くる)” の例文
「東京の靴屋へ送りたいと思つて……」内田氏はくるみかけた小包をまたほぐして、そのなかから穿き減らした靴を取り出して見せた。
お葉はその紙入から札と銀貨を好加減いいかげんに掴み出して、数えもせずに紙にくるんだ。これ懐中ふところ押込おしこんで、彼女かれも裏木戸から駈け出した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は古新聞紙の一片に自分の餌をくるんで来たのであったから。差当って彼も少年らしい当惑の色を浮めたが、予にも好い思案はなかった。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は子供を毛布にグルグルとくるんで、顔ばかり出し、口には出来るだけ柔かに猿轡をはめ、乳母を手伝わして脊中せなかへしっかと結び付けた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
初手しよて毛布けつとくるんで、夜路よみち城趾しろあとへ、とおもつたが、——時鳥ほとゝぎすかぬけれども、うするのは、はなれたおうらたましひれたやうで
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
先刻さっき帯の間へくるんだままの時計を出して見ると、もう八時過ぎであった。私は帰ったなりまだはかまを着けていた。私はそれなりすぐ表へ出た。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愛犬を品評するというよりもむしろ豪華な毛皮にくるまってそこに集まる貴婦人たちの服装の品評会であろう、なぞとゴシップせられるほど
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
事務員が、日当りの悪い三畳のに、薄い蒲団にくるまって、まだ寝ているうちに、叔父は朝飯の箸も取らずに、蒼い顔をして出かけて行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……身体じゅうずきずき痛んで顫えがやまぬ今こそ、小屋へはいって寝た方がいいのだが、小屋にはくるまるものもなく、川岸にいるより寒いのだ。
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「あの三ピンを、引っくるんでなますに刻んでしまえ! しかし殺しちゃアいけねえ。止どめはお若衆に刺させろ! やれ!」
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
暗い中に嬰児あかごの泣き声がして女はお産をしたのであった。飛脚は嬰児を抱きあげてそれを衣服きものくるんだ。嬰児は無心に手の中でぐびぐびと動いていた。
鍛冶の母 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところが犯人は、そういう最も安全な方法を択ばないばかりでなく、現在見るとおり木乃伊ミイラみたいにくるんでいて、不可解な防温手段を施しているんだよ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やがて呼鈴ベルが鳴つて幕が上つた。アーチの内部に、矢張りロチスターが一緒に選んだサー・ジョオジ・リンの大きな身體が白い敷布にくるまつて見えた。
そして、襟巻にくるまった小ボブ——実際彼には慰安者((註、原語では襟巻と慰安者の両語相通ず。))が必要であった、可哀そうに——が這入って来た。
鼈四郎のような生活の些末さまつの事にまで、タイラントのとげが突出ている人間に取り、性抜きの薄綿のような女はかえって引懸りくるまれ易い危険があったのだった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
暫くして赤ん坊がどうやら眠ったらしいので、彼女は赤ん坊の手足をのばして、暖くくるんでやってから、そうっと椅子へ腰をおろすと、涙がしきりに込みあげて来た。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と御機嫌を直しながら、旦那様は紫袱紗をほどいて桐の小箱の蓋を取りました。白絹にくるんだのを大事そうに取除とりのけて、畳の上に置いたは目も覚めるような黄金きんの御盃。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もし取り外しができるものならその「掌」をやわらかい真綿か何かへシッカリとくるんで、寝ン寝ンよおころりよと子守唄歌いながら毎晩抱きしめて添い寝してやりたかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
濃紅姫は不図ふと気がついて眼を開いて見ますと、自分はいつの間にか、今まで見た事もない美しいへやの真中に寝台ねだいを置いて、その上に白い布団にくるまって寝かされております。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
斯様に盲人に成った姿を見たら嘸嘆くことだろうから、今晩は帰る方が宜しいと、百両の金をそっと寝巻にくるんで、コソ/\帰ろうと致しまする処へ、音羽が合口を持って
眼の醒めるような派手な柄の友禅にくるまっているのが、なんと愛らしい事だ。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
海近く育ちて水に慣れたれば何のこわいこともなく沖の方へずんずんと乳のあたりまでずるを吉次は見てふところに入れし鼈甲べっこうくし二板紙にくるんだままをそっとたもとに入れ換えて手早く衣服きものを脱ぎ
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
葉マキ虫の葉をつゞりてぬる如く、一同皆蒲団ふとんくるまりて一睡す。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
私はそこで毛布にくるまれて、死んだようになって眠っていた。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
馬衣に身をくるんで、一日ぢゆう祈祷に過したからである。
癪気しゃくきと見て紙にくるんで帰り際に残しおかれたよだれの結晶ありがたくもないとすぐから取って俊雄の歓迎費俊雄は十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮ともうかれ四十八の所分しょわけも授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙のいじらしいを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
そのうちの一人が何心なにごころなく土産物のくるんであつた新聞紙を手に取つて見た。新聞紙は奈良のものだつたが、矢張り新しい事が載つてゐた。
起きるのに張合がなくて、細君の、まだ裸体はだか柏餅かしわもちくるまっているのを、そう言うと、主人はちょっと舌を出して黙ってく。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒔繪まきゑではあるが、たゞ黒地くろぢ龜甲形きつかふがたきんいただけことで、べつたいして金目かねめものともおもへなかつた。御米およね唐棧たうざん風呂敷ふろしきしてそれをくるんだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
綿にくるんで燦然さんぜんたるダイヤ、青玉サファイヤ紅宝石ルビー蛋白石オパール黄玉トパーズ土耳古石ターコイズ柘榴石ガーネット緑玉エメラルド……宝石の山! 金も白金も眼眩めくらめかしく一杯に詰まっている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
メイ・ハルミの手を経て横浜から買った、ヤンキイ好みの紺にうすめな荒いしまのある例の外套がいとうくるまっていたが、髪もそそけ顔もめっきりやつれていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのうえ駒下駄こまげた裏合うらあわせにして新聞でくるんで作った枕の痛みも頭にあって、たしかに宵に寝たままの姿であった。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
諸大名方へのお出入りも出来、内弟子外弟子ひっくるめると、およそ千人の門弟が瞬間またたくまに出来上ってしまいました。
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は子供をしっかと上衣うわぎくるんで、ひしと抱きしめながら、絹半巾きぬハンケチを丸めて早速の猿轡さるぐつわとし三階へ駈け上った。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
同じようなのが二枚出来たところで、味噌の方を腹合せにしてちょっと紙にくるんで、それでもう事はりょうした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やはり大きな長靴をはいた、小さな姪のアクーリカもいる。アレクセイは一杯機嫌だ。ヴァニカは笑っている。アクーリカの顔は見えない。すっかりくるんである。
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
寒風に吹きさらされて、両手にひびを切らせて、紙鳶に日を暮した二十年ぜんの小児は、随分乱暴であったかも知れないが、襟巻えりまきをして、帽子を被って、マントにくるまって懐手ふところでをして
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
紋兵衛はそこで海苔を一枚焼かして、その飯だけの鮨を海苔にくるんで食べてしまった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
独言ひとりごとを云いながら金包を手拭にくるんで腹掛のどんぶりに押込み、腕組をして、女と一緒だからまだ其様そんなに遠くは行くまい、田圃径たんぼみちから請地うけち堤伝どてづたいに先へ出越せば逢えるだろう
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
黒いメリンスの風呂敷にくるまった十しょくの電燈が、眼の前にブラ下がっている。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
肩に背負つた風呂敷包には、二宮金次郎の道徳のやうな、格安で、加之おまけに「おめのいい」石鹸しやぼん白粉おしろいがごたごたくるまれてゐた。
後悔をしても追附おっつかない。で、弦光のひとり寝の、浴衣をかさねた木綿広袖どてらくるまって、火鉢にしがみついて、肩をすくめているのであった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一年のうちで、七、八の二月ふたつきをその中にくるまれて、穴に入ったへびのようにじっとしているのは、私に取って何よりも温かいい心持だったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母親は、喧嘩けんかの時は、そのことも言い出したが、不断は忘れたようになっていた。父親はくしなど薄い紙にくるんで来て、そっと鏡台の上に置いてくれなどした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
菊江は白い小さな歯をした青年の口元を浮べたところで、己の足がもう野菜店やおやの店の中へ入っているので、驚いて三個の褐腐こんにゃくを買って、それを手巾ハンカチくるんで出た。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると私はこの辺一体——もちろん砂丘も引っくるめて土地の低いのに気が付いた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
土耳古帽トルコぼう堤畔ていはんの草に腰を下して休んだ。二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、たもとから白いきれくるんだ赤楽あからく馬上杯ばじょうはいを取出し、一度ぬぐってから落ちついて独酌どくしゃくした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まア結構けつこうなおくすりいたゞくのみならず、お料理れうり残余物あまりものまでくだされ、有難ありがたぞんじます、左様さやうならこれへ頂戴ちやうだいいたしますと、襤褸手拭ぼろてぬぐひくるんであつた麪桶めんつう取出とりだして、河合金兵衛かはひきんべゑまへ突出つきだすのを
御婦人のある場所をえぐり取ったとみえて、これも白くカラカラに乾干らびきった皮膚が、ただ一掴みの毛だけはそのままに綿にくるまって出てまいりました時には、その場におりました者七
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ここにいてもくるまるものはないが、せめても焚火ぐらいはできる。……
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)