にわ)” の例文
島原方の農民一揆勢は天草方と合流し籠城してのちに自然に宗門に帰依きえしたもので、その信仰は行きがかりのにわかづくりであったし
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それと同時に、林の中はにわかにばさばさ羽の音がしたり、くちばしのカチカチ鳴る音、低くごろごろつぶやく音などで、一杯いっぱいになりました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それを聞くと社員達はにわかに色めき立った。社長の宅へ工場などへ電話をかけるものもあった。死体の所へかけつけるものもあった。
ところがこの戦いは菊池軍に不利であることを示し給う神慮のために、武時の乗馬が鳥居の前でにわかに四足を突張って後退し始めた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あんた、今頃まで何してゝん!」———と、さう云ふ声がにわかに耳のハタで聞えて、福子のイキリ立つた剣幕があり/\と見える。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
博士を監視していた五十七ヶ国のスパイは、いずれも各自の胸部きょうぶに、貫通かんつうせざる死刑銃弾の疼痛とうつうにわかに感じたことであった。
へへへへ、ではどうか、御ゆっくりおやすみを……へえ、へえ、にわ盲人めくらとちがいますから、手を引いて下さらなくても大丈夫です……
按摩 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そしてこの一団——シップの開墾小屋から浜づたいのみちをやって来たにわか仕立の人夫どもは、与えられた各自の役目を思いだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
子女の教育に対する国民の自覚がにわかに尖鋭となり、その権利を立派に行使するだけの実力が国民に備わって行くことを私は予断します。
日本ですらそうでありますから、今にわかにパリで季の事を言った所で、それが人々に受け入れられるということは無理な註文ちゅうもんであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
こう思うと、播磨はにわかに力強くなった。彼は勇ましい声で十太夫と権次とを呼んだ。そうして、自分が切腹の覚悟を打明けた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ここでも爺婆はにわか長者になったという話、これで少なくとも正月二十三夜の祭の、どうして始まったかが考えられるのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あらたまつてのはなしとは何事なにごとだらうと、わたくしにわかにかたちあらためると、大佐たいさ吸殘すひのこりの葉卷はまきをば、まど彼方かなたげやりて、しづかにくちひらいた。
かかる折から月満ちけん、にわかに産の気きざしつつ、苦痛の中に産み落せしは、いとも麗はしき茶色毛の、雄犬ただ一匹なるが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
その行き先を耳に入れて、にわかに狼狽ろうばいし出したのは、今のさき、うしろ暗い事なぞ毫もないと、大見得を切ったくだんの二人です。
勤め先からの帰りと覚しい人通りがにわかにしげくなって、その中にはちょっとした風采みなりの紳士もある。馬に乗った軍人もある。人力車じんりきしゃも通る。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どちらを見ても甚だ陰気でさびしい感じであつた。その間へ大黒様の状さしを掛けた。病室がにわかに笑ひ出した。(三月十九日)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
すると天のたすけでございますか、時雨空しぐれぞらの癖として、今までれていたのがにわかにドットと車軸を流すばかりの雨に成りました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ところが、或年の冬、中務大輔はにわかに煩いついて亡き人の数に入った。それから引きつづいて女の母もそのあとを追った。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私の顔面筋肉はにわかに硬直して、苦虫を噛み潰したように醜くゆがんだに相違なかった。物のに襲われた気持というのは即ちこれであろう。
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
子供達は、お涌も時に交って、その土蔵の外の溝板に忍び寄り、にわかに足音を踏み立てて「ひとりぼっち——土蔵の皆三」と声を揃えて喚く。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その時以来、子路の親孝行は無類の献身的けんしんてきなものとなるのだが、とにかく、それまでの彼のにわか孝行はこんな工合ぐあいであった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
各位は首を捻り、腕組みをし、貧乏ゆすりをし、にわかにせきをし鼻をかみしめて、それぞれ腹蔵なく妙案を開陳したが、やがて口の重い金太が
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とばかりで重そうなつむりを上げて、にわかに黒雲や起ると思う、憂慮きづかわしげに仰いでながめた。空ざまに目も恍惚うっとりひもゆわえたおとがいの震うが見えたり。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出世して系図を飾るという考えをっていた祖父さんはこの政治上の変動で全然前途の希望がなくなって、心身ともににわかに弱ったとのことだ。
私の子供時分 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
するとある曇った午後、△△は火薬庫に火のはいったためににわかに恐しい爆声を挙げ、半ば海中に横になってしまった。××は勿論びっくりした。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからどれくらいったときでございましょうか、あるにわかにわたくしまえに、一どう光明こうみょうがさながら洪水こうずいのように、どっとせてまいりました。
「心の奥底に、全く自分の意力の及ばない別な構造の深い/\井戸のようなものがあって、それがにわかにふたけた」など、作者の説明がすくなくない。
武州公秘話:02 跋 (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
首卷くびまきのはんけちにわかにかげして、途上とじよう默禮もくれいとも千ざい名譽めいよとうれしがられ、むすめもつおや幾人いくたり仇敵あだがたきおもひをさせてむこがねにとれも道理だうりなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あるいは長生するやもはかられざれども、また今直ちに何事か起り来るありて、にわかに死するやも料られざるにはあらずや。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
其瞬間、肉体と一つに、おれの心は、急に締めあげられるような刹那せつなを、通った気がした。にわかに、楽な広々とした世間に、出たような感じが来た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
塔をめぐる音、壁にあたる音の次第に募ると思ううち、城の内にてにわかに人の騒ぐ気合けはいがする。それが漸々だんだん烈しくなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
にわかに磯部行を思い立って来たことなぞを皆に話し聞かせる時にも、彼にはもう半分旅行先のような心が起って来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうきくと、おときは自分の体内に夫の愛情が形になって宿ったような気持がして、にわかに我身がいとしくなった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
厄介千万な低能め——とあきれ返っていた主膳の眼が、その白い太った肉附の一部を見せられると、にわかにその三つの眼が、あわただしくまばたきをしました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いよいよおとよもほかに関係のない人となってみると、省作はなにもかにもばからしくなって、にわかに思いついたごとく深田にいるのが厭になってしまった。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
彼は此のような険悪な雰囲気とは全然無関係にさえ見えるあの花田中尉の営みがにわかに新鮮な誘ないとして心を荒々しくこすって来るのを感じていたのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
自作の大物に『にわか貴族』『ドン・キホーテ』『ティル・オイレンシュピーゲル』といったものがないではないが、さして興味をぶほどのものではない。
そこの辻を、石川河原の方へ下がった所に、戦場が生んだ“にわいち”がこつねんときのこみたいに簇生ぞくせいしていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫の野郎帽子に額を隠し、優にやさしい女姿、——小刻みに歩み行く、﨟たけたこの青年俳優わかおやまの、星をあざむく瞳の、何とにわかに凄まじい殺気を帯びて来たことよ!
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しかし、この彼女の一言はにわかに私たちふたりを駆って発作的ノスタルジアの底に突き落すに充分だった。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
近日にわか仕込みの同心言葉。気障きざっぽく尻上りにそう言って、はかまひだを掴みながらのっそりとち上る。
この発見によってキュリー夫妻の名声は、学界ばかりでなく一般の社会にまでもにわかに広まりました。
キュリー夫人 (新字新仮名) / 石原純(著)
あたかもよし、九月晦日みそかは、にわかに暴風雨が起って、風波が高く、湖のような宮島瀬戸も白浪が立騒いだ。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これをにわかに決定するわけにはゆかぬとしても、当時の共産党機関紙「プラウダ」に、毎号のように、三宅雪嶺、中野正剛についての記事が出ていたということは
円盤えんばんの石見嬢が残っていましたが、石見さんもみんなのにわかに席から立ち去ってしまったのにおどろくと、きょろきょろあたりを見廻みまわして、初めてあなたとぼくに気づくと
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
にわかに気をかわして、娘の方に振向いて、「さあ。どうだろう。少し休んで、あの梅の枝を手折たおって来てね、ちょっと工夫して、一輪いちりんざしにけて見せてくれないか。」
文三はじめは何心なく二階の梯子段はしごだんを二段三段あがッたが、不図立止まり、何かしきりに考えながら、一段降りてまた立止まり、また考えてまた降りる……にわかに気を取直して
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
忽ち叫ぶお代の声「ヤア大変だ、満さん来てくっせいよ。わしの箪笥たんす抽斗ひきだしが明いて中の衣服きものが皆んなくなったよ」とにわかに騒いで「ぬすっとうめ」と表へ駆け出す。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
今にもこわれそうな馬車だ。馬は車にれず、動かじとたたずむかと思うと、またにわかに走り出す。車の右は西山一帯の丘陵で、その高低参差しんしたる間から、時々白い山が見える。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)