぶいた。それからいきなり手を延べて、津田の枕元にある読みかけの書物を取り上げて、一分ばかりそれを黙読した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
廃娼派が、廃娼は天下の世論だと云えば、多数派の存娼派は、衆議院の過半数の提案の方が天下の世論ではないかとうそぶくのである。
「ははあ、いよいよ信濃路かな。一茶の句にいわく、信濃路や山が荷になる暑さかな……ところが今はもう暑くねえ」とうそぶきました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とこっちも莫連ばくれんのお吉、うそぶくように鼻でいい、蜘蛛くもいとに煤が紐のようにたかり、無数に垂れている天井へ、濃化粧の白い顔を向けた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
むかししんの良臣は、匈奴きょうどの滅びざるうちは家を造らず、といいました。蜀外一歩出れば、まだ凶乱をうそぶく徒、諸州にみちている今です。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時には吾輩、思わずカッとなりかけたもんだ……が、しかしここが大事なところと思ったから、わざと平気な顔で空をうそぶいて見せた。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
唱一語しやういちご以てわがこの思ひを言ひあらはさむすべもがな。かくて月あかき一夜、海風かいふうに向ひて長くうそぶかなむ。わが胸のいかばかりかるかるべき。
清見寺の鐘声 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「勘忍の革袋か、——だがいいじゃないか、これでおれの勘忍強さも正札が付いた訳だ」こう思って満足し、月なんか勝手にしろとうそぶいた。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しばらくして、この傘を大開きに開く、鼻をうそぶき、息吹いぶきを放ち、毒を嘯いて、「取てもう、取て噛もう。」と躍りかかる。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
問う、何を以てこれを知ると、曰く、さきに南山の虎嘯を聞きて知るのみと、にわかに使至る〉。これは人が虎うそぶくを聞いて国事をうらのうたのだ。
「ところで、遺産の配分ですが」と熊城が、真斎の挨拶にも会釈を返さず、性急に口切り出すと、真斎は不遜ふそんな態度でうそぶいた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
うんざりしたとうそぶいたり、何も彼もすべてを投げすてたい、それらの煩はしいものから逃げ去りたいと、念じたりしてゐる。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
うそぶき(我等のうちそとに出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人なゝたりの者を來らせん 一〇三—一〇五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
昔は、よく、「弁解は神様だけが御存じだ」とうそぶいたものだが、今は、裸になり、両手を突き、満身の汗をかいて、「分りませぬ」と申します。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その時蘭引はいよいよ、ちらついてきて、たぎうそぶく其聲は、聖エロイ樣の火箸で鼻をつままれた鬼の泣聲によく似てゐる。
錬金道士 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
嗚呼あゝ天地味ひなきこと久し、花にあこがるゝもの誰ぞ、月にうそぶくもの誰ぞ、人世の冉々ぜん/\として減毀げんきするをし、ちうとして命運のわたくししがたきを慨す。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「こちらで満足のできない状態ではなんとお約束してもどうもむを得ませんでしょう」とこの小面こづらの憎いのがうそぶいた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
落葉樹が寒風にうそぶき早春のけやきこずえが緑の薄絹におおわれるのも、それは皆すべて植物の生理的必然の作用に他ならない。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
市街の広場を圧するほど展開した岩組が、すだれの滝のように水で充ちている。その上にトリトンに牽かして行く貝殻型の車駕に御して海神がうそぶいている。
噴水物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お照は不貞腐れて天井の方にうそぶいた。しかし内心大いに動揺している様子は隠せなかった。これを見ると、お照の覘ったのは総監ではなかったらしい。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まるで、かずきする海女が二十尋はたひろ三十尋みそひろの水底から浮び上ってうそぶく様に、深い息の音で、自身明らかに目が覚めた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
公園の昔の城門をそのまゝの、懐古園と書いた扁額を仰ぎながら、京野等志は、ちよつと照れながら、うそぶいた——
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
こん度の蛙は余り毒々しいので、最初は細君も賛成し兼ねてゐたのだが、木村の空うそぶいた顔が憎らしいところから、とうとう此蛙にも賛成しさうになつた。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「おまえ行ってきめてこい」そう清二はうそぶいたが、ぐずぐずしている場合でもなかった。「本家へ行こう」と、二人はそれから間もなく順一の家を訪れた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
農民は原野に境界のくいを打ち、其処そこを耕して田畑となした時、地主がふところ手して出て来て、さてうそぶいた。
心の王者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私も意地になり、別に無理しているわけでもない、とうそぶいてみせるのだが、ひどい汗ですよ、と顔を指されて愉快そうに笑われたことも一度や二度ではない。
彼これを以てみずから感激す、彼これを以て自ら鼓舞す、その一呼虎うそぶき、一吸竜躍るものまた故なしとせんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
霧雨きりあめのなごり冷ややかに顔をかすめし時、一陣の風木立ちを過ぎて夕闇うそぶきし時、この切那せつなわれはこの姉妹はらからの行く末のいかに浅ましきやをあざやかに見たる心地せり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かくに彼等は一種の魔物として、附近の里人から恐れられている。山深く迷い入った猟夫かりゅうどが、暗い岩蔭にうそぶいて立つ奇怪の𤢖をれば、銃を肩にして早々に逃げ帰る。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女は実に一箇巾幗きんくわくの身を以て、深窓しんそう宮裡きゆうり花陰の夢にふけるべき人ながら、雄健の筆に堂々の議論を上下し、仏蘭西フランス全国の民を叱咤しつたする事、なほ猛虎の野にうそぶくが如くなりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
仮令たとえ八日でも既に電車が通じていたからには、支倉が電車はなかった筈だとうそぶいたのは全然無効だ。いやそればかりでなく反て判官の心証に悪い影響を与えたかも知れぬ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ある時は綾瀬の橋のなかばより雲はるかに遠く眺めやりしの秩父嶺の翠色みどり深きが中に、明日明後日はこの身の行き徘徊たもとおりて、この心の欲しきまま林谷にうそぶおごるべしと思えば
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「だから焦つて入るにも及ばないて。」佐藤はわざとうそぶいた。そして例の如く又私を誘つた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
まるで猛獣のえるような声を出したりまた不思議なうそぶくような呼気音を立てたりする。
映画雑感(Ⅵ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある謡曲の中の一くさりが胸に浮んで来ると、彼女は心覚えの文句を辿り辿り長く声を引いて、時には耳を澄まして自分のうそぶくような声に聞き入って、秋の夜の更けることも忘れた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もしその尾上をのへうそぶきたち、大海原のあなたを見わたさむか、雲と濤とあひまじはり、風は霧のごとく、潮は煙に似たる間を分けわく船の帆影は、さながら空なる星かと見まがふばかりなり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
そんなことは分かりきつてゐるのだといつもうそぶいてゐるやうな憂鬱さうな物腰や物憂さうな澱んだ眼。何かと言へば欠伸でも放ちさうな白けきつた素振りを見せるあの傲慢な心が憎い。
日本一の花聟に、添わせむまでの父なりし。今尾春衛の妻はあれ、この親爺の娘とてはなき、身の上の気散じは、今より后の我世界を、破れひさしの月にうそぶき、菜の花に、笑ふて暮さむ可笑おかしさよ。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
これを文庫と書斎と客間とにてて、万足よろづたらざる無き閑日月かんじつげつをば、書にふけり、画にたのしみ、彫刻を愛し、音楽にうそぶき、近き頃よりはもつぱら写真に遊びて、よはひ三十四におよべどもがんとしていまめとらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
其村そこは前にも泊った所で、前に泊った時分には虎のうそぶいて居る声を聞いて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
土堤を降りた向側は山大に松倉、鋳物工場らしく、ハンマーの音が高らかに響き、エンジンが陽気にうそぶく。松金の赤煉瓦だけが死骸の様に沈まり返っていた。髪毛かみのけ一すじ程の煙りも吹き上げない。
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
築地つきぢ二丁目の待合「浪の家」の帳場には、女将ぢよしやうお才の大丸髷おほまるまげ、頭上にきらめく電燈目掛けて煙草たばこ一と吹き、とこしなへにうそぶきつゝ「議会の解散、戦争の取沙汰とりざた、此の歳暮くれをマアうしろツて言ふんだねエ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
邸境やしきざかひになつてゐる杉林に沿つたところを犂返へしてゐる一人の中年の男が、それに答へるやうに、何かでひど咽喉のどられてゐる皺嗄声しわがれごゑで、「何だつてまだ耕作しごとには時節が早過ぎるわ。」とうそぶいた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
羸鶴るゐかく寒木につまだち、狂猿古臺にうそぶく——といつた風格、貧苦病苦と鬪ひながら、朝夕に藝道をいそしむ、このいみじき藝術家に對する尊敬と畏怖との念が、一枚一圓の筆記料の欲しさもさること乍ら
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
門を出づれば禅林にうそぶく風が、「え」と言うが如く聞える。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
真実の天才なればこそ俗人達には容れられぬものだとうそぶいた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
猛々たけだけし群虎の月にうそぶくをけたるがひとり澗水たにみづなめぬ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
巨大の河馬かばうそぶきて、波濤はたうたぎつる河の瀬を
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
君のうめきは細枝さえだをふるはし、低い空をうそぶかう。
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)