ひら)” の例文
囲みは自然に解けて、五六人の荒くれ男、手拭や風呂敷で面体を包んだのが、棍棒、匕首あいくちひらめかして、三方から競いかかりました。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
さっと振り上げられた手には短劒がひらめいた。と発止!打ち下された。激しい痛みを肩に覚えて、少年は思わず握った手をゆるめる。
きらりと——互いの白刃が綾にひらめいたかと見えた刹那、ぬッとそれへ現れた浪人の片足が、二人の腕を下からぱッとすくい上げた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
へさきの斜の行手に浪から立ちのぼって、ホースの雨のように、飛魚の群が虹のような色彩にひらめいて、繰り返し繰り返し海へ注ぎ落ちる。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
静かにさす午後の日に白くひかって小虫こむしが飛ぶ。蜘糸くものいの断片が日光の道を見せてひらめく。甲州の山は小春こはるそらにうっとりとかすんで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
日頃の柔和さとはガラリ変った態度、色白の顔にほんのり血の気がさして、大きくみひらいた双眸そうぼうには犯し難い威力と殺気がひらめいていた。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この十人ほどの踊りはいろいろに変化したが、間を保たせず、ひらめき変り、ひるがえってゆく調子の連続に訓練のこもった妙味があった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
遂に最後の乾燥をおわると、はさはさ、さわさわと白い白い音と平面光とを立てながら、ここにすうすうすうとひらめき出して来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
暗闇くらやみの広っぱを横ぎりながら、あれかこれかと思いめぐらすうちに、やがて、ある恐ろしい考えが、火花のように明智の頭にひらめいた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と言って、部屋を出ようとしたり、声を出そうとすれば、今にも喬之助の手に白刃はくじんひらめきそうに思われるのだ。玄蕃は、素手すでである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たゞくちびるがあまり厚過あつすぎるので、其所そこ幾分いくぶんゆるみがえた。そのかはかれには、普通ふつう人間にんげん到底たうているべからざる一種いつしゆ精彩せいさいひらめいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ちらりとFさんの恰幅かっぷくのいい肩が見え、その陰からまたしてもひらめくやうに、姉さまの白い顔がこちらを振り返つたやうな気がしました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
スワ又一大事と身を飜えして逃げようとすると背中から雲かと思われる三葉虫が蔽いかかる。横の方からイソギンチャクが毒槍をひらめかす。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
思わずれる女の口うらに驚いた、——せかせかと談じこんで行った神山外記の言葉と通ずる何ものかがそこにひらめいている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
だがしかし、私が友の家を跳び出した時、ふいに全く思ひがけなく、その憑き物のやうな言葉の意味が、急に明るく、霊感のやうにひらめいた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
されど己が十字架をとりてクリストに從ふ者は、いつかかの光明の中にひらめくクリストを見てわがかくはぶくを責めざるならむ 一〇六—一〇八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
内心からひらめいて来るものの見える時は其平凡人がたちまち恐ろしい非凡の相を表わす。電車の中でも時々そういう事を見る。
人の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
がんりきは、竜之助の刀を避けて、ならの木の蔭へ隠れる。白刃しらはひらめかした竜之助は、蹌踉そうろうとして、がんりきの隠れた楢の木の方へと歩み寄る。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その火影は寒さにって、穂尖ほさきが細く、しんが赤くなって、折々自然にゆらゆらとひらめくのが、翁の姿を朧気おぼろげに照していた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
切りたるぞはやとらへ給はれと云ふ間あらせず重四郎は心得たりと一たうひらりと拔より早く練馬ねりま藤兵衞を後背うしろよりばつさり袈裟掛けさがけに切放しければ是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
生の美しさは個性と持続とのなかからのみひらめき出るように思える。断片的な享楽の美は私には迷わしにほかならない。
転向 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
往来の方へ駈けぬけようとした刹那せつな、お吉の家の二階から、二階の窓の格子の間から、ひらめき落ちて来るものがあった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一瞬のひらめきのうちに、彼女は、それらの恥ずかしい過去のことを、また自分を支持してくれた激しい征服意志のことを、はっきり思い浮かべた。
それからメスがひらめくと見る間に、脳は縦に二つに切られた。まるで豆腐を切るような楽さであった。切断面を見ると、内部には白い髄体が見えた。
人体解剖を看るの記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
時々、海老屋の大時計のつらが、時間ときの筋をうねらして、かすかな稲妻にひらめき出るのみ。二階で便たよる深夜の光は、瓦斯がすを合わせて、ただその三つのともしびとなる。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、その考えがひらめくと、私は次の瞬間には、もう彼女の首を抱いて、その研究室を飛出したのであった。
吉里ははらはらと涙をこぼして、「これから頼りになッておくんなさいよ」と、善吉を見つめた時、平田のことがいろいろな方から電光のごとく心にひらめいた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
葉子が博士はかせと別れてここへ来るとき贈られたものだということが、頭にひらめいて、それも一羽は一月前に死んだ後を独りわびしく暮らしていた哀れな雄の方が
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その朦朧もうろうとした写真では大阪の富裕ふゆうな町家の婦人らしい気品を認められる以外に、うつくしいけれどもこれという個性のひらめきがなく印象の稀薄きはくな感じがする。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見ると、伸子がどこで手に入れたのか、ギラギラ光る短刀をひらめかして、勢い鋭く玉島に詰め寄せている。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そこに人間としてのおもしろさがひらめいているように思えて、なにかいい感じがし、親しみを感じます。
そこらをぎ廻るやうにひらめき動いて、女中を通して、自分のこの室にも病人がゐて、それが彼のはひる少し前に不治の身体になつて帰郷したのだと云ふことや
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
すでに甘味スウイティだから、ペトラはあの、アンダルシアの荒野に実る黒苺くろいちごみたいな緑の髪と、トレドの谷の草露くさつゆのようにひらめく眼と歯をもつ生粋のすぺいんだったが
こはき物を見付けつと、なほ隠れて車をり過し、ひらりとその上に飛び乗りて、積みたるさかなをば音せぬやうに、少しづつ路上みちのべ投落なげおとすを、牛飼は少しも心付かず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そのときの娘の眼にはあるひらめきがあり、どっかに猫イラズを前にした時の彼女の姿が感じられた。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
遥か川上かわかみの空のはずれに夏の名残を示す雲の峰が立っていて細い稲妻が絶間たえまなくひらめいては消える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
咄嗟とっさに英夫の頭にひらめいて来たのは、平林大尉が、あらゆる方法で探し出そうとしている敵の秘密の根拠地は、きっとこんなところに違いない! ということだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しこうして二者の関係、電わずかにひらめけば、雷たちまち轟くが如く、霎時しょうじい発するあり。あるいは肥料を植物に施したるが如く、その効験容易に察すべからざるものあり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
雪にひらめき氷にとがれる壮観に接して、北へ! 北へ! と、踴躍ようやくする自然崇拝者の、憧憬を持ち得られるであろう、それからそれへと、自然に対する愛慕と驚異の情を
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
穿孔機ボールバン、旋盤、穿削機ミーリング……が鋭い音響をたてながら鉄を削り、あなをうがち、火花をひらめかせた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
雪之丞、わずらわしくなって、嚇すように、懐剣を、わざと、チラと、ひらめかして見せたとき
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
長面で頬がやつれていて眉間みけんの中央に目立って大きい黒子ほくろがある。それが神々しく感ぜられる。唇にはいつも寂しい微笑を含ませ、眼差まなざしにはいつも異様なひらめきを見せている。
と、それと同時に、凄じい電光がひらめいて、主人の持つてゐた金槌に感電し、つゞいて、妻の頭の簪に感電して、そのまゝ二人とも、すつとも言はず死んで了つたといふことであつた。
迅雷 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
代赭色たいしゃいろの山坂にシャベルを揮う労働者や、雨に濡れて行く兵隊や、灰色の海のあなたに音なく燃焼して沈む太陽を見るときに、まだ私に残された強実な人生のひらめきに触れて心がおどる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
時々判断力がひらめく、尋常科一年の受持であるが、誠に善良なナースである。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かれが更に半七をきっと見あげたひとみには一種の強い決心がひらめいていた。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
野を散歩すうららかにして小春の季節なり。櫨紅葉はじもみじは半ば散りて半ば枝に残りたる、風吹くごとにひらめき飛ぶ。海近き河口に至る。潮退きてあらわれ鳥のぐん、飛び回る。水門をろす童子どうじあり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
間もなく次の電光は、明るくサッサッとひらめいて、にわ幻燈げんとうのように青くうかび、雨のつぶうつくしい楕円形だえんけいの粒になってちゅうとどまり、そしてガドルフのいとしい花は、まっ白にかっといかって立ちました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
他のどんな花聟はなむこが彼のやうな樣子——こんなに目的を急いで、こんなに恐ろしいやうに決然としてゐることがあらうか、また、誰が、あんなきつとなつた眉の下に、あんな燃えるやうなひらめく眼を
そこでたとひ第一義的な問題にいての、所謂いはゆる侃々諤々かん/\がく/\の議論が出ても、それは畢竟ひつきやうするに、頭脳のよさの誇り合ひであり、衒学げんがくの角突合であり、機智のひらめかし合ひで、それ以上の何物でもないと
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)