すが)” の例文
彼等が御題目を唱えていたのは、所謂苦しい時の神頼みで、御祖師様の御袖にすがって娘を取戻して貰おうという訳だったのでしょう。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の遁走の中途、偶然この寺の前に出た時、彼の惑乱した懺悔の心は、ふと宗教的な光明にすがってみたいという気になったのである。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
で、げないばかりに階子はしごあがると、続いた私も、一所にぐらぐらと揺れるのに、両手を壇のはじにしっかりすがった。二階から女房が
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勝氣らしいお樂も、すつかり氣がくじけたものか、評判の錢形平次が乘出したと聞くと、その袖にすがり附いて、サメザメと泣くのです。
もし信長が、十年前、庄内川のほとりですがった自分を拾い上げてくれなかったならば——と、お流れの一献いっこんもあだには飲めなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おせんはお祖父さんのひざすがりついた。そのとき表から、「爺さん」と叫びながらとび込んで来た者があった。杉田屋の幸太だった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
絶望の手を拡げてまだ自分にすがりつこうとしているようなお柳のやるせない顔を、今見て来たままに思い浮べながら、淋しく笑った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お父様……何にも仰有おっしゃらないで! と娘はひしと私の手にすがり付きました。今は真夜中で侍女たちはみんな昼の疲れで眠っております。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
こう言って女の子が、杖とも柱とも竜之助一人にすがりつく時に、一方盲法師の弁信は、いよいよ群集の中へ深入りしてしまいました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くと知るや、下からはおういおういと呼んだ。上からも答えた。中にも権次は岩の出鼻ではなすがりつつ、谷に向って大きな声で叫んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
与兵衛はさう考へながら、山の頂から真直まつすぐに川の方へ、の枝につかまりながら、つるすがりながら、大急ぎに急いで降りて行きました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
「お肚ではございませんが、これが私の持病でございまして、私はこれがあるばかりに、御仏みほとけにおすがりする気になったのでございます」
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうこうしているうちに、もう例の将校が這入って来てしまった。老女はそこで彼の膝にとりすがって、泣かんばかりにこう云った。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
何とか手探りででも何かましな物を探しすがりついて生きようという、せっぱつまれば全く何をやらかすか、自分ながらたよりない。
良心の呵責に耐え切れず、漸く見出した隙間を見て、お鉄の家の裏庭から、がけを雑草にすがりながら、谷地の稲田の畦路あぜみちにと降りた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
てんにでもいゝ、にでもいゝ、すがらうとするこゝろいのらうとするねがひが、不純ふじゆんすなとほしてきよくとろ/\と彼女かのぢよむねながた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
私は校庭にゑられた分捕品ぶんどりひんの砲身にすがり、肩にかけたかばんを抱き寄せ、こゞみ加減に皆からじろ/\向けられる視線を避けてゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
彼も突離されたように、だが、その底で彼は却って烈しく美しいものを感じた。彼はとりすがるようにそれに視入っているのだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
私たちはそう永くは街道にいなかったのだが、それでも時々立ち止って互にすがり合い耳をすました。しかし何も変った音はしなかった。
見てやって下さいね。それからあなたはお父さんの腰巾着ですからね。何処へお出でになってもお父さんに固くすがりついているのですよ
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
柱に押しつけている一人の女の、両の乳房は左右へはみ出し、つぶれてうみでも出しそうに見えた。そうも熱心にすがっているのであった。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あとすがつて来た小山内氏は、犬養木堂が外交調査会の会議室に入つてくやうにつんと済ました顔をして車掌台に足をかけた。
すがりつくのを五つ六つ続けうちにする。泣転なきころがる処を無理に取ろうとするから、ピリ/\と蚊帳が裂ける生爪ががれる。作藏は
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さうして女房にようばう激烈げきれつ神經痛しんけいつううつたへつゝんだ。卯平うへい有繋さすがいた。葬式さうしき姻戚みより近所きんじよとでいとなんだが、卯平うへいやつつゑすがつてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
これぎりむなしく相成候が、あまり口惜くちをし存候故ぞんじさふらふゆゑ、一生に一度の神仏かみほとけにもすがり候て、此文には私一念を巻込め、御許おんもと差出さしいだしまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すると、少年は、女の子のような、小さい美しい手をおずおずとあたしの腕にからませて、すがりつくような眼つきで見あげながら
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
四十二 いずれの望遠鏡にも、必ず一人はすがり付く勇者がある。いよいよ衝突の時はどの様になるだろうと、その人々は皆ひとみらした。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
胸に燃ゆる憤怨ふんえんの情を抱きながら、わらすべにでもすがりつきたい頼りない弱い心で、私達はそれから、二人の在所ありかを探して歩いた。
彼女は自ら用意してゐたと信じた第二の武器にすがりついた。が間もなく、彼女の過信だつたことが明かになつた。明子は敗れた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
常子は最後の勇気を振い、必死に夫へ追いすがろうとした。が、まだ一足ひとあしも出さぬうちに彼女の耳にはいったのは戞々かつかつひづめの鳴る音である。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妖怪変化、悪魔のたぐいが握っているのだか、何だかだかサッパり分らない黒闇〻こくあんあんの中を、とにかく後生ごしょう大事にそれにすがってしたがって歩いた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と駒に打ち乗り、濁流めがけて飛び込もうとするので式部もここは必死、しのつく雨の中をみのかさもほうり投げて若殿の駒のくつわに取りすが
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は前にも幾度かそうして見たのであったが、もう一度機械的に黒繻子くろじゅすえりを引き開け、奇蹟にでもすがるようにぐっと胸へ手を差し入れた。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
以前は男子にすがって男子の財産や収入の消費者であれば衣食住の安全を得たのに反し、今日は四囲の事情に余儀なくせられて
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
と云ううちに覆面をると、最前の小女の青褪めた顔を現わしながら銀次の胸にバッタリとすがり付いた。シャクリ上げシャクリ上げ云った。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あたいんか? あたいん家はねえ」と阿部は少しでも高くなって展望をきかせたいと思い、金網にすがってこうもりのようにぶらさがった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ホテルのスケイト・リンクで紐育ニューヨーク渡りのバヴァリイKIDSがサクセフォンをほゆらせ、酒樽型の大太鼓をころがし、それにフィドルがすが
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
執念しぶとい好奇心だけにすがっていて、朦朧もうろうとした夢の中で楽しんでいる——ともかく、そのほうが幸福なのかも判りませんわ。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それで乞食一統は恵みに思うためか学園の生徒とみれば袖にもすがらなければ、悪気のある振舞いは一切しませんでしたから——
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つまりはちぎりをめたただ一人ひとりの若者にすがって、純なる夫婦のかたらいを持続する力の無い、あわれなる者という意味にほかならぬのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ブルダンは吃驚びっくりして払いのけた。けれどもこの怪物はしつこく舞い戻って来ては、その有毒なあしを踏んばって一生懸命に彼の唇にすがりついた。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
すがり着いたり舐め廻したりしたものであつたが、もしもあんな風にされたら、それを振り切るのに又もう一度辛い思ひをしなければならない。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
殺す時機じき因果いんぐわづくだが斷念あきらめて成佛じやうぶつしやれお安殿と又切付れば手を合せどうでも私を殺すのか二人の娘にあふまではしにともないぞや/\と刄にすがるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大水の時蛇多く屋根に集まり、わずかに取りすがりいる婦女や児輩が驚き怖れて手を放ち溺死する事しばしばあったと聞く。
それだから軽侮けいぶうらに、何となく人にすがりたい景色が見える。人を馬鹿にした様子の底につつしみ深い分別ふんべつがほのめいている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ある時は長い間人知れず自らとがめてゐた殺人の罪を持つた男をしてその胸を開かしめた。父親てゝおやの子を生んだ娘は泣いてその汚れた袈裟けさすがつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
男たちに言いつけて、畳にしがみつき、柱にかきすが古婆ふるばばつかみ出させた。そうした威高さは、さすがにおのずから備っていた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いざ客人、船を待ち給はんは望なき事なり。我馬の尾にすがりておよがんこともたやすからねば、鞍の半を分けて參らすべし。
帰りは、反対の方角なので、日比谷の角で別れたのだが、美津子は、彼等の乗つたタクシイが走り出すと、急に胸をつまらせて、母の手にすがつた。
髪の毛と花びら (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
併し婦人は、驚異の眼をみはっている彼の顔を見ると、すぐに乗合自動車のステップに足をかけた。彼は、動き出したその乗合自動車に飛びすがった。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)