わき)” の例文
叔父の家は広い植木屋の地内で、金目垣かなめがき一つ隔てて、じかにその道路へ接したような位置にある。垣根のわきには、細い乾いたみぞがある。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
荒い格子に瓦家根、右の方は板流し! 程よい所に石の井戸、そうかと思うと格子のわきに朝熊万金丹取次所と金看板がかかっている。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鳥居の台石へ腰をかけた竜之助、たいを横にして、やや折敷おりしきの形にすると、鳥居わきを流れて石畳の上へのめって起き上れなかった男。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たつた一輛残つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、かじの折れた其俥は、遂この頃まで其家そこの裏井戸のわきで見懸けられたものだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
折角せっかく命懸けで頂戴した品物をよ。仮令たとい蜜柑の中へ押込んだとしてもよ。誰に拾われるか分りもしねえ線路のわきなぞへ抛られるものかね。
指環 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分は仕方なしに東京の番地と嫂の名を書いて、わざとそばに一郎さいしたためた。同様の意味で自分のわきにも一郎おとととわざわざ断った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いいえ。……それには違いありませんが、今では、西塔の堂衆で、朱王房という悪魔です。そのわきに立っている高札をごらんなさい」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こは彼等海に浮ぶをえざるによる、すなはち之に代へてひとりはあらたに船を造り、ひとりはあまたの旅をかさねし船のわきを塞ぎ 一〇—一二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
検校はだしぬけに鼻でもつままれたやうに、顔中をくしやくしやさせた。そして富尾木氏のわきに坐つた相客の方へ首をぢ向けた。
れい御神鏡みかがみがいつのにかえられてり、そしてそのわきには、わたくしはは形見かたみの、あのなつかしい懐剣かいけんまでもきちんとせられてありました。
貫一も彼のあるじもこの家に公然の出入でいりはばかる身なれば、玄関わきなる格子口こうしぐちよりおとづるるを常とせり。彼は戸口に立寄りけるに、鰐淵の履物はきものは在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
お庄は落ち着かないような心持で、勝手口のわきの鉄の棒のはまった出窓にもたれて路次のうちを眺めていた。するうちに外はだんだん暗くなって来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、玄関からすぐに階段、右手が八畳の座敷、それと反対に、左手の台所へ通ずる廊下わきの、四畳半の女中部屋だけが、何だか薄暗くて陰気だった。
白血球 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そこで木樵きこりはすぐ白犬と斑犬ぶちいぬとを、両方のわきにかかえたまま、黒犬の背中に跨って、大きな声でこう云いつけました。
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は、父がわき腹を刺され、首を半分斬り落されて倒れている姿を見ました時、たとい一命は捨てても、敵に一太刀報いたいと決心したのでございます。
仇討禁止令 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
相島はわきにあつた籃を引寄せて、其の中から皮の色の見事に紅い林檎を選んで、器用に皮をむいて口に入れるとさく/\と渇いた人の樣に噛んで居たが
半日 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
離室はなれの床のわきに飾って、間がな隙がな、其処へ入り込んでは、飽くことも知らず人形とたわむれて居るのです。
そのなんでごぜえます、王子の在におりょうがあるので、その庵室あんしつ見たような所のわきの、ちっとばかりの地面へうちを建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合せて極りわるげににわかにわきを向いた。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そのわきに、私の手さげの鞄が風呂敷包と一緒にさびしく調和せずに置かれてあるのを私は目にした。
北京の一夜 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
というので、私も好奇心につられて、すぐに行ってみると、それは花園橋わきの材木置場のすぐそばにある、一寸ちょっと太いかしわの木なので、蔓下つるさがってるのは五十ばかりの老人であった。
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
こりゃドウもこまったことが出来た、とても鉄砲洲までは行かれないと思うと、和泉橋のわきに辻駕籠かごが居たから、その駕籠屋に鉄砲洲まで幾らで行くかと聞たら、三しゅだと云う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
くせ直しのきれ丁寧にたたんではいっている。そのわきに二三本のけすじたてに。びんぐしが横たわりてあれども。あたりはさすがに秩序整いて。取りちらしたるものもなし。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
青空色の翅を持つた美しいじやのめてふは、初めは見すぼらしい、毛深い、毛虫であつたし、美しいあげはのてふは黒い横縞の通つた、わきに赤い斑のある青虫であつたのだ。
文字もじはやがてみゝわきおそろしきこゑもてさゝやくぞかし、一通いつゝうもとふるへて卷收まきをさめぬ、二通につうおなじく三通さんつう四通しつう五六通ごろくつうよりはすこかほいろかはりてえしが、はつ十通じつゝう十二通じふにつう
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
高い鼻のかげで頬のうえに奇妙なかげをつくり、顔はびっくりするほど小さくなって、透きとおるような蒼白い手が、にぎる力もないように、ぐったりとわきに垂れさがっていた。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
荒物屋の中から、顔を赤くした百姓が飛び出して来て、牝馬をわきの方へ引張って行った。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
三等客は皆甲板かふばんに載せられるのでたれも手荷物をわきに置いて海を眺めながら腰を掛けた。船員や乗客じようかくの間に英語が交換されるので、外国語を知らぬ自分にもにはかに言葉の調子が耳つ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
女は夜具のわきにぬぎ捨てた旅館の浴衣を身にまとひながら、障子をあけて廊下へ出た。
男ごゝろ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
微かにつぶやきながら、一、二度痙縮けいしゅくしました。そして片一方の腕をだらりと卓子テーブルに垂れ、呼吸はだんだん平らになって、顔色はしだいに蒼ざめ、鼻のわきに青筋が現われて来ました。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
こう云って、父は、露出むきだしにしてある手を挙げてテーブルわきの一つの椅子を指差した。そのようすは年に似合わずいかにも元気に見なされた。老医師はあらかじめ自分でそれと知っていた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
第五号教室のピヤノのわきに人待ち顔なる大丸髷おほまるまげの若き婦人は、外務書記官菅原道時の妻君銀子なり、扉しとやかに開かれて現はれたる美しき姿を見るより早く、嬉しげに立ち上がりつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
が、今度の幽霊はどの帷幄を引き寄せて這入って来るだろうかと、それが気になり出すと、どうも気味悪い寒さを背中に覚えたので、彼は自分の手でそれ等の窓掛を残らずわきへ片寄せた。
名指なざしにせしが此度も又大膳だいぜん對面たいめんなさんか否々いや/\若し山内伊賀亮がわきより聞てさとらば一大事なりさらば此度は伊賀亮を名指なざしにてかれに對面してあざむおほせん者をと工夫くふうこらやがて八山の旅館りよくわんに到り案内を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そうして誰だ! と一声叫びながら、紙幣束さつたばをとり返そうとして手をのばす。夢中になって森木はわきにあったピストルをとるより早く、のしかかるように子爵の頭部に銃口を押つけて一発放った。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
お光は今迄にもまして人中ひとなかに出るを厭がり、男などが戯言ざれごと云いかけても、ふいとわきを向いてしまう。其のかわり両親ふたおやには今迄にもまして孝行をする。口数はきかないが、それはそれはこまかに心をつける。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
寝台のわきには、三稜の立鏡台があり、洗滌器や、壁にはいろいろな酒を入れた、護謨製用具カポー・タングレーがいくつとなく吊してある。窓は、内側からかたく鎖されていて、は押しても引いても開こうとはしない。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
泉原は死骸のわきにつきゝって、何呉なにくれとなく世話をやいた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「ここはキングス・パイランド調馬場のすぐわきです」
まるで頭のわきを何かがかすって行くような音である。
しか陳ずればグローコス、背かず絶えてわき向かず
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
これは代田だいだ街道かいどうわきの墓地に葬られました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
岸本が毎日食堂で見る顔触かおぶれは、産科病院わきの旅館から通って来る柳博士に隣室の高瀬の二人で、若い独逸ドイツ人の客は最早もう見えなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
駕籠わきに二人の武士がいる。そうして駕籠の背後うしろからはさも重そうに荷を着けた二頭の馬がいて来る。遠い旅へでも出るらしい。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
向うの方に大きな竹籃たけかごのようなものが二つ三つ浮いていたので、蛸ばかりでさむしいと思った叔父は、船をその一つのわきぎ寄せさした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
型の通りな鯨幕が一文字に張ってあるわきには、小屋主こやぬしの楽屋らしい蓆囲むしろがこいが見え、その前には一本の棒杭を打って、新木の尺板に墨黒々と
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
修行時代しゅぎょうじだいには指導役しどうやく御爺おじいさんがわきから一々面倒めんどうてくださいましたかららくでございましたが、だんだんそうばかりもかなくなりました。
そっとわきに置き、その女文字の一通を読んでみると、それはお松からの手紙でありましたから、兵馬も我を忘れて読まないわけにはゆきません。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
来客の後と見えて、支那焼の大きな菓子鉢に、マスマローと何やらがうずたかく盛つて、煙草盆のわきにあるのが目に附く。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そこへ突然鳴り出したのはベツドのわきにある電話だつた。僕は驚いて立ち上り、受話器を耳へやつて返事をした。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)