おどろ)” の例文
ところが明日が約束の日という昨夜になって、カンカン寅が突然警察へ監禁かんきんされてしまったので、爺さんは失心しっしんせんばかりにおどろいた。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
丁度その途端、信一郎の肩を軽く軟打パットするものがあつた。彼はおどろいて、振り顧つた。そこに微笑する美しき瑠璃子夫人の顔があつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
これにはひとびとはおどろいた。その界隈で娘を女学校にいれているのは金満家の矢崎だけだった。そのことが僅かにおたかの心を慰めた。
婚期はずれ (新字新仮名) / 織田作之助(著)
斉広なりひろの持っている、金無垢きんむく煙管きせるに、眼をおどろかした連中の中で、最もそれを話題にする事を好んだのは所謂いわゆる、お坊主ぼうずの階級である。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風呂場にれば、一箇ひとりの客まづ在りて、燈点ひともさぬ微黯うすくらがり湯槽ゆぶねひたりけるが、何様人のきたるにおどろけるとおぼしく、はなはせはしげに身を起しつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
内々にてばん建部たてべの兩人へ告知らせければ伴建部の兩人も甚だおどろき此儀一日も打捨置難うちすておきがたし御兄弟諸倶もろともに主税之助樣の計略にかゝり御命を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
居士一読覚えず案をうって奇と叫び、愈〻無々君の説に服し、圓朝氏の技におどろき、直に筆を採て平生の所感を記し、以て序に換ゆ。
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
ところで今大いにおどろいて、わざわざ下までけさの新聞を見直しにゆきました。だってね、このお手紙は六日午後に出ているのよ。
しかしその時、観客のおどろきはともかくとして、伊右衛門に扮した、山村儀右衛門が、どうしたことか、どかっと尻もちを突いた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「大悲おどろいて火宅の門に入る」で、もうジッとしてはおられないのです。「いたさ見たさに来たわいな」というのはそれです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
白糸は始め不意の面会におどろきたりしが、再び渠を熟視するに及びておのれを忘れ、三たび渠を見て、愁然として首をれたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おやこれツちやまらつしやいまし、アハヽまアお可愛かあいらしいこと、いえうも親方おやかたおどろいてましたし、表方おもてかたの者もみな感心かんしんをしてえるんで
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
杉本は枕を蹴とばされたようなおどろきに周囲を忙しく見まわす、すると彼の鼻先に、白髪あたまの校長がずんぐり迫っていた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
鷲尾が内心おどろいてるのは、この若者には一寸ちょっとも左翼がったところがないこと、ちょっとも不自然でないことだった。そのくせ何でも知っている。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
このおどろきは後から考えれば無駄でした。鷹は余りひどい勢いで部屋に飛び込んだので卓子に躯をぶっつけ、そのまま死んで仕舞ったのでしたから。
そが中に屡々しばしば悪魔のごとき黒山の影の面を衝いて揺くにおどろきつ。流を左に沿ひて大河野おかのに到り、右に別れて駒鳴の宿に入るや既に深夜を過ぎたり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
虎が圏中で吼ゆるを観たが一向懼ろしくなかった、家内にあって山上の虎声におどろき酒をこぼしたなどは余程の臆病者じゃ。
立山には金峰山上の五丈石や鳳凰山頂の大日岩の如く、孤高峭立した人目をおどろかすような岩の尖りは殆んど見られない。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ところで天子の御批ぎょひがくだったので、法院ではひどくおどろいて、ふたたび罪をしらべなおすことになった。黄吏部もそれには駭いて周を殺そうとした。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
呉王ごわう臺上だいじやうより、((孫子ガ))まさ愛姫あいきらんとするをおほいおどろき、すみやかに使つかひをしてれいくださしめていは
それは私が蛇を踏んだのを見ておどろいたためではなく、ただその叫び声に肝をつぶしたんで馳け出したのだそうです。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
細君は大いにおどろいて、判官の傍へ往かさないようにしたが、朱は聴かないで、立ったままで肴のできるのを待って出て往き、判官と杯のやりとりをした。
陸判 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
楽長は邪心と云われたので、おどろいた。さっき孔子を怨む心がきざしたのを、もう見ぬかれたのか知ら、と疑った。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかもその豪家の主人は、ある夜、酒に酔ってかの川べりを通ると、馬がにわかにおどろいたために川のなかへ転げ落ちて、あたかも張とおなじ場所で死んだ。
と、五六けん手前てまへからしかり付けた。唖者をし子等こらは人の気勢けはひおどろいて、手に手にあか死人花しびとばなを持つたまヽはたけ横切よこぎつて、半町も無い鹿しヽたにの盲唖院へ駆けて帰つた
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
その時、ふたたびおどろきにかれた筒井はその声のぬしが、四年前に別れた男であることをもはやうたがうことが出来なかった。とうとう戻って見えられた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
獣は所謂いわゆるおどろき心になって急にはしったり、おそれの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら、何ぞの場合にはみつこうか、はたきつけようかと
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
エソップの寓話の中に、或時鹿の子が母鹿の犬の声に怖れて逃げるのを見て、お母さんは大きな体をして何故に小さい犬の声におどろいて逃げるのであるかと問うた。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
婦人は身を椅子に支えつつ、怖れとおどろきの眼を見開いて両者の挌闘を見詰めている。もし彼女が指一本動かしてどちらかに加勢すれば、その方は正に勝利を得るのだ。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
御溝の那方あなたに長く曳ける我影におどろきて、傾く月を見返る男、眉太まゆふと鼻隆はなたかく、一見凜々りゝしき勇士の相貌、月に笑めるか、花にわらふか、あはれまぶたあたりに一掬の微笑を帶びぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
なかのある号で、Mountainマウンテン Accidentsアクシデンツ と題する一篇につて、かつてこゝろおどろかした。それには高山をのぼる冒険者の、怪我あやまちが沢山にならべてあつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
思うに、人事において流行はやりすたりのある如く、自然においても旧式のものと新式のものが自らある、空中飛行機におどろく心は、やがて彗星をあやしむ心と同一であると云えよう。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
其中そのうちひめ目覺めざめしゆゑ、てんせるわざ是非ぜひおよばず、ともかくてござれ、とすゝむるうちに、ちかづく人聲ひとごゑわれらおどろ逃出にげいでましたが、絶望ぜつばうあまりにや、ひめつゞいてまゐりもせず
待ちもうけても今更人の心魂をおどろかす大砲の音が、家をも我等の全身をもうごかして響いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この時の骸骨雨宿りの画は意匠の妙といひ筆力の壮といひ社中の同人をおどろかしたる者なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
私は少しばかり好奇心をもってその後を追うて行った。我々は時々、交尾していたらしいこずえの野鳥をおどろかした。こうした早足で行くこと三十分ばかりで、犬は急に立ちとまった。
初めて師の門を叩いて、此だけの作物を示したとすれば、恐らく千種園を囲る多くの人々がおどろいたことは察せられる。此は、八月の事だから、既に雁の渡る時季だつたのだらう。
橘曙覧評伝 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
おどろきて突然駈け出し、余は殆んど落ちむとして馬の首を抱くものいくたび。パレスタイン六月の日は容赦なく頭上より照りつけ、古鞍ふるぐらに尻いたく、岩山の上り下り頗る困憊を極む。
ダイアナが計畫通り(これは私を威嚇ゐくわくおどろかした)百科全書讀破を實行し、私が獨逸語に沒頭してゐる間、彼は彼自身の神祕的な研究、即ち彼の計畫にその修得しうとくが必要だと考へた
「おれは、北京の礼部院の壁画をかいて、あつちの天子共をおどろかしてやつたわい。」
故郷に帰りゆくこころ (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
そして五六人の男女に取り巻かれているが、その姿勢や態度が目をおどろかすのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
虹汀おどろき馳せ寄りて抱き止め、程近き松原の砂清らかなる処に伴ひ、事の仔細を問ひ訊すに、かの乙女、はじめはひたぶるに打ち泣くのみなりしが、やう/\にして語り出づるやう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
痩せ細る足を手拭でこすりながら、ふと私はそれが死んだ妻のそれに似てくるのにおどろかされることもある。それから、私は近頃、嘗て妻が苦しんだ夜半の咳の発作にも悩まされている。
吾亦紅 (新字新仮名) / 原民喜(著)
こればかりは実物で、見ていてもこちらがへんになるくらい熱烈ねつれつなながい接吻せっぷんをしています。これには、いちばんおどろいて、部屋のはしにあった階段を、むちゃくちゃにけあがりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
一同は愕然あっと驚いた。最もおどろいた——或いはそう見えた——のが為吉であった。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
お君の死顏は死のおどろきさへも拭ひ去られて、世にも清らかな美しいものでした。
九時頃に小野田が外から帰って来たとき、おどろかされたお島の心は、まだ全くしずまらずにいた。人品や心の卑しげな川西に、いつでも誰にも動く女のように見られたのが可恥はずかしく腹立しかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いつしか眼が曇り両人ふたりの顔がかすんで話声もやや遠くこもッて聞こえる……「なに、十円さ」と突然鼓膜こまくを破る昇の声におどろかされ、震え上る拍子ひょうしに眼を看開みひらいて、忙わしく両人ふたりの顔をうかがえば
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
果然、その夜から間もないある日、袁世凱の突然の死が、世界中の新聞に発表されて世の中の人をおどろかせた。あまり突然であったため、世人は死因に疑いを抱き暗殺ではなかろうかと噂した。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今歩を停めて仰ぎ見れば、その大さ、その豐さ、その美しさ、譬へんに物なしと覺えき。殊に目をおどろかせるは、窓の裡なる長き絹のとばりなり。あの内にいます君は、いま我等が識る人となりぬ。