おもんぱか)” の例文
こういうかけ声をしながら、息せききってせつけて来るものがあるのですから、源松は、その行手をおもんぱからないわけにはゆきません。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もっとも、かなりの護衛兵は必要ですが、これだって、実際上の危険をおもんぱかってのことではなく、つまらない邪魔を避けるためです。
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
衆人の攻撃もおもんぱかる所にあらず、美は簡単なりといふ古来の標準も棄ててかえりみず、卓然として複雑的美を成したる蕪村の功は没すべからず。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「おいおい、叔父貴たち、あんまり騒がない方がお身のためだぜ。それを、おもんぱかってこッちはそっと立退いてやろうとしているのに——」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喜三郎はその、近くにある祥光院しょうこういんの門をたたいて和尚おしょうに仏事を修して貰った。が、万一をおもんぱかって、左近の俗名ぞくみょうらさずにいた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
およそ人事を区処くしょする、まさずその結局をおもんぱかり、しかして後に手を下すべし、かじきの舟をなかれ、まときのを発するなかれ」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
資本家が資本を投じ、事業家が事業を営むのは、ただいたずらに自己の福利をおもんぱかり、一家の繁栄を祈るがためのみではありますまい。
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
さればとて舊主を裏切っては武士の一分いちぶんがすたれることをおもんぱかって、孰方どちらへも義理が立つように失明の手段を取ったのであると。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
辛くもその家を遁走したりけるが家に帰らんも勘当の身なり、かつは婦人に捜出さがしいだされんことをおもんぱかりて、遂に予を便たよりしなり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またこの二人の情死をおもんぱかり、自分の恋を断念して尼になるおみつの犠牲の苦しみにも、我々の承服し得べき内的必然性を認め得るであろうか。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ついに決断して青森行きの船出づるに投じ、突然とつぜん此地を後になしぬ。わかれげなばさまたげ多からむをおもんぱかり、ただわずかに一書を友人にのこせるのみ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
したがって余の死後、この遺言状作製当時の余の精神状態が問題となるべきをおもんぱかり、あらかじめ一言ここに自証しておく。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
前夜、先ず、山鹿やまが南関の間の要衝に兵を派して厳戒せしめた。これは薩軍が迂回して背後を衝くのをおもんぱかったからである。
田原坂合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それでゾシマ長老も万一の場合をおもんぱかって、額でこつんをやったのさ。後で何か起こったときに、『ああ、なるほど、あの上人しょうにんが予言したとおりだ』
しかし五百は独り脩の身体しんたいのためにのみ憂えたのではない。その新聞記者の悪徳に化せられんことをもおもんぱかったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
万一をおもんぱかって、凡ゆる停車場、桟橋、飛行機発着場、バスの停車場、タクシの溜り、それらに厳重に見張りが立って、完全に飛ぶ機会を押えている。
アリゾナの女虎 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
リオネロの長い回復期を過ごしてパリーに帰り、パッシーに小さな邸宅を借りて住んでからは、彼女はもう「世評をおもんぱかる」だけの注意もしなかった。
別れぎわに浪士らは、稲雄の骨折りを感謝し、それに報いる意味で記念の陣羽織を贈ろうとしたが、稲雄の方では幕府の嫌疑けんぎおもんぱかって受けなかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
故に人来ればたちまち逃れて山中に走る、器用なるは戸棚に入り食せんとする時、人の来るをおもんぱかりわざと戸を閉づ。
彼は少なくとも自然の経済を重んじて、注意深いおもんぱかりをもってその犠牲者を選び、死後はその遺骸いがいに敬意を表する。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
われは物語の昔日のあやまちに及ばんことをおもんぱかりしに、この御館みたちを遠ざかりたりしことをだに言ひ出づる人なく、老公は優しさ舊に倍して我を欵待もてなし給ひぬ。
ずっと前、南支那海で海賊船がノサバッた時に、万一の場合をおもんぱかって、何度も何度も秘密ないしょで研究して、手加減をチャント呑込んでいたんだから訳はない。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
形体は残っても、それは抽象せられた生命なき形骸けいがいではないか。特に自然と建築との調和をおもんぱかった古人の注意を無視して、それが如何なる意義を保つであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
京子の傷口がえて病院から自邸に帰ったのは、それから一月ばかり後であった。その間大江蘭堂は、賊の危害をおもんぱかって、恋人を見舞うことさえ慎しんでいた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼等の床に近づく前に道徳知識の世界は影を隠してしまう。二人の男女は全く愛の本能の化身けしんとなる。その時彼等は彼等の隣人を顧みない、彼等の生死をおもんぱからない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おもんぱかりの深い芸の力と、その一座のまえにいったその舞台の上の美しい統一とが、いまゝで嫌いでそうした「書生芝居」をみなかった人たちをさえ魅了するものがあった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
なお登勢は坂本のことをおもんぱかって口軽なおとみもしばらく木屋町の手伝いにった。ところがある日おとみはこっそり帰ってきて言うのには、お寮はん、えらいことどっせ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
まずその娘の父母はいつ頃花聟さんの方から媒介人なこうどが出て来るであろうとちゃんとおもんぱかって居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
されば真に国の将来をおもんぱかり、独力によって、どこまでも文明を進め得るようにと望むならば、英断をもってその妨げとなるべき事柄を除くことが、まずもって必要であろう。
理科教育の根底 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
公設展覧会出品の裸体画は絵葉書とする事を禁ぜられ、心中しんじゅう情死の文字ある狂言の外題げだいは劇場に出す事を許さず。当路の有司ゆうし衆庶しゅうしょのこれがために春情を催す事をおもんぱかるが故なり。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
我々の最も慎重におもんぱかるべきは、実際上にどれだけ多く正当な科学的精神を反映せしめ得るかという点に存するのであって、しかも国家の安危さえもこれに関わることを思うならば
社会事情と科学的精神 (新字新仮名) / 石原純(著)
世間の人々の嘲笑てうせうおもんぱかつて、小さくなつて、自分の失恋を恥ぢ隠さうとしてゐたのが、世間の同情が、全く予期に反して、翕然きふぜんとして、自分の一身に集つて来るらしいのを見て取ると
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
然れども余は存生中の人を評論するに於て、二箇のおもしろからぬ事あるをおもんぱかるなり、其一は、もし賞揚する時に諛言ゆげんと誤まられんか、若し非難する時に詬評こうひやうと思はれんか、の恐れあり。
また何百という若いお弟子でしたちのことをおもんぱからねばなりませぬ。あの迷いやすい羊たちの群れをな。若い時の心はわしも知っている。あなたが女を恋しく思われるのを無理とは思いませぬ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼はただに手代としてく働き、顧問として能くおもんぱかるのみをもて、鰐淵が信用を得たるにあらず、彼のよはひを以てして、色を近けず、酒に親まず、浪費せず、遊惰せず、勤むべきは必ず勤め
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
というのは、彼は感電騒ぎを知るやたちまちにして警察の取調べがこの天井裏の電線に及ぶのをおもんぱかって、其処そこは秘密を持つ身の弱さ、望遠鏡を外すために人知れず梯子はしごを昇ってい上ったのである。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
実に夢幻泡沫でじつなきものと云って、実はまことに無いものじゃ、世の人は此のらんによって諸々もろ/\貪慾執心どんよくしゅうしんが深くなって名聞利養みょうもんりように心をいらってむさぼらんとする、是らは只今生こんじょうの事のみをおもんぱか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
霧の晴れた場合をおもんぱかって、それに少し不気味でもあったので、木に登って待っていると、遠く近く、彼方からも此方からも、ピューンピューンと澄んだ細い声が地の底から湧くように聞えてくる。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もっとも、寺に戸籍こせきのあった時代で、祝言も仲人なこうどもなく、勝手に後家ごけといっしょになった場合は、世間への名聞もはばかって、表向は後取あととりと言えないわけで、それをおもんぱかって、源左衛門は店や蔵の譲受ゆずりうけ
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
現場のドアは、鉄板のみで作られた頑丈な二重ドアで、その外側には鍵孔かぎあながなかった。というのは、万が一クローリン瓦斯ガスが発生した際をおもんぱかったからで、むろん開閉は内側からされるようになっていた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かね工夫くふう慘憺さんたんよしほのかみゝにせしが、此度このたびいよ/\じゆくしけん、あるひおもんぱかところありてにや、本月ほんげつ初旬しよじゆん横濱よこはまぼう商船會社しやうせんくわいしやよりなみ江丸えまるといへる一だい帆走船ほまへせんあがなひ、ひそかに糧食りようしよく石炭せきたん氣發油きはつゆう※卷蝋くわけんらう
彼女と葛城の縁談えんだんも、中に立って色々骨折る人があったが、彼女の父は断じて許さなかった。葛城の人物よりも其無資産をおもんぱかったのである。葛城の母、兄姉も皆お馨さんの渡米には不賛成であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
書肆しよしも無論賛成で既に印刷に回して活字に組み込まうとまでした位である。所が其頃そのころ内閣が変つて、著書の検閲が急に八釜敷やかましくなつたので、書肆は万一をおもんぱかつて、直接に警保局長の意見を確めに行つた。
『煤煙』の序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
これら後日の大悔となるべきをおもんぱかり公平の談判あらんことを欲す。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
殿様の万一をおもんぱかる家来が思案に暮れている矢先き
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
小山の妻君はお登和嬢のためにおもんぱかる所あり
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なお、してみると、あの絵馬は、特に自分の筋道をおもんぱかって、そうして目印に、こちらの目につきやすいようにとの親切でしたことだ。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
衆人の攻撃もおもんぱかるところにあらず、美は簡単なりという古来の標準もてて顧みず、卓然として複雑的美を成したる蕪村の功は没すべからず。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
しかし彼女の年齢ねんれい境遇きょうぐう等に照らしにわかに独立する必要があったろうとは考えられないこれは恐らく佐助との関係をおもんぱかったのであろうというのは
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あれほど体面をおもんぱかる青年が、——一生自分の存在を無視して、自分を知りもしなければ覚えてもいず、もちろん、たといわが子の願いであろうとも