“相識”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
しりあい33.3%
あいし28.6%
そうしき11.9%
さうしき9.5%
ちかづき7.1%
あいしっ2.4%
あひし2.4%
しりあひ2.4%
みしり2.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
この下宿さがし——小野さんと私たちが相識(しりあい)になったのは、その「下宿探し」という楽しい企業に関する一つの妙ないきさつからだった。
この人生れてより下二番町(しもにばんちょう)に住み巌谷小波(いわやさざなみ)先生の門人とは近隣の誼(よしみ)にて自然と相識(あいし)れるが中(うち)にも取りわけ羅臥雲(らがうん)とて清人(しんじん)にて日本の文章俳句を
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
景一は京都赤松殿邸(やしき)にありし時、烏丸光広(からすまるみつひろ)卿と相識(そうしき)に相成りおり候(そろ)。これは光広卿が幽斎公和歌の御弟子にて、嫡子(ちゃくし)光賢(みつかた)卿に松向寺殿の御息女万姫君(まんひめぎみ)を妻(めあわ)せ居られ候(そろ)故(ゆえ)に候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或は我を識り給ふ期(ご)あらんも知るべからず。おん身は知らぬ大都會に往き給ふといへば、かしこにて一度我家におとづれ、我夫と相識(さうしき)になり給はんかた宜しからん。
広津(ひろつ)と知つたのは、廿(にぢう)一年の春であつたか、少年園(せうねんゑん)の宴会(ゑんくわい)が不忍池(しのばず)の長酡亭(ちやうだてい)に在(あ)つて、其(そ)の席上(せきじやう)で相識(ちかづき)に成(な)つたのでした、其頃(そのころ)博文館(はくぶんくわん)が大和錦(やまとにしき)と云(い)ふ小説雑誌を出して居(ゐ)て
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
エッ? 二人が相識(あいしっ)たのは歌留多会からだ、双方に理解があったのだ、今度の事件は二人共、道徳上問題だが、二人の中に関して道徳を課するのはどうかね
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
彼は幼き時より物読むことをば流石(さすが)に好みしかど、手に入るは卑しき「コルポルタアジユ」と唱ふる貸本屋の小説のみなりしを、余と相識(あひし)る頃より、余が借しつる書を読みならひて
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
馴々(なれ/\)しいのとは違ふ。初(はじめ)から旧(ふる)い相識(しりあひ)なのである。同時に女は肉(にく)の豊(ゆたか)でない頬(ほゝ)を動かしてにこりと笑つた。蒼白いうちに、なつかしい暖味(あたゝかみ)が出来た。三四郎の足は自然(しぜん)と部屋の内(うち)へ這入つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
笹の関は、中川修理太夫の領内で、したがって、藩士の久住希十郎とは、故郷許(くにもと)からの相識(みしり)だった。もっとも、しりあいといったところで、身分が違う。