きずつ)” の例文
綽名の通りカンの強い彼は、脅迫おどしのために人をきずつける場合でも、決して生命いのちを取るようなヘマをやらないのを一つの誇りにしていた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何故と云って、彼女の死体は殆ど腐敗していた上に、腹部が無残にきずつけられ、腐りただれた内臓が醜く露出していた程であったから。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
同じ迷信と言うなら言え。夫婦仲睦なかむつまじく、一生埋木うもれぎとなるまでも、鐘楼しょうろうを守るにおいては、自分も心をきずつけず、何等世間に害がない。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは何事によらず物の本性ほんせいきずつけることを悲しむ傾があるから、外国の文学は外国のものとして之を鑑賞したいと思うように
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしが、男性に対する意地と反感とでしたことが、男性をきずつけないで、却つて女性、しかもわたしには、一番親しい、一番愛してゐる貴女を
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
或はそれ以上にきずついたかの女の心を蘇らせて呉れるためにそこにあらはれて来たものであるのかといふことがひとり手にわかつた。
波の音 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
…………きずつく者はなはだおおし。溺水できすいして死する者的数てきすうを知らず。故にあえて枚陳せず。ただ二賊首をもって東門に斬懸し、もって賊衆を
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
悪魔とは神様の御恩を忘れたばかりでなく、お互いにあやめ合ったり、きずつけ合ったりする時の、人間の心をさして云うものなのだよ
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
糊付のりづけにしてしまいます、こうすると、ガラスで手をきずつけたりすることもなく、少し位い取り落しても、こわれる事はありません。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
小杉卓二の狂暴なゴリラの手は、執拗に由紀子を追って、由紀子の着物は滅茶滅茶に裂かれ、髪もむしられ、肌もきずつけられました。
ただの一度の仕合にきずつきて、その創口きずぐちはまだえざれば、赤き血架はむなしく壁に古りたり。これをかざして思う如く人々を驚かし給え
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さァ苦しゅうない、寝間衣ねまきの上からでは思うように通るまい、肌襦袢じゅばんの薄い上から、爪痕立て、たとえ肌をきずつけようと好い程に」
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
だから血管へ触らないように外の臓腑へきずつけないように注意して押分けて行って下の睾の膜皮を破ると前の通りな白い睾が見える。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
思いあまって我と我身をきずつけようとした娘らしさ、母に見つかって救われた当時の光景さま、それからそれへとお種の胸に浮んで来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
われいまだかれを見しことなければ、もし過失あやまちての犬をきずつけ、後のわざわいをまねかんも本意ほいなしと、案じわづらひてゐけるほどに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
こん度は現代語で、現代人の微細な観察を書いて、そして古い伝説のあじわいきずつけないようにして見せようと、純一は工夫しているのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
更に父と知らずして父をきずつけた。お葉が形見の山椿の枝を抱えて、一旦はその場から姿を隠したが、流石さすがに遠くは立去たちさらなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三百円やそこらの端金はしたがね貴方あなたの御名誉をきずつけて、後来御出世の妨碍さまたげにもなるやうな事を為るのは、私の方でもして可好このましくはないのです。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ヴァレリイの言葉、——善をなす場合には、いつもびながらしなければいけない。善ほど他人をきずつけるものはないのだから。
美男子と煙草 (新字新仮名) / 太宰治(著)
或いは何とも知れぬ原因でつまずいたり落ちたりしてきずつきまたは死んだ。永遠に隠されてしまって親兄弟を歎かしめることもある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
処女の神聖をがさん為めに準備せられた此の建物が、野獣の汚血をけつまみれたのは、定めて浅念なことでせう——きずつけるものの為めには医師を
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
何分なんぷんのち、あの羽根をきずつけた山鳩は、ずまたそこへかえって来た。その時もう草の上の彼は、静な寝息を洩らしていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
セエラのきずついた心臓は、ちょうどたかぶっている時でしたので、こんな物のいいようも知らない人からは、早くのがれた方がいいと思いました。
この人は米国有名の政治家で、の南北戦争のときもっぱら事にあたって、リンコルンの遭難と同時に兇徒にきずつけられたこともある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は——彼を愛してはゐなくとも、深い友情を持つてゐる私は——いちじるしい省略しやうりやくに傷けられた。涙が湧く程ひどくきずつけられた。
この上死者の心をきずつけたくない、汚したくない。しかしそんな気持などにはまるで頓着なく夫人はノートを久子さんに返しながら云うのだった。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「本員は決して悪意で申したのではない。しかしゆえなく淑女の名誉をきずつけたるのみならず、みだりに議場を騒がしたる罪は謹んで陳謝いたします」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
我は嘗ていにしへの信徒の自らむちうち自らきずつけしを聞きて、其情を解せざりしに、今や自らその爲す所にならはんと欲するに至りぬ。
やがて、二晩の野宿の挙句あげく、彼はきずついた兄の家族と一緒に寒村の農家に避難する。だが、この少女だけは家に収容しきれず村の収容所に移される。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
頭髪かみみだしているもの、に一まとわない裸体はだかのもの、みどろにきずついてるもの……ただの一人ひとりとして満足まんぞく姿すがたをしたものはりませぬ。
(当時、私は若い新参者で、未だ、病院内の一切の事に無経験だったから、精神は白紙のようにきずつき易く、印象は墨の斑点のように明瞭であった。)
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
焦燥あせつてほりえようとしては野茨のばらとげ肌膚はだきずつけたり、どろ衣物きものよごしたりにが失敗しつぱいあぢめねばならぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼女にはわずかにその輪廓りんかくだけしか想像されずにゐた長い争闘によつてきずついた青年がそこによこたはつてゐた。彼女はあわれむやうに青年の姿を改めて見直した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
何んとならば実は一たびその語原を識れば、どうも彼れの美名がきずつけられるような気がしてならないからである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それが血のように赤く鮮明に印象されることは、心のきずついた空虚の影に、悔恨の痛みを抱きながらも、悲壮な敗北の意気を感じさせずにいなかったろう。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかし藤屋氏は、しも私が今後の生活上でこの像の処置に迷った場合には、経川の自信をきずつけることなしにいつでも引きとることを私に約した人であった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
冗談よりほかの意味はありようもなく云った言葉が、重吉をそんなにきずつけたことが、ひろ子をおそれさせた。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
由紀子は暫くの間、自分もビスケットを食べながら、一度はきずついたことのある肺臓へ、今はふっくりとした胸壁を上下させながら、春の空気を思う存分呼吸した。
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その浄明じゃうみゃうの天上にお連れなさる、その時火に入って身の毛一つもきずつかず、水にくぐって、羽、ちりほどもぬれぬといふ、そのお徳をば、大力とかう申しあげるのぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
こういう事をいうとそれは居士の人格をきずつける議論だという人があるかも知れぬ。私はその議論にくみしない。居士はその位の用意は常に忘れなかった人である。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ヨブのこれらのことばに彼らはそのほこりきずつけられ、そしてエリパズはその返報としてヨブを責めるのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
最近の戦争が甚しくそれをきずつけ、戦後の種々の不用意な施設と思慮の足らぬ言論とが更に別のしかたでそれを破壊しようとしたが、なお全く破壊せられてはいない。
もっとも書はどうでもいいと思う気持ちがあるからだが、詩や歌は本芸だとしているからね。酒の時はまた酒だけでいい。でないと酒の美徳をきずつける、とこうなる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
心洵に神にあこがれていまだその声を聴かざるもの、人知れず心の悩みに泣くもの、迷ふもの、うれふるもの、一言すればすべて人生問題につまづきずつきて惨痛の涙を味へるもの
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
貴下あなたは一体どなたです。無垢むくな人間を捉えて、勝手に人をきずつける様な権利でもお持ちなんですか」
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
この子供が生きている間は、貴方はあたしのふところから脱けだすことができないんですわ。あたしは、あなたの地位をきずつけなくてすむもっとよい方法も知っていますのよ。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
文学は直接ぢかに思想を取扱ふものだけに、財産として自分のうちの土蔵にしまつておく事が出来ないばかりか、どうかするとそれをもてあそんでゐる者の手をきずつけるからである。
私はきずついた足で、看守長の睾丸を全身の力をめて蹴上げた。が、食事窓がそれを妨げた。足は膝から先が飛び上がっただけで、看守のズボンに微に触れただけだった。
牢獄の半日 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
しかし、蕃人の習慣として、厚意のもとに酒食を饗応しようとする時、相手がそれを受けつけないと、自分がきずつけられたような気もちになって激怒するのが一般である。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
……都の奴等やつらと来たら、全く軽佻浮薄けいちょうふはくだ。あのような惰弱だじゃくな逸楽に時を忘れて、外ならぬうぬが所業で、このやまとの国の尊厳をきずつそこねていることに気がつかぬのじゃ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)