“広津”の読み方と例文
読み方割合
ひろつ100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
その時の話は以前広津(ひろつ)氏が何かへ書いたことがあるからそれは省略するとして、今一つは奈良公園での出来事だった。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
広津(ひろつ)が編輯主任(へんしうしゆにん)でありました、乙羽庵(おとはあん)は始め二橋散史(にけうさんし)と名(なの)つて石橋(いしばし)を便(たよ)つて来たのです、其(その)時は累卵之東洋的(るいらんのとうやうてき)悲憤文字(ひふんもんじ)を書いて居(ゐ)たのを、石橋(いしばし)から硯友社(けんいうしや)へ紹介(せうかい)して
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
広津(ひろつ)と知つたのは、廿(にぢう)一年の春であつたか、少年園(せうねんゑん)の宴会(ゑんくわい)が不忍池(しのばず)の長酡亭(ちやうだてい)に在(あ)つて、其(そ)の席上(せきじやう)で相識(ちかづき)に成(な)つたのでした、其頃(そのころ)博文館(はくぶんくわん)が大和錦(やまとにしき)と云(い)ふ小説雑誌を出して居(ゐ)て
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)