臥床ふしど)” の例文
臥床ふしどの跡を見、媼が經卷珠數じゆずと共に藏したる我畫反古ほごを見、また爐の側にて燒栗を噛みつゝ昔語せばやとおもふ心を聞え上げぬ。
臥床ふしどの中で、私はひとり目を醒ました。夜明けに遠く、窓の鎧扉の隙間から、あるかなきかの侘しい光が、幽明のやうに影を映して居た。
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
腕と手とを組み合わせ、輝ける空の下を、愛の臥床ふしどへ連れだってもどり来るおりの、うるわしいゆうべの夢想。風は灌木かんぼくの枝をそよがしている。
あゝさち多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりてひと臥床ふしどに殘されず 一一八—一二〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
いろ勝ちの臥床ふしどの上に、楚々そそと起き直っている彼女を一目見て、なるほど公方くぼうちょうをほしいままにするだけの、一代の美女だと思った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
お小夜は食事あたたかく父に満足させて後、病母の臥床ふしどをも見舞い、それから再び庭場におりて米をき始めた。父は驚いて
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
三階にあがる。部屋の隅を見ると冷やかにカーライルの寝台ねだいよこたわっている。青き戸帳とばりが物静かに垂れてむなしき臥床ふしどうち寂然せきぜんとして薄暗い。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
臥床ふしどを出るや否やいそいで朝飯あさはんととのえようと下座敷したざしきへ降りかけた時出合頭であいがしらにあわただしく梯子段はしごだんを上って来たのは年寄った宿の妻であった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これはよろしく職掌がらの目明しの万吉がいい相談相手であろうと、自分は精神的に慰めだけをいうに止めて、先へ臥床ふしどへ入ってしまった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八歳やっつの昔なれば、母の姿貌すがたかたちははっきりと覚えねど、始終えみを含みていられしことと、臨終のその前にわれを臥床ふしどに呼びて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
叔母や従同胞等いとこらは日が暮れて間もなく寝て了ふのだから、酔つた叔父は暗闇の中を手探り足探りに、おの臥床ふしどを見つけてもぐり込むのだつたさうな。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いわば、長夜の臥床ふしどからさめようとする直前、一段深く熟睡うまいに落ち込む瞬間がある。そうした払暁あさのひとときだった。
橋の下の筵の臥床ふしどに潜り込む時のように、一番贅沢な寝台の上の、薄い絹布団の中へ身を横たえて眼をつぶりました。
よる臥床ふしどに就くときも、色々のもので塗りあげられた彼女の顔が、電気の灯影にすごいような厭な美しさを見せていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
きまりきった宿の部屋であったから、闇の中でも、床の間の在所ありか、そこを枕としている調所の臥床ふしどは、想像できた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
すみの屋根裏より窓に向かいて斜めにさがれるはりを、紙にて張りたる下の、立たばかしらつかうべきところに臥床ふしどあり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
煤煙ばいえん臥床ふしどに熟睡していたグレート大阪おおさかが、ある寒い冬の朝を迎えて間もないころ、突如として或る区画に住む市民たちの鼻を刺戟した淡いいやな臭気こそ
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けゆくまゝに燈火ともしびのかげなどうら淋しく、寝られぬなれば臥床ふしどらんもせんなしとて、小切こぎれ入れたる畳紙たたうがみとり出だし、なにとはなしに針をも取られぬ。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昨夜眠ったまま、もう永久に口をきかず、眼も見開かない自分が、冷たい冷たい臥床ふしどの中に見出されるだろう。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ゆふべわが臥床ふしどに入りて、いましも甘き睡りに入らんとすれば、わが魂はわが身より君が方にとあくがれ出づ。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いつもわが独寝ひとりね臥床ふしど寂しく、愛らしき、小さき獣にうまきもの与えて、寝ながらそのくらうを待つに、一室ひとまの内より、「あおよ、」「すがわらよ。」など伯母上
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母親とすこし離れて小さい臥床ふしどがあり、そこには赤児がこれも低い笛のような安らかな睡りを睡っていた。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それで、病人たちは、死の近きを知るころになると、きまって船底近い、臥床ふしどからい出していくのです。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
臥床ふしどの脇に置いてあるステッキでやけに障子や敷居をたたいて呼んでもまだ聞こえない。障子と敷居をいいかげんきずだらけにしたころに、細君が上がって来た。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人間らしい臥床ふしど それからボェトンという駅に着きました。この辺には欧州人の住んで居ります者もありますし、その中にも農業をって居る者が多いようです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これを証拠として、孝助を盗賊どろぼうに落し、殿様にたきつけて、お手打にさせるかひまを出すか、どの道かに仕ようと、其の胴巻をたもとに入れ置き、臥床ふしどに帰って寝てしまい
退き臥床ふしどに入ければ夜は深々しん/\降積ふりつもる雪に四邊あたり䔥然しめやかにていひきの聲のみ聞えるにぞばん建部たてべの兩人は今や/\と窺ふをりお島は藤三郎を抱上いだきあげ小用こよう連行つれゆくてい持成もてなし座敷々々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
胡瓜きゅうりの汁の味でも濁川の湯のものなどには比べものにはならない。空腹をいやして臥床ふしどへはいると、疲労がすぎたのか眠られない。遠くない処で馬の鼻を鳴らす音も聞える。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
夜ははや十時を過ぎたり。されどうき立たざる心には、臥床ふしどを伸べんことさえ、いとものうし。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だから、その朝もいい心持ちで総郡内のふっくらしたのにくるまりながら、ひとり寝させておくには少し気のもめる臥床ふしどの中で、うつらうつらと快味万両の風流に浸っていると
柔かき臥床ふしどは英雄の死せんことをねがふ場所に非ず。誹謗ひばう罵詈ばり、悪名、窘迫きんぱくたま/\以て吾人の徳を成すに足るのみ。見よ清教徒は失意の時に清くして、得意の時に濁れるに非ずや。
信仰個条なかるべからず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
西八條の花見の宴に時頼もつらなりけり。其夜更闌かうたけて家に歸り、其の翌朝は常に似ず朝日影まどに差込む頃やうやく臥床ふしどを出でしが、顏の色少しく蒼味あをみを帶びたり、終夜よもすがら眠らでありしにや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其後そののち數年間すうねんかん春夏しゆんかさい折々をり/\おこなふにぎざりしが、二十五六さいころもつつるにおよび、日夜にちや奔走ほんそうさい頭痛づつうはなはだしきとき臥床ふしどきしことしば/\なりしが、そのさいには頭部とうぶ冷水れいすゐもつ冷却れいきやく
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
彼女はもう臥床ふしどに入ろうとした師歌子の枕もとへいって身の相談をしようとした。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もはや詮方せんかたなしとて、それぞれ臥床ふしどに入りしが、妾は渡韓の期も、既に今明日こんみょうにちに迫りたり、いざさらば今回の拳につきて、決心の事情を葉石はいしに申し送り、遺憾いかんの念なき旨を表し置かんと
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
純次は何か手ごろの得物をさぐっているのらしくごそごそと臥床ふしどのまわりを動きはじめていた。だんだん激しくなり増さるような泣きじゃくりの声だけがもの凄く部屋じゅうに響いていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
が何がなしに嬉しかッたので臥床ふしどへはいッてからも何となくるのがいやで、何となく待たるるものがあるような気がするので、そのくせその待たるるものはとただされるとなに、何もないので
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
私は三十年このかた来る日も来る日も同じ時刻に臥床ふしどい出した。三十年このかた同じ料理屋へいって、同じ時刻に同じ料理を食った。ただ料理を運んで来るボーイが違っていただけである。
あぶらぎった汗臭い臥床ふしどまろびたり
傍に臥床ふしどが取つてある。
袈裟の良人 (旧字旧仮名) / 菊池寛(著)
今日もまた臥床ふしど
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
市長は時として我臥床ふしどの傍に坐して、われに心を安んじて全快を待たんことを勸め、ロオザの遠からず來りて病をるべきを告げたり。
(……どこへ行っておったのか?)定相じょうそうは気がついて、うす眼をあけて彼が臥床ふしどへもぐり込むのを見ていたが、わざと言葉はかけなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄暗い取散らかした室の隅に、臥床ふしどが設けてあつて、汚れた布団の襟から、彼方向あちらむきの小い白髪頭が見えてゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あわてて火を起したり湯を沸かしたりする自分の傍にいる浅井と、いつとはなしに話に耽って、二階へあがって臥床ふしどを延べたのは、もう二時過ぎであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
無能な精神の松葉杖まつばづえを捨て去り、自分で考える労を避けて他人の思想中にすような人々の怠惰のためにできてる、その臥床ふしどを捨て去らねばならなかった。
しかし、名目が名目だけに、浪路は、屋敷に戻ると、奥の離れにしつらえられた臥床ふしどに、さも苦しげに身を横たえて、医師の加療に身をまかせねばならなかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そしてまた永遠に空洞うつろ生活らいふが……。ああ止めよ。止めよ。むしろ斷乎たる決意を取れ! 臥床ふしどの中で、私はまた呪文のやうに、いつもの習慣となつてる言葉を繰返した。
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
いざゆけ、牡羊をひつじ四の足をもて蔽ひ跨がる臥床ふしどの中に、日の七度なゝたびやすまざるまに 一三三—一三五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
誰がにかけてみがきいだしけん、老女が化粧けはひのたとへは凄し、天下一面くもりなき影の、照らすらん大廈たいかも高楼も、破屋わらやの板間の犬の臥床ふしども、さてはもれみづ人に捨てられて
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)