からす)” の例文
樵夫きこりはこれをしらず、今日の生業かせぎはこれにてたれり、いざや焼飯やきめしにせんとて打より見れば一つぶものこさず、からすどもは樹上きのうへにありてなく
尾を振ってグウグウ唸って友を呼でいるのではないか。犬すらそうだ。また烏合うごうという文字がある。からすもお友達を求め歩いている。
イエスキリストの友誼 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
カアカア、アオウガアガアガア、と五六みづうへひく濡色ぬれいろからすくちばしくろぶ。ぐわた/\、かたり/\とはしうへ荷車にぐるま
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
けたたましい羽音と共に、からすの群れが、最初は二羽、それから三羽四羽と引きつづいて、自分の頭の上の松の木にとまってき出した。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馬の沓屋と馬方との話に、一番よく似ているのは梟とからすとの話である。昔は梟は染物屋で、烏は真白な羽をした美しい鳥であった。
松の梢ではからすの群が無気味な声で啼きあい、賑かな羽音を時折り、六やんの頭上に落下させている。松の枯れ葉が顔にちりかかる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
ラ・フォンテーヌの物語にあるからす(コルボー)ときつね(ルナール)との名前である。いかにも法曹界ほうそうかい冷笑ひやかしの種となるに適していた。
柿が肉のうちに渋味を蔵するのはからすに対して自己を保護するのである。栗が渋い内皮をもっているのは昆虫類に対する防禦ぼうぎょである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
矢来の酒井の森にはからすの声がやかましく聞える。どの家でも夕飯が済んで、門口に若い娘の白い顔も見える。ボールを投げている少年もある。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
とふくろうはって、さんざんくびをひねってかんがえていましたが、やがてからすをどっぷり、くろすみのつぼにつっみました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
逢つて來るつもりでしたが——男のくせに恐ろしく長い湯で、あつしなんかからすの行水見たいに、煙草三服の間に一と風呂入つて見せるのを
それも一人や二人じゃアねえ、数十人の女にだ! ただの女じゃアなさそうだ、からすのおけ、蝙蝠こうもりのお化け! と云ったような女だなあ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あんただつてばかづらで、町かどでぽかんとして裸の足ばかり見てゐてさ、喉の乾いたからすのやうにがつがつしてゐるやないか。
神のない子 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
いままでの怠惰たいだからすも、それからはせっせと学校へ通うようになったし、おかげで無事に医師の免状をもらうことも出来て、まあどうやら
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すずめがとびこんできました。頬白ほおじろがとびこんできました。つぐみがとびこんできました。山鳩やまばとがとびこんできました。からすがとびこんできました。
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「気の毒気の毒」と思いにうとうととして眼を覚まして見れば、からす啼声なきごえ、雨戸を繰る音、裏の井戸で釣瓶つるべきしらせるひびき
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
数丈すうじょううえのてっぺんに、からすのようにとまった竹童、したり顔して、あたりの形勢けいせいをとくと見とどけてのち、ふたたびりてくると、こんどは
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
課目以外の答案を出して採点を求める生徒は一人もない。したがって教師は融通がかなくてもよい。造物主は白いからすを一夜に作るかも知れぬ。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ここらに多い屋敷々々の森が、あいをとかしたような暮色を流しはじめて、空いちめんに点を打ったようにからすが群れていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
せしに相違なしと思ひければ夫より三井寺の辨慶は長屋中を觸歩行ふれあるきしに仲間なる丹波の荒熊あらくま又は皿廻さらまはからす聲色こわいろつかひなど皆々此浪宅へ來り樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
からすの新らしい少佐は礼をして大監督の前をさがり、列に戻つて、いまマヂエルの星の居るあたりの青ぞらを仰ぎました。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
道にはだかって横顔を見せてる大型のからすが、遠くから二人の来るのを眺めていたが、間近になると重々しく飛び去った。
それでもなお余ったのがからすねずみえさとなるのだが、中にはそれらの動物の目にも触れないで、わんだ枝のまま地にうずまって腐っているのもあった。
うちではからすといっているが、山鳩くらいの大きさの真黒な鳥が、ずいぶんたくさんいる。黒鳥ブラック・バードというのだそうである。
ウィネッカの秋 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その右側の天水桶の縁にからすのような水だらけになった一羽の鳥がとまって、それがばさばさと羽ばたきをやっていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
が、中でもみごとなのは、肩にかけた髪で、これは、日の光のかげんによると、黒い上につややかな青みが浮く。さながら、からすの羽根と違いがない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かかる時浜には見わたすかぎり、人らしきものの影なく、ひき上げし舟のへさきに止まれるからすの、声をも立てで翼打はうちものうげに鎌倉のほうさして飛びゆく。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
すると一心いつしんとほりましてか、満願まんぐわんの日に梅喜ばいきは疲れ果てゝ賽銭箱さいせんばこそば打倒ぶつたふれてしまふうちに、カア/\と黎明しのゝめつぐからす諸共もろとも白々しら/\が明けはなれますと
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
さっき泣いたからすが、もう笑ったとおなじように、さっきはだいぶん弱気を出していた一彦も、帆村おじさんが檻から抜けだすと、急に強くなりました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
果敢はかない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減でぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林にはからすもいなかった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
つい下のえのき離れて唖々ああと飛び行くからすの声までも金色こんじきに聞こゆる時、雲二片ふたつ蓬々然ふらふらと赤城のうしろより浮かびでたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
また、世間でからすや犬が人の死を前知するということを申しますが、烏や犬が人の死を知るべき理由はありません。
妖怪学一斑 (新字新仮名) / 井上円了(著)
さむれば昨宵ゆうべ明放あけはなした窓をかすめて飛ぶからす、憎や彼奴あれめが鳴いたのかと腹立はらだたしさに振向く途端、彫像のお辰夢中の人にははるか劣りて身をおおう数々の花うるさく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夕闇は川面にはらばい、霧が蘆そよぐ岸辺にほのぼのとたちのぼった。ねぐらにおくれたからすが三つ四つと帰りを急ぐ。
生梅やたちばなの実をいで来て噛んだ。さみだれの季節になると子供は都会の中の丘と谷合にそれ等の実の在所をそれらをついばみに来るからすのようによく知っていた。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
満目蕭条しょうじょうたる平野に雑草の花が揺れて、雲の往来ゆききが早い。陽が照ったり影ったりして、枯木のような粗林のむこうに土民の家が傾き、赤土にからすが下りていた。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
この一面の雪景色の中で、わずかに単調を破るものは、ところどころに見える暗いもりと、低く舞うえたからすの群とのみだ。行手には灰色な雪雲も垂下って来た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
草屋根と云わず、禾場うちばと云わず、檐下のきしたから転び出た木臼の上と云わず、出し忘れた物干竿の上のつぎ股引ももひきと云わず、田も畑も路もからすの羽の上までも、真白だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
月落ちからすいての調子は巧みに当時の新らしい俳風を罵倒したもので、ことに「息を切らずに御読下し被下度候」は談林の病処をいた痛快極まる冷罵であった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
家の棟にからすが一羽止まっている。らしてあるものと見えて、その炭のような目で己をじっと見ている。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
からすいている。省線がごうごうと響いている。朝の旭町あさひまちはまるでどろんこのびちゃびちゃな街だ。それでも、みんな生きていて、旅立ちを考えている貧しい街。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
からす等は、もう暁天あかつきになったと告げるけれども、あのように岡の森は未だ静かなのですから、も少しゆっくりしておいでなさい、という女言葉のようにも取れるし
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
別離の悲しみが、胸いっぱいであると同時に、未来に対する希望が、明るい金のからすの形となって、若者の、軽輩の青年の頭の中を、狂った如く、飛び翔っていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼はあたりを見まわしたが、からすがただ一羽、山の上を羽ばたいてゆくほかには、何も見えなかった。きっと気のせいだろうと思って、ふたたびおりてゆこうとした。
馬はその森の中の大きな木の下へウイリイをおろしました。その木の上にはからすが巣をつくっていました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
が生き物のように照っていた。道のわきの田んぼにからすが二羽おりているのが、白い雪の上にくっきり浮かんで見えた。静かだなあと思って木之助はとっとと歩いた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
凧の種類には扇、袢纏はんてんとびせみ、あんどん、やっこ三番叟さんばそう、ぶか、からす、すが凧などがあって、主に細工物で、扇の形をしていたり、蝉の形になっていたりするものである。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
寺の裏の山のしいの樹へ来るからすの啼き声にも私は朝夕不安な胸騒ぎを感じた。夏以来やもめ暮しの老いた父の消息も気がかりだった。まったく絶望的な惨めな気持だった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
動物心理学者はなんと教えるかしらないが、私には牛馬やとんびからすが物を「考える」とは想像できない。考えの式を組み立てるための記号をもたないと思われるからである。
数学と語学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
清水山に近い大きい本には、一羽のからすが寒そうに鳴いているのを、半七は立ちどまって見あげた。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)