乾坤けんこん)” の例文
知らずや宇宙は卿曹の哲学に支配せらるゝが如き狭隘けふあいなる者に非ず、天地の情、乾坤けんこんの美は区々たる理論の包轄し得べき者に非るを。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
睡魔の妖腕ようわんをかりて、ありとある実相の角度をなめらかにすると共に、かくやわらげられたる乾坤けんこんに、われからとかすかににぶき脈を通わせる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
過ぐる夜のもやは墨と胡粉ごふんを以て天地を塗りつぶしたのですけれど、これは真白々まっしろじろ乾坤けんこん白殺はくさつして、丸竜空がんりゅうくうわだかまる有様でありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此平然たる所には、實に乾坤けんこんに充滿する無限の信用と友情とが溢れて居るのだ。自分は僅か三秒か四秒の間にこの手紙を讀んだ。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「東夷南蛮北狄ほくてき西戎西夷八荒天地乾坤けんこんのその間にあるべき人の知らざらんや、三千余里も遠からぬ、物にじざる荒若衆……」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
少しくこれを観察するときには裏面にはさらに富の世界あるを見、兵と富とは二個の大勢力にして「いわゆる日月ならかかりて、乾坤けんこんを照らす」
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
もっとも、詔と同時に、鋳銭局ちゅうせんきょくノ長官中御門宣明なかみかどのぶあきは、銅銭の「乾坤けんこん通宝」のほうも昼夜、鋳物工を督してつくらせてはいた。
その状あたかもまとなきに射るがごとく、当たるも巧なるにあらず、当たらざるも拙なるにあらず、まさにこれを人間外の一乾坤けんこんと言うも可なり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
横なる東西の関係を理解するものは、たてなる上下乾坤けんこんのそれを会得してしかして後に初めてなしあたうものであるまいか。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
父鉄斎の横死おうしでもなく、乾坤けんこん二刀の争奪でもなく、死んでも! と自分に誓った諏訪栄三郎のおもざしだけだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まことに、わが国高山の指標とまで言われる、われら偃松族の住みかこそは、光明あまねく満ち渡った、青雲の向か伏す中空なかぞらの、別乾坤中の別乾坤けんこんなのだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
その略に曰く、乾坤けんこん浩蕩こうとうたり、一主の独権にあらず、宇宙は寛洪かんこうなり、諸邦をして以て分守す。けだし天下は天下の天下にして、一人の天下にあらざるなり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
乾坤けんこんの変であるが、しかもそれは不易にして流行のただ中を得たものであり、虚実の境に出入し逍遙しょうようするものであろうとするのが蕉門正風のねらいどころである。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこでいよいよここに、○○国境を新戦場として、たがいほこりあう彼我ひがの精鋭機械化兵団が、大勝たいしょう全滅ぜんめつかの、乾坤けんこんてきの一大決戦を交えることになったのである。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浅草橋もあとになし須田町すだちょうに来掛る程に雷光すさまじく街上に閃きて雷鳴止まず雨には風もくわわりて乾坤けんこんいよいよ暗澹たりしが九段を上り半蔵門に至るに及んで空初めて晴る。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある題を得たならば、その題を箱でふせて自分はその箱の上に上り、天地乾坤けんこんめまわすがよい。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
自然の力をしてほしいまゝに吾人の脛脚けいきやくを控縛せしめよ、然れども吾人の頭部は大勇猛のちからを以て、現象以外のべつ乾坤けんこんにまで挺立ていりふせしめて、其処に大自在の風雅と逍遙せしむべし。
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
われわれもあの顕著な特色を認めぬわけではないが、あれを以て直に一茶独造の乾坤けんこんとする説には賛成出来ない。その証拠には現にこういう句が元禄時代に存在している。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その果たしてしかるや否やは容易に断ずるを得ざるも、天然のけんによりて世界と隔絶し、別に一乾坤けんこんをなして自ら仏陀ぶっだの国土、観音の浄土と誇称せるごとき、見るべきの異彩あり。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ハタとめば、そられたところへ、むら/\とまた一重ひとへつめたくもかさなりかゝつて、薄墨色うすずみいろ縫合ぬひあはせる、とかぜさへ、そよとのものおとも、蜜蝋みつらふもつかたふうじたごとく、乾坤けんこんじやくる。……
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
雲は紫に赤にみどりにその帳をかかげて乾坤けんこんの間に高笑いする大火輪を見守った。
小鳥の如き我は (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
其小なるや、一身の哀歡を歌ふに過ぎざれども、其大なるや、作者乾坤けんこんみて、能く天命をときあかし、一世の豫言者たることを得べし。其さまなほ雲にのぼ高嶽かうがくのごとく、いよ/\高うして彌いちじるし。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
何という大きな乾坤けんこんの動きであろう。しかも音もなく。呆れた夢にしびれさせられかけていた翁の心は一種の怯えを感ずるとぶるりと身慄いをした。翁の頭の働きはやや現実によみがえって来る。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
乾坤けんこんの白きに漂ひて華麗はなやかに差出でたる日影は、みなぎるばかりに暖き光をきて終日ひねもす輝きければ、七分の雪はその日に解けて、はや翌日は往来ゆきき妨碍さまたげもあらず、処々ところどころ泥濘ぬかるみは打続く快晴のそらさらされて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
能は常に以上の諸要素を以て、舞台面上に別乾坤けんこんを形成して行く。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ことわざにも、「善悪もし報いなくんば、乾坤けんこん必ずわたくしあらん」
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
乾坤けんこんてきの大芝居を打つたのでした。
大岡殿默止だまれなんぢには問ぬぞ其方は先名主惣左衞門が後家にありながら誰か媒妁なかうどにて九郎兵衞のつまにや成しやと申さるゝにおふかはシヤア/\としていへたれ媒酌人なかうどは御座なくと云に大岡殿大音だいおんにて大白痴たはけめ天有ば地あり乾坤けんこん和合陰陽いんやう合體がつたいして夫婦となる一夫一婦と雖も私しに結婚けつこんなすべからずしかるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その金鉱に富み石炭に富み、牛羊は沢々として烟村えんそんに散じ、眼界一望砂糖の天地、小麦の乾坤けんこん、今日においてすでに嶄然ざんぜんその頭角を顕わせり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「——退くも滅亡、進むも滅亡ならば、突きすすんで、乾坤けんこんてきのなかから、もののふの名と、死にばなを、両手につかみ取って死のうではないか」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが見るは動く世ならず、動く世を動かぬ物のたすけにて、よそながらうかがう世なり。活殺生死かっさつしょうじ乾坤けんこん定裏じょうり拈出ねんしゅつして、五彩の色相を静中に描く世なり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蓬々ほうほうとして始まり、号々として怒り、奔騰狂転せる風は、沛然はいぜんとして至り、澎然ほうぜんとしてそそぎ、猛打乱撃するの雨とともなって、乾坤けんこん震撼しんかんし、樹石じゅせき動盪どうとうしぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ハタとめば、その空のれた処へ、むらむらとまた一重ひとえ冷い雲がかさなりかかって、薄墨色に縫合ぬいあわせる、と風さえ、そよとのもの音も、蜜蝋をもって固く封じた如く、乾坤けんこんじゃくとなる。……
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家の暗剣殺の土とは、門の西南の地面というこころであろう。坤はまた乾坤けんこんの坤で、陰のあらわれすなわち婦女おんなという義になるから、ここで門内西南の地に女ありと考えなければならない。
同時に起き上がった宗三郎、小刀は下段、大刀は上段、はじめて付けた天地の構え、乾坤けんこんして一丸とし、二刀の間に置くという、すなわち円明流必勝の手、グッと睨んだものである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昼寝して覚めて乾坤けんこん新たなり
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
天地乾坤けんこんみな一呑や草の庵
凡神的唯心的傾向に就て (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
曹操は、疑いもし、かつ敵の決意のただならぬものあるを覚って、今は、乾坤けんこんてき、蜀魏の雌雄しゆうをここに決せんものと
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現在はこくをきざんでわれを待つ。有為ういの天下は眼前に落ちきたる。双のかいなは風をって乾坤けんこんに鳴る。——これだから宗近君は叡山に登りながら何にも知らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
声と、乾坤けんこん双刀とを弥生に残して、男は、もう森の中の小径こみちを走り去っていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
家主、職は柱下に在りといえども、心は山中に住むが如し。官爵は運命に任す、天の工あまねし矣。寿夭じゅよう乾坤けんこんに付す、きゅういのることや久し焉。と内力少し気燄きえんを揚げて居るのも、ウソでは無いから憎まれぬ。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
乾坤けんこんに夕立癖のつきにけり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そして自分たちがつぎ乾坤けんこんてきにのぞむ支度したくのために、一両年りょうねん諸国しょこく流浪るろうしてみるのも、またよい軍学修業ぐんがくしゅぎょうではないか
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東西のある乾坤けんこんに住んで、利害の綱を渡らねばならぬ身には、事実の恋はあだである。目に見る富は土である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一心を賭して乾坤けんこん二刀をひとつにせんがためではなかったか?
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
始めて是れ 乾坤けんこん 絶妙のならん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
乾坤けんこんてきのこの分れ目は、区々たる兵数の問題でなく、敗れを取るも勝利をつかむも、一にあなたのお胸にあります
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またこの不同不二ふどうふじ乾坤けんこん建立こんりゅうし得るの点において、我利私慾がりしよく覊絆きはん掃蕩そうとうするの点において、——千金せんきんの子よりも、万乗ばんじょうの君よりも、あらゆる俗界の寵児ちょうじよりも幸福である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
壺中の天地、乾坤けんこんほか
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのあと、義貞は、門廊の床几しょうぎにかかって、さしせまる乾坤けんこんてきの戦いをどう戦うべきか、よろいの高紐たかひもにおや指をさしはさみ、ひとり唇をかんでいた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)