かえ)” の例文
しかれどもこの法律はかえりてますます政論派を激昂せしめ、天下の人をしていよいよ政府の圧制を感知せしめたるの状なきにあらず。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
私は彼女たちの前を出来るだけ早く通ろうとして、そのためかえって長い時間かかって、心臓をどきどきさせながら通り過ぎて行った。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ふと筆をおいて、疲れた体を後へ引っくらかえると、頭がまたいろいろの考えに捉えられて、いつまでも打ち切ることが出来なかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
支那でも斉の桓公孤竹国をち春往き冬かえるとて道を失うた時管仲老馬を放ちて随い行きついに道を得たという(『韓非』説林上)。
こういうお種の顔色には、前の晩に見たより焦心あせっているようなところが少なかった。その沈んだ調子が、かえって三吉を安心させた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
のみならず彼等のうちの何者かが、彼には到底及ばなくとも、かなり高い所まで矢を飛ばすと、かえってその方へ賛辞を与えたりした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いやに逃げるじゃないか」と執念深い刑事はかえってからみついてきた。「ところで一つたずねるが、赤ブイ仙太を見懸みかけなかったか」
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「え、小三郎さんは、父さんの——三文字屋久兵衛の血をわけた本当の子だったんです。私こそかえって義理のある娘だったんです」
「道」は道教徒の愛する象徴りゅうのごとくにすでにかえり、雲のごとく巻ききたっては解け去る。「道」は大推移とも言うことができよう。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
昨日今日、今までも、お互に友と呼んだ人たちが、いかに殿の仰せとて、手の裏をかえすように、ようまあ、あなたにやいばを向けます。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
てついた道に私たちの下駄を踏み鳴らす音が、両側の大戸をめきった土蔵造りの建物にカランコロンとびっくりするようなこだまかえした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
さきに陸上の浜手隊をあげて新田軍を追いしたって行った少弐頼尚よりひさからのかえり伝令の報告などをききながら、寸時の休息をとりかけていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯だ尾根が頂上と連絡するあたりが残雪の少ない年には、かえって多少面倒であるかも知れぬが、勿論大したことはあるまい。
越中劒岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
かえって新聞記事から教えられるという事は、いかにも皮肉な事であるけれども、その通りなのだから、どうも仕方がない。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
竹中啓吉が冷笑をうかべて、なにか云いかえそうとしたとき、この家の女中がはいって来て、竹中になにか耳うちをした。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
繰りかえしを彼らは迷う事なく選ぶ。進展がないとそしる人があるかも知れぬが、その代りあのひいでた初期の作物に並び得るものを今も無造作に造る。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かえって視線のやり場に困った鬱陶うっとうしい顔をしているのをみると、あなたは、面をせ、くるりとうしろを向き、ひとりで、バスに乗ってしまった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
情熱、確信という点においては聴衆以上であるとしても、話すことの内容はかえって聴衆の知識よりも貧しいであろう。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
僕ハ俯向キニ寝テイル妻ノ体ヲモウ一度仰向キニ打チかえシタ。ソウシテシバラク眼ヲモッテソノ姿態ヲむさぼリ食イ、タダ歎息シテイルバカリデアッタ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まあまあだまっているにくはなしと覚悟をきめて、かえって反対の方角へとかじをとった。余は正直に生れた男である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
以前に捩上げたる下役の腕をかえして前へ突放したからたまりませぬ、同役同志鉢合はちあわせをして二人ににんともに打倒れました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
声は呼んだその人の耳へかえって響いた。しかし答は何処どこからも起らなかった。外はただサアッと雨が降っている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
独り洋外の文学技芸を講究するのみにてその各国の政治・風俗如何いかんつまびらかにせざれば、仮令たとひ、その学芸を得たりとも、その経国けいこくの本にかえらざるをもつて
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
その式には白粉おしろいを神像の顔に塗ることあり。大同の家には必ずたたみ一帖いちじょうしつあり。この部屋へやにてよるる者はいつも不思議にう。まくらかえすなどは常のことなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
形こそ変れ、程度こそ異なれ、木を斬罪ざんざいにし、牛を絞刑こうけいにし、「子のあたまぶった柱」を打ちかえす類の原素は、文明の刑法にも存してしかるべきものである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
成程なるほど地球の引力で物が下にじっとしているのだが、もし地球の運転が逆になったらかえって宙を飛ぶのが並のもので下にじっとしているのが怪物ばけものになるかも知れない。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
かえってここでなんとか家のゴタゴタを受け流して、二階で日なたぼっこでもしていた方が、万事につけて安静の治療が続けられそうだということがわかりました。
(『淮南子えなんじ』に曰く、「精神は天の有なり。しかして骨骸こつがいは地の有なり。精神はその門に入り、しかして骨骸はその根にかえる。われ、なおいずくにか存せん」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この蟷螂かまきり少からず神経性だと見える。その利鎌を今度はた振り右と左でくうかえす、そのつかを両膝にしかと立てると、張り肱の、何かピリピリした凄い蟀谷こめかみになる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それは丸味を帯びた広いひたい白毫びゃくごうの光に反映せられ、かえつて艶冶えんやを増す為めか、或ひはそれ等の部分部分にことさら丹念に女人の情を潜ませてあるのか、かく
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
あの自信のない臆病おくびょうな男に自分はさっきびを見せようとしたのだ。そして彼は自分がこれほどまで誇りを捨てて与えようとした特別の好意をまなじりかえして退けたのだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
近習医に任ぜられてからは、詰所つめしょ出入いでいりするに、あしたには人に先んじてき、ゆうべには人に後れてかえった。そして公退後には士庶の病人に接して、たえむ色がなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「われ地に平和を投ぜんためにきたれりと思うな、平和にあらず、かえって剣を投ぜん為に来れり。」
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「この通り一から十まで話が分っているので、士族平民の件は、狐につまゝれたような心持がしましたが、そこは悧巧りこうな人丈けに大勢たいせいを見て取っててのひらかえすように……」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
辞しがたくて、一振りゆるゆるそでかえす春鶯囀の一節を源氏も舞ったが、だれも追随しがたい巧妙さはそれだけにも見えた。左大臣は恨めしいことも忘れて落涙していた。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
とホームズは椅子にかけたまま後ろにそりかえって、細めた目で私を鋭く見つめながら云った。
なんじはことごとく罪孼つみうまれし者なるにかえって我らを教うるか、ついに彼を逐出おいいだせり、彼らが逐い出ししことを聞き、イエス尋ねてこれに遇いいいけるは、爾神の子を信ずるか
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
音もない風が、梢から転び落ちると、恰度ちょうど跼み込んだ女生徒のスカートを、ひらりとかえしたのです。ハッとした秀三郎は、僅かの間でしたが、眼頭めがしらの熱くなるのを感じました。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
背の高い痩ぎすな男は、それを見るとわっと叫んでのけぞるように身をかえして逃げだした。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あかつきの夢のいまだめやらぬほどなりければ、何事ぞと半ばはうつつの中に問いかえせしに、女のお客さんがありますという。なんという方ぞと重ねて問えば富井さんと仰有おっしゃいますと答う。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
自分が声明した通りであった。部隊の死傷百余人である。中備小野和泉入替って戦うたが易く破れる気色もない。かえってまた危く見えた処に宗茂二千の兵一度にときを挙げて押し寄せた。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かえって非道くなってしまって、弓のようにそりかえりますので、そのまま神田の脳病院に入れて、寝台へ革のバンドで縛付けておきますと、その革のバンドを抜けようとして藻掻もがいた揚句あげく
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頑児虚弱にして狂暴、もとより人の数の中にらざるも、天下かえって虚名を謬聴し、認めて豪傑と為す者有り。さきに愚論数道を以て、これを梁川緯に致せしに、緯、ひそかかみ青雲の上をけがす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「平太郎。口から出まかせをいうと、かえっておめえの、おとがめが重くなるぜ」
自分の心象を綴るに恋々れんれんとしている私の心をもう押えることは止めにしましょう。低徊ていかい逡巡しゅんじゅんする筆先はかえって私の真相をお伝えするでしょう。調ととのわぬ行文はそのまま調わぬ私の心の有様です。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
みずからかえりみてなおからば千万人といえども、吾れかんとの独立自重じちょうの心は誰人たれびとにもなくてはならぬけれども、いわばどちらでも好いことに角立かどだてて世俗に反抗するほどの要なきものが多い。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
併しかえって急速に、近頃になって再び新らしく起って来たのであった。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
松が来て私はうんざりして了ったが、雪江さんはかえって差向さしむかいの時よりはずみ出して、果は松の方へ膝を向けて了って、松ばかりを相手に話をする。私は居るか居ないか分らんようになって了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
中を注意したがる自分の視線をしかかえして歩くように気をつけたが
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛とうつうを感じてきたのは、かれみずからにもよくわかった。ふくらはぎのところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛ではなく、ちょうどこむらがかえった時のようである。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)