不味まづ)” の例文
皿に手を附けずに居ると料理が不味まづいからだらうと云つて夫人の心配せられるのが気の毒なので、我慢がまんして少しでも頂くことにして居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
世話せわつて、たゞ不味まづさいこしらえて、三づゝへやはこんでれるだけだよ」と安井やすゐうつてからこの細君さいくん惡口わるくちいてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
卯平うへいおくれてはしつたが、めしあたゝかいといふまで大釜おほがまいたやうほどよいやはらかさをたもつてはないし、しるしたひどくこそつぱくかつ不味まづかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
殊に、白の不味まづさ加減は、今日の新劇の致命的特徴であつて、それをわざわざ、エキスパアトとしてトオキイに採用した監督の了見が僕にはわからぬ。
女優リイヌ・ノロのこと (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
黄金未出暗渠わうごんいまだきよをいでず——その中に五千兩なかつたら、——八、どうしよう、首をやるのは痛いが、不味まづい酒位は買ふぜ」
そのむかし京役者の坂田とうらうは江戸の水は不味まづくて飲めないといつて東下あづまくだりをする時には、京の水を四斗樽に幾つも詰め込んで持つて往つたといふが
親父の場合よりも不気味な不味まづさはあつたが、それだけに心は反つて微妙な悪辣の光りを放つやうな気がした。
「悪」の同意語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
『今井さんも今井さんだ。』と、目賀田は不味まづい顔をして言ひ出した。『俺のやうな老人としよりは死ぬ話は真平まつぴらだ。』
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
不味まづさうに取揃とりそろへられた晝食ひるめしへると、かれ兩手りやうてむねんでかんがへながら室内しつないあるはじめる。其中そのうちに四る。五る、なほかれかんがへながらあるいてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これ/\ぜんつてな……おしるあつくしてるがい……さア/\おべ/\剰余物あまりものではあるが、此品これ八百膳やほぜん料理れうりだから、そんなに不味まづいことはない、おあがり/\。
ただし、前もつてお断わりしておきますが、どうか、中途で話の腰を折らないやうにお願ひいたしたい。でないと、とんでもない不味まづいものが出来あがつてしまひますからな。
そしてジャガ芋の無味な、かゝはりのない冷やかな不味まづさが、彼女に静かな淋しい遠くはなれた心を与へた。彼女は結婚後の貧しい悲しみにみちた現実の生活を思ひ浮べたのであった。
晩餐 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
「もうこれだけいたしましたらいゝんでございますけど、あんまり何にもございませんから、一寸あそこのおすしでもさう言つてまゐりませうか。——でも不味まづいおすしでございますわね。」
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
釣ランプを取り圍んで、老幼取りまぜて十人もの家族が、騷々しく食事をしてゐた。勝代は空いた席へ割り込んで、獨り生冷たい煑返しに柔かい菜浸しを添へて、不味まづい思ひをしてはしを執つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
なかつてもう氣が遠くなつた私は、味なんぞ考へないで、私の分を一さじさじむさぼり食べたが空腹くうふくのせつない苦痛が和らいで見ると、實に不味まづい食物を手に持つてゐることがはつきりして來た。
赤ちやけた殺風景な山巒さんらん、寒い荒凉とした曠野、汚ない不潔な支那人の生活、不味まづいしつこい支那料理、時には何うしてこんな不愉快な塞外さいぐわいの地にやつて来たらうと思ふやうなことも度々たび/\あつたが
時子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
斯く思ふと自分はその座の酒さへ耐へがたく不味まづかつた。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「一反で三十八圓損するとごつうおますな。そいなら作らんとおく方がましや。……作らな、税だけの損で濟むんが、作ると汗水流して、もむない(不味まづいといふ事)もんくうて、それで損するんや。……嘘やおまへんか、そんなこと。」
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
宗助そうすけ安井やすゐ此所こゝに二三たづねた縁故えんこで、かれ所謂いはゆる不味まづさいこしらえるぬしつてゐた。細君さいくんはうでも宗助そうすけかほおぼえてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
巴里パリイしばらく慣れて居た者が倫敦ロンドンに来て不便を感じるのは、悠悠いういう店前テラスの卓に構へる事の出来る珈琲店キヤツフエまつたく無いのと、食物しよくもつ不味まづいのとである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
州太 かういふ云ひ方をしては不味まづいな。しかし、今日、うちを出る時、お前はどうしてあんなにはしやいでゐたんだ。わしも、出来るだけ平静を装つてゐた。
浅間山 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
真実まつたくでございますよ、お坊さんの癖に、こんな物までつくなんて、お上人様方のお若い時分には、ほんとに不味まづい物ばかし召食めしあがつてたぢやありませんか。」
ところが、野天に寢て、不味まづい物を食ふやうになつてから、不思議に彌三郎の病氣はなほつて行きました。
それにやおまへ白状はくじようしてしまつてもこまるし、自分じぶんはたけがそつくりしてても不味まづいからね、それもいまつちやなにもそんなことなくつてもかつたやうなものだが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
差上げて置きますから、食後に五六粒宛召上つて御覽なさい。え? うです。今までの水藥と散劑の外にです。碎くと不味まづう御座いますから、微温湯ぬるまゆか何かで其儘お嚥みになる樣に。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
骨で美味おいしいのは野禽のだけよ、それも髓をまだ誰も吸ひ取らないのでなくつちや駄目だわ。いろんなソースを混ぜあはせたのも、とても美味おいしいけれど、續隨子ホルトさうや青ものを入れたのは不味まづくつてよ。
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
織田信長が、ある有名な料理人を抱へた所が、始めて、其料理人のこしらへたものをつて見るとすこぶ不味まづかつたんで、大変小言こごとを云つたさうだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その時自分は京役者の坂田藤十郎が、江戸の舞台を踏む時、あちらの水は不味まづくて飲めないからといつて、態々わざ/\京の水を樽詰にして海道筋を下つたといふ話をした。
かれたゞ空腹くうふくしのため日毎ひごと不味まづくちひてうごかしつゝあるのである。疎惡そあく食料しよくれう少時せうじからおつぎのにもくちにもじゆくしてるので、其處そこにはなんこゝろかなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たつた一つしかない樂屋の大部屋に、不味まづさうに煙草を喫んで居た座主の百太夫は、平次の姿を見ると、引つ掛けてゐた丹前たんぜんを滑らせて、それでも丁寧に挨拶するのでした。
実際英国の料理加減は巴里パリイの料理を経験して来た者に取つて著しく不味まづいのである。勿論自分達がビカデリイ附近で毎日昼と晩との食事を取つたのはれもやす料理屋であつた所為せゐもあらう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
噛砕かみくだくと不味まづう御座いますから、微温湯ぬるまゆか何かで其儘そのまんまみになる様に。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「学生集会所の料理は不味まづいですね」と三四郎の隣りに坐つた男が話しかけた。此男はあたまを坊主に刈つて、金縁きんぶち眼鏡めがねを掛けた大人しい学生であつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
京都俳優やくしやの随一人坂田藤十郎はよく江戸の劇場しばゐへも出たが、その都度江戸の水は不味まづくて飲めないからといつて、態々わざ/\飲み馴れた京の水を幾つかの大樽に詰め込んで
あんまり不味まづいから、漢学の先生に、なぜあんなまづいものを例々と懸けて置くんですと尋ねた所、先生があれは海屋と云つて有名な書家のかいた者だと教へてくれた。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「はてな。」将校は小首をかしげた。「ぢや、料理が不味まづいとでも言ふんだな。」
が偖出来あがつて、かべなかめ込んでみると、想像したよりは不味まづかつた。梅子と共に部屋をときは、此ヷルキイルは殆んど見えなかつた。紺青こんじやうの波は固より見えなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
不味まづいね。欧羅巴ヨーロツパの戦地ででもなくつちや、こんな珈琲は飲めないよ。」鼠骨氏はたつた今欧羅巴の戦場から来たやうな表情をして、少僮ボオイの顔を見た。「ところが、生憎あいにくここは日本でね。」
其音そのおとかり鳴聲なきごゑによくてゐるのを二人ふたりとも面白おもしろがつた。あるときは、平八茶屋へいはちぢややまで出掛でかけてつて、そこに一日いちにちてゐた。さうして不味まづ河魚かはうをくししたのを、かみさんにかしてさけんだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
不味まづい、何といふ不味い三鞭酒だらう。」