ひげ)” の例文
先方はひげだらけの面をこっちに向けて、じっと見つめていることは確かだが、さて、なんらの敵意もなければ、害心も認められない。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひげの生えた中年の男も来るようであった。清三は女の胸に誰が一番深く影を印しているかをさぐってみたが、どうもわからなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
すぐあとから泰軒先生が、一升徳利を片手にぶらさげ、ひげの中から生えたような顔に微笑を浮かべて悠々閑々ゆうゆうかんかんとついて来るのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は総体に毛深いほうであったが、顎などは、幾日おいても、ひげが伸びなかった。——というよりは、まだえ揃わない感じである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてその二人のうちで船首の方に立っている一人は、立派なひげをさえ生やしているのである。これが筒の掃除をする役をつとめる。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこで唯かしらを垂れたまま、おしのように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄のしゃくを挙げて、顔中のひげを逆立てながら
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いつもの癖で、椅子の中に深く身を沈めると、中禿ちゅうはげの頭を撫で上げながら、自慢の長いひげ自烈度じれったそうにヒネリ上げヒネリさげした。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ここに八百萬の神共にはかりて、速須佐の男の命に千座ちくら置戸おきどを負せ二一、またひげと手足の爪とを切り、祓へしめて、神逐かむやらひ逐ひき。
彼が自分の家まで歩いて行く間には、幾人いくたりとなく田舎風な挨拶をする人に行き逢った。長いひげはやした人はそこにもここにも居た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それでとうとうひげを剃るのをやめて、その代りに、栗のからを真赤に焼かせて、それで以て、娘たちに鬚を焼かせ焼かせしました。
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
白いひげを長く延ばした爺さんであつたが、なかなか重いと見え、人夫は白い息をふうふうと吐いて少し手古てこずり、すると、人々の間から
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
なるほど、それが太子の父王現国王マハラージャであろう。長くひげを生やした、やはり頭布サッファの老王が太子によく似た眼許口許をのぞかせていた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あの日、僕を捜しに教室へやって来たひげもじゃの学生である。僕は、その人に好意を感じていたのだから、早速にっこり笑って
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その次にひどく落ち付かぬ様子をし出したのは事務長と向かい合って食卓の他の一端にいたひげの白いアメリカ人の船長であった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ジャヴェルの人間の顔というのは、平べったい一つの鼻と、深い二つの鼻孔と、鼻孔の方へ頬の上を上っている大きなひげとでできていた。
名道人めいだうじんかしこまり、しろながひげで、あどなきかほ仰向あふむけに、天眼鏡てんがんきやうをかざせしさまはなつぼみつきさして、ゆきるにもたりけり。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たとえば『倭名類聚鈔』には、「髭」「鬚」をそれぞれ「かみひげ」「しもひげ」などと訓んでいるが、こんなことはいわない。
辞書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
おどろいて透かして視ると、一尾の大きい魚が船のなかからひげをふり、首をうごかして、あたかも人の声をなして阿弥陀仏を叫ぶのであった。
狗頭猴くとうざるは異常に獰猛ねいもうだ。カリトリケ(細毛猴)はまるで他の猴と異なり顔にひげあり。エチオピアに産し、その他の気候に適住し得ずというと。
露西亜ロシア人は冬外套シュウバの襟を立てるのでそのために特にこう出来てるんだそうだが、私の考えでは、これは例の過激派ひげを焼かない用心だと思う。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ひげの眞白なその父を初め兄夫婦には初對面で、たゞ姉のつた子さんには沼津で一度逢つてゐた。名物の鮎の料理で、夜更くるまで馳走になつた。
鳳来寺紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
それは白いひげ老人ろうじんで、たおれてえながら、骨立ほねだった両手りょうてを合せ、須利耶さまをおがむようにして、切なく叫びますのには
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
次郎が、茶の間に這入って驚いたことは、いつの間に来たのか、正木のお祖父さんが、白いひげをしごきながら、端然たんぜんと坐っていることであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
背と腰には木葉をつづりたるものをまとひたり。横の方を振向ふりむきたる面構つらがまへは、色黒く眼円く鼻ひしげ蓬頭ほうとうにしてひげ延びたり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もうその時分は長い間ひげらず髪も摘まず、湯にも何にも入らんのですから、随分顔や身体からだもチベット人のように汚くなって居ったでしょう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そつと忍寄しのびよつてのぞくと、その中には、三人の、馬賊らしい、ひげモジャの男たちが、あぐらをかいて、すわつてゐました。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
がいには幹の白い枝から数尺すうしやくひげを垂れた榕樹ようじゆや、紅蜀葵こうしよくきに似た花を一年ぢゆうつけて居ると云ふや、紫色ししよくをした昼顔の一種五瓜竜ごくわりようなどが目にる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
身のたけ六尺に近く、黒き外套を着て、手にしぼめたる蝙蝠傘こうもりがさを持ちたり。左手ゆんでに少し引きさがりてしたがひたるは、ひげも髪も皆雪の如くなるおきななりき。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「やい亀井、何しおる? 何ぢや、懸賞小説ぢや——ふッふッ、」とも馬鹿にしたやうに冷笑せゝらわらつたはズングリと肥つた二十四五のひげ毿くしや々の書生で
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
谷間や、向うの傾斜面には、茶色のひげを持っている男が、こっちでパッと発火の煙が上ると同時に、バタバタ倒れた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「えっ、どじょう。どじょう——って、あのひげのある、柳川鍋やながわなべにするお魚のことだろう。なぜこの土がどじょうなの」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
懸河けんが滔々たう/\たる老女の能弁をひげを弄しつゝ聴き居たる篠田「老女おばさん、其れは何事ですか、わたしにはすこしもわかりませぬが」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
頭から毛皮をかぶったひげぼうぼうのくまのような山男の顔の中に、李陵がかつての移中厩監いちゅうきゅうかん蘇子卿そしけいおもかげを見出してからも
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それとひとこまおいてつづきの荒波のなかを分厚な唇をもったつわものがひげを水になびかせながら泳いでるのはアッシリアの彫刻にでもありそうな図だ。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
手を拭きながらあたりを見まわし、さてと云ったが、なにか迷うようにこちらを見て、ぶしょうひげの伸びたあごを撫でたり、ぼんのくぼを掻いたりした。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二十二秒間に二十二頭の鯨! しかもひげの十フィート以上もある大きい奴をな!(捕鯨者仲間では鯨を体の長さで計らず、その鬚の長さで計るのである)
日当りのいい縁側で、彼はひげを剃った。鏡の中には彼の顔と、そのうしろに遠く、白木の家の破風はふが見えていた。白木は昨夜遅く帰ってきたらしかった。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
だらしない服装をしたジョウジ・ジョセフ・スミス——その時はかなりの年配で、立流な口ひげを貯えていた——が、台所の煖炉だんろの前で石炭を割っていた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
未だ寓目ぐうもくせずと雖も、けだ藻鑑そうかんの道を説く也。珙と忠徹と、ともに明史方伎伝ほうぎでんに見ゆ。珙の燕王にまみゆるや、ひげ長じてへそぎなば宝位に登らんという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
スファエレラ・ニヴァリス Sphaerella Nivalis という単細胞の藻で、二本のひげがある。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それから、一寸聞きたいことがあるんだが、と赤い薄いひげを正方形だけはやしたその男が、四囲あたりを見廻わした。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
綺麗にひげを剃って、青い上衣を着て、祝儀チップをもらうのにあくせくしている客引きたちは再びそこへ現われた。
私は小学校へは入るために、八つの春、大聖寺町の浅井一毫あさいいちもうという陶工の家に預けられた。その頃七十幾つかで、白いひげを長くのばしたよいおじいさんであった。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
螢の薄光で、ほのかに見える其の姿は、何樣どんなに薄氣味うすぎみ惡く見えたろう。眼は妙にきらついてゐて、鼻はとがツて、そしてひげしろがねのやうに光ツて、胸頭むなさきを飾ツてゐた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ベレを冠ったひげりあとの青い男に無理に掴まって踊らされてね。その怖ろしさから恋を覚え始めたのよ。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ひげのない堀のぬるぬるしたような顔には照りつける赤い夕陽が揺れている。馬の背の反動に、ざんぎり頭の髪の毛が波をくらった海草のように浮き沈みする。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
湖水よりもなお高い丘上の村落は厳冬の寒さが非常である。朝、戸外に出れば、ひげの凍るのは勿論もちろんであるが、時によると、上下睫毛まつげの凍著を覚えることすらある。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
その時に彼のすぐ傍で居眠りをしているひげもじゃな小男が頭を彼の方へもたせかけたと見るや、いきなり彼は荒くれた拳骨げんこつを男の頭上へごつんと打ち下ろした。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
見ると、文治は痩衰やせおとろえてひげぼう/\、葬式とむらい打扮いでたちにて、かみしもこそ着ませぬが、昔に変らぬ黒の紋付、これは流罪中かみへお取上げになっていた衣類でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いずれも頭をまるめひげを剃った僧侶が、美麗な錦襴の衣を纒って入って来て、写生図に示すような位置に坐った。両側の床几は主な会葬者の坐るところである。