わし)” の例文
荒磯は片手で和尚の肩をわしづかみにして、この命知らずめが、とせせら笑い、和尚は肩の骨がいまにも砕けはせぬかと気が気でなく
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
不意に、女房の乳ぶさから無心な子を、わしのように、抱きさらった高梨小藤次は、その悲鳴をうしろに、家の横を駈け抜けて、往来から
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もうじきわし停車場ていしゃじょうだよ」カムパネルラがこうぎしの、三つならんだ小さな青じろい三角標さんかくひょうと、地図とを見くらべていました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
やまくづして、みねあましたさまに、むかし城趾しろあと天守てんしゆだけのこつたのが、つばさひろげて、わし中空なかぞらかけるか、とくもやぶつて胸毛むなげしろい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ああこの世には、いかに多くの猛獣がいることか、いかに多くのわしが、ああいかに多くの鷲がいることか! 僕は慄然りつぜんたらざるを得ない。
あなたの頭髮と云つたらまるでわし羽根はねみたいですわ。爪が鳥の爪のやうになつてらつしやるかどうかはまだよく見てゐませんけれどね。
「これが出来たのでたかみねわしみねとが続いてゐる所が見えなくなりました。茶席など造るより、あの辺の雑木ざふきでも払へばよろしいにな。」
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
椿三千麿はサツと顏色を變へましたが、暫らくして、思ひ直したものか、兩刀をわしづかみに、默つて平次の方に差出しました。
つまり、わたしのいちばんかわいい子がいわばわしを離れて足なしとかげといっしょになったのだ、とわたしが知ったときの驚きのことです。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
怪塔は、はたして檻の中のわしのようになったでしょうか。なにしろ相手は鉄片をそばによせつけないという、不思議な力のある怪塔ですぞ。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
上見ぬわしの所業なりしが、去年今時分にもあらん、ちょうどあなたのようなる人、何国いずくよりともなく忽然こつぜんと来たって、かれと碁の勝負あり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「それがよ」と忠三鼻をこすり、「おめえの鈍のなすところだ。巻軸を渡したその瞬間、わしにつかめばよかったじゃアねえか」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
巨男おおおとこのお母さんはおそろしい魔女まじょでした。ほらわしのような高い鼻や、へびのようなするどを持ったあのおそろしい魔女まじょでした。
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
昔おくらという女がただ一人、田のくろに幼児を寝させて置いて田の草を取っていると、不意にわしが来てその子をつかんで飛んで行ってしまった。
申さぬシテ何事で御座ると問に掃部イヤ外の事でも御座らぬが我々の親分おやぶん鎌倉屋金兵衞事桶川宿をけがはじゆくわしの宮に於て殺され其上に五百兩と云ふ金子かね
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一カ月以前迄、彼れが小指にはめて居たニッケルの指環——わしの頭が彫ってある——は、今や彼れの薬指へと移っていた。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
そこからわしヶ峰、霧ヶ峰への徒渉を始めたので、結局あたら第一日の好晴を汽車とバスに徒消とせうしたことになつた訳である。
霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「ハハハ、じたばたするない。手前てまいわしでもまだ羽の生えそろはない子供だ。そんな大それた真似まねをするのは、早いぞ!」
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
◯わが日は駅使はゆまづかい早馬使はやうまづかい、駅丁)よりもはやく、いたずらに過ぎ去りて福祉さいわいを見ず、その走ること葦船あしぶねの如く、物をつかまんとて飛びかけるわしの如し
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
牢屋のまわりの森のなかは、鳥やけものでいっぱいでした。わしおおかみ獅子ししのようなおそろしいのもまじっています。馬はおどろいてはねあがりました。
銀の笛と金の毛皮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
萠黄色もえぎいろの、活々いき/\としたうつくしい眼附めつきわしよりも立派りっぱぢゃ。ほんに/\、こんどのお配偶つれあひこそ貴孃こなたのお幸福しあはせであらうぞ、まへのよりはずっとましぢゃ。
またガニミード神話の反映をガンダラのある彫刻に求めたある学者の考えでは、わしがガルダに化けた事になっている。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして今日一日の次郎、三郎の儲けの金をわし掴みにしたが、瞬間びっくりしたように飛び上ると、ブルブルふるえる手で、その金を罐の中へ戻した。
夜光虫 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
わしはとを追い、おおかみは羊をつかみ、へびかえるをくわえている。だがあの列の先頭に甲冑かっちゅうをかぶり弓矢を負うて、馬にのって進んでいるのは人間のようだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
わたくし斷言だんげんする、わしごとたけく、獅子しゝごといさましき列國れつこく艦隊かんたい百千舳艫ひやくせんじくろならべてきたるとも、日章旗につしようきむかところおそらくば風靡ふうびせざるところはあるまいと。
と、不図ふと、私は坂の途中でわし印のミルクかんを買いながら思った。牛込の家には、種々な知人が集っていた。そこで戦地から帰って来た友達にも逢った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
獣の王たる獅子と鳥の王たるわしが、青草茂れる広野に会合し、獅子より兎に至る諸獣と、鷲よりうずらに至る諸禽とことごとく随従して命を聴かざるなし
わしが一羽空高く輪をえがいて、けがれのない山のそよ風を胸にうけて舞っていた。「まさか」とリップは思った。
傷ついたゲルマンのわしの鳥籠だ。立って眺めていると、うしろに人のけはいがした。独逸ドイツ児島高徳こじまたかのりに相違ない。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
色若衆いろわかしゅうのような、どちらかといえば、職人向でない花車きゃしゃな体を、きまり悪そうに縁先に小さくして、わしづかみにした手拭で、やたらに顔の汗をこすっていた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
人里離れた深山などにある樟の樹のこずえわしが巣をくっている、その鷲が巣をくっている枝は枯枝でありますが
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ふくらっぱぎの白いところを臆面なく空中に向って展開しているような、洒落気しゃれけ満々たる女があろうとは思われないし、また、先刻の大きなわしにしてからが
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昇騰しようとうする心の波はまた、背後の金庫へ向つて行く。ゆき子は金庫へ向つてわしのやうに手を差しのべてゐるのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
朝食あさめしの時、門野は今朝の新聞に出ていた蛇とわしの戦の事を話し掛けたが、代助は応じなかった。門野は又始まったなと思って、茶の間を出た。勝手の方で
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
意地の悪い感じを与える「わし鼻」、お人好しと見られる「団子鼻」、無智を示す「蓮切鼻」、無能を示す「トンネル鼻」、あわて者を表白するという「二連銃」
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わし掴みにしたキャラコの手巾ハンカチでやけに鼻面を引っこすり引っこすり、大幅に車寄の石段を踏み降りると、野暮な足音を舗道に響かせながらお濠端ほりばたの方へ歩いて行く。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかしそれは強者のみの信念だ。芸術! それはわし餌食えじきをつかむように、人生をつかみ取り、それを空中に運び去り、それとともに清朗な空間に上昇することだ。
わしのように大きくて強い、そしてきれいな翼をですの、そうすればあなたは、好きなとき空へ舞いあがって、自由自在にどこへでも飛んでゆくことができますわ」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「さ、おじさんどうぞ。わしなんて珍らしいみょう字だもんで、知らないものはおかしいんですよ。」
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
いつかの日彼等の薔薇ばら色であった円蓋ドームの上には、政治的にも軍事的にも命脈のまったく尽きたロマノフのわしが、ついに巨大な屍体しかばねを横たえたのであるが、その矢先に
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
見らるる如く某は、このあたり猟師かりうどに事ふる、猟犬にて候が。ある時わしとって押へしより、名をば鷲郎わしろうと呼ばれぬ。こは鷲をりし白犬しろいぬなれば、鷲白わししろといふ心なるよし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
趙は、がむしゃらに英夫との間を縮めると、わしづかみにするような恰好かっこうで一気にとびかかって来た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
また字を書いたのでは、わし獅子ししとらりゅう、嵐、魚、鶴、などと大体凧おおだこの絵や字は定まっている。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
旗艦『ケンタッキー』の司令塔には、ヤーネル大将がわしのような大きな青い眼を光らせ、やせたマハン参謀長は、じっと名残惜しそうに海岸の椰子の林をながめている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
もう壁にぶっつかったようにペンをわしづかみにして、原稿紙をピリピリさせながら——この臆病者おくびょうもの卑怯者ひきょうもの、子供にも親にもひかれるこの偽者にせものめ——などと殴り書きした。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
かつては、ここからローマのわしたちが飛び出して、『来た、見た、勝った』と言ったものです。
槍持奴やりもちやっこ」とか、「鬼に三味線」とか、「提灯釣鐘ちょうちんつりがね」とか、「瓢箪鯰ひょうたんなまず」とか、「女虚無僧おんなこむそう」とか、「若衆」とか、「竹に虎」とか、「わし」とか、「たか」とか、その数は多い。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
獅子ししたてがみのように怒った髪、わしの眼のように鋭い目、その人は昂然と歩いていた。少年の僕は幻の人間を仰ぎ見ては訴えていた。僕は弱い、僕は弱い、僕は僕はこんなに弱いと。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼等は荷物を蟹臭い節立った手で、わしづかみにすると、あわてたように「糞壺」にかけ下りた。そして棚に大きな安坐あぐらをかいて、その安坐の中で荷物を解いた。色々のものが出る。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
荘田勝平の代理人とう男が、瑠璃子の家を訪ずれた。わしくちばしのような鼻をした四十前後の男だった。詰襟の麻の洋服を着て、胸のあたりに太い金の鎖を、仰々しくきらめかしていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)