足許あしもと)” の例文
こんどは少し大声で呼ぶと、何と感づいたかN君は、何か落し物でもしたように、足許あしもとへ顔をうつむけてグルグル舞いをするのである。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
向う岸で法螺ほらの貝を吹き出すと、やがてこちらでも、いつのまにか、田山白雲のつい足許あしもとから同じ貝の音がすさまじく響き出しました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「しようがないね、その敵のため、ぼくたちははじめから捕虜ほりょになってしまって……おや、へんだね、足許あしもとがゆらいでいるじゃないか」
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
諏訪 あんまり言いなりになるようで莫迦々々しいんだもの、妾達、始終家を空けるもんで、足許あしもとをみてるんだわ。きっとそうよ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
これを聞棄ききずてに、今は、ゆっくりと歩行あるき出したが、雨がふわふわと思いのまま軽い風に浮立つ中に、どうやら足許あしもともふらふらとなる。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
己が少しでもそれを心に感じたのだと思って貰うと大違いだ。(主人は手紙の束を死の足許あしもとに投げ付く。手紙床の上に飛び散る。)
西山東山、そんな遠くは言わずもがな、足許あしもとの水桶さえも定かではない。恐しい深い霧だ、天地はただ明るい鼠色に塗られてしまった。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
みを子は母親の肩に掴まって、危ぶない足許あしもとを踏みしめて、警察の段々を降りた。外に出ても母親はハンカチを眼頭に宛てて泣いていた。
母親 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
此時このときにふと心付こゝろつくと、何者なにものわたくしうしろにこそ/\と尾行びかうして樣子やうす、オヤへんだと振返ふりかへる、途端とたんそのかげまろぶがごとわたくし足許あしもとはしつた。
私たちがそういう林の中の空地の一つへ辿たどり着いた時、突然とつぜん、一つの小石が何処どこからともなく飛んで来て私たちの足許あしもとに落ちた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
誰が、自分のすぐ足許あしもとから、平家の今の権勢に対して、弓をひくほどな不敵な行動をしようと、安心しきっているのであった。ところが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勘次かんじはしつて鬼怒川きぬがはきしつたとききりが一ぱいりて、みづかれ足許あしもとから二三げんさきえるのみであつた。きしにはふねつないでなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして足許あしもとには薪割まきわり用の台があって、その上に欠け皿がひとつおいてある、——どうするかと、ひとみをこらして見まもる刹那せつな
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其晩は鼻をまゝれる程の闇で、足許あしもとさへも覚束なかつた。丑松は先に立つて、提灯の光に夜路を照らし乍ら、山深く叔父を導いて行つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その根元の小高い丘の上に……今私の立っているこの足許あしもとに、もはや姉と妹ととは争いもなく、平和に眠っているのであろう。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
僕はいい気味で、もう一つ八っちゃんの頬ぺたをなぐりつけておいて、八っちゃんの足許あしもとにころげている碁石ごいしを大急ぎでひったくってやった。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すぐ前に青々として目の醒めそうな日本海の波は、ど、どん、どどんと足許あしもとまで、打ち寄せる浜辺に出るのであります。
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
然し男は「ままよ」の安心で、大戸の中のくぐとおぼしいところを女に従って、ただ只管ひたすら足許あしもとを気にしながら入った。女は一寸また締りをした。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
注意ぶかく次第に接近するにつれて、双方は何か対立する気配をぎ取った。ぴたッと立ちどまっていた。ざくりと足許あしもとの砂がくだけるのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
色のせた粗末な革鞄トランクをほとんど投げ出すように彼の足許あしもとへ置くと、我慢がしきれないと云ったように急いで顔や手に流れている汗を手拭でふいた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
その上足許あしもとも不確かで、ヒョロヒョロと行っては、ぬかるみに足を取られて、泥の中へヘタヘタと坐ったりしました。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
それから彼は足許あしもとに落ちたからの財布を踏んで、つかつかと賭博台とばくだいの前に進んで行きました。そこには三十九の無気味な機会チャンスが彼を待っているのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
食物は足附きの大きな台に幾つでも並べて、おおいなどはしないで、それを男が頭の上に乗せ、柄の長い提灯で足許あしもとを照しながら、さっさと歩きます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
あの狐のような玉島が赤い血潮を流しながら、彼の足許あしもとでヒクヒクと四肢を顫わして、息の絶えて行く哀れな姿を思い浮べると、彼は鳥渡ちょっと愉快だった。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
まっ黒な背景の中に、ころもの様な、真赤な道化服を着た一寸法師が、大の字に立ちはだかっていた。その足許あしもとには血糊のついたダンビラが転っていた。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふたりは怪しい蝶の行くえを追って行くとき、留吉は足許あしもとに倒れている石塔につまずいて横倒しにどっと倒れた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五六歩行くと、彼はつまずいた。見ると、足許あしもとに木乃伊がころがっている。彼は、またほとんど何の考えもなしにその木乃伊を抱起だきおこして、神像の台に立掛たてかけた。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
出口をふさがれたような青春の情熱がくすぶり、乏しい才能がいたずらに掘じくり返された。彼はいつとなし自身の足許あしもとばかり見ているような人間になってしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
雨粒の身になって見れば、足許あしもとに吸取紙が見えてから急に騒ぎ出したって、本当に眼のある人から見られたら、それはいかにも愚かな仕業にうつるであろう。
雨粒 (新字新仮名) / 石原純(著)
「鳴鶴くらい書けるのですか」というから「鳴鶴くらいじゃない。鳴鶴が足許あしもとにも追っつかないのだ」
よい書とうまい書 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
一見分明ぶんみょうである、足許あしもとから山上までの直径の高さは、モン・ブラン以上である(移民時代の一愛山家は、「シャスタに登ってモン・ブランを笑ってやれ」と言った)
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
足許あしもとほうきだの、頭の上からさがって来ているものをきわけて、一間たらずの土間の隅につれてゆくと、並んでいる箱の硝子蓋ガラスぶたをとって中の駄菓子をとれと教えた。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
Kと私とは崩壊した家屋の上を乗越え、障害物をけながら、はじめはそろそろと進んで行く。そのうちに、足許あしもと平坦へいたんな地面に達し、道路に出ていることがわかる。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼等は足許あしもとに埃を舞はせながら白白とした野路を歩き出した。実枝は日傘ひがさかざした。礼助と兄とはすそ端折はしよつてゐた。礼助はステツキで向う手の山を指しながら云つた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
着流し散髪ざんぱつの男がいかにも思いやつれたふう足許あしもとあやうく歩み出る。女とれちがいに顔を見合して
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
讀者よ、アデェルがずつと今迄私の足許あしもとの足臺に温和おとなしく坐つてゐたと想像はなさらないだらう。
そして左側には硯に筆を添え、それと並べて反古ほごのような紙の巻いたのを置いてある。また足許あしもとには焼火したらしい枯枝の燃えさしがあって、糸のような煙が立っている。
「へいへい、合点がってんでげす。つきはなくとも星明ほしあかり、足許あしもとくるいはござんせんから御安心ごあんしんを」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あぶない横這いの足許あしもと、油断のない久太夫の手許、師走のさなかに大汗になり「この通り、この通り」と手を擦りあわせ、これはもう必死の形相でジリジリと居所変いどころがえをしている。
ボニン島物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
足許あしもとから鳥が立つようなあわただしさの中にも、八という末広がりの日を選んで、世間なみの式を挙げることになった。その日家を出るときミネは、彼女の唇にうすく口紅をつけてやった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
まだしも彼と相識ちかづきになってくれるかも知れないが、もう勅任官ちょくにんかんの位をち得たほどの人物だったら、おそらく、誰でも自分の足許あしもとに這いつくばうものに向って傲然として投げつける
歩く足許あしもとさえおぼつかなく、言葉もウマウマとか、イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかとも思われ、私はこの子を銭湯に連れて行きはだかにして抱き上げて
ヴィヨンの妻 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのほかには飛び飛びに立っている、小さい側栢ひのきがあるばかりである。しばらく照り続けて、広小路は往来の人の足許あしもとから、白い土烟つちけぶりが立つのに、この塀のうちは打水をしたこけが青々としている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
けむが散ったあとで、見ると、足許あしもとに、猫がたった一つの眼で彼を見据えている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
出るわ/\、二足行ってはかさ/\/\、五歩往ってはくゎさ/\/\、烏蛇、山かゞし、地もぐり、あらゆる蛇が彼の足許あしもとから右左に逃げて行く。まるで蛇を踏分けて行くようなものだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
足許あしもとを探り探り上って行く私を、中段で待ち受けながら
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
壮士の額にはようやく汗がにじんできた、それと共に気がジリジリとれ出すのがわかります。この時、竜之助の足許あしもとがこころもち進む。
だんちるやうにりたときくろ狐格子きつねがうし背後うしろにして、をんな斜違はすつかひ其處そこつたが、足許あしもとに、やあのむくぢやらの三俵法師さんだらぼふしだ。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
スコール艇長の長いひげがばさりと下に落ちた。つづいて右の頬ひげが脱落した。それから右の口ひげも、顔からはなれて足許あしもとに落ちた。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
「おゆう、わしをあの木蔭の茶室まで、連れて行け。……足許あしもともおぼつかないほど酔うてしまった。そなたの手で、茶を一ぷくもらおう」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)