つつし)” の例文
旧字:
その足もとのあぶないことを自覚して、そうして、多少の冒険をもつつしもうとするところに、道庵の聡明さがあるといえばあるのです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「解りませんよ。——それとも本郷は暗剣殺あんけんさつに当るかな——この方角はよろずの事悪し、火難盗難つつしむべし——と三世相に書いてある」
銭形平次捕物控:124 唖娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
だから余程史料の取捨をつつしまないと、思いもよらない誤謬を犯すような事になる。君も第一にまず、そこへ気をつけた方がいでしょう。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
御山みせんの神聖を守護して不浄の凡俗のこれに近づくを戒め、しばしば奇異を示して不信者の所業を前もってつつしましめようとしていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ことに人に対して愛憎あいぞうの念が起こる時は、いっそう注意してその人の性質の善悪や人格の高下等を批評することをつつしまねばならぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
顔を動かすこともいまはつつしまねばならないときだと思ったので、乃公は鏡に映っているその手を見た。そしてシガレット・ケースを見た。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勝頼も、その日は、兵馬の事を廃して、毘沙門堂びしゃもんどうのうちにつつしみ、眼に新緑を見ず、耳に老鶯ろうおうを聞かないこと三日にわたっていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはおのれ自身の不明を暴露するものであって、俳句の如き短詩型にあっては殊につつしむべき事である。(『玉藻』、二九、八)
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「なる程、そなたの申し分には、道理がある。そこまで、身をつつしんでこそ、日本一の芸人と、名をうたわれることも出来よう」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それだから軽侮けいぶうらに、何となく人にすがりたい景色が見える。人を馬鹿にした様子の底につつしみ深い分別ふんべつがほのめいている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
○同七月五日、尾卿隠居つつしみ、水戸烈公駒込に慎み、水戸慶篤卿、一橋慶喜卿の登営を停め、松平慶永に隠居つつしみを命ず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ソレでドウだと申すに、御扶持おふちを貰わなければ不親切不忠とわれる、不忠の罪を犯すまでにして御辞退申す程のかんがえはないからつつしんで戴きます。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は深い喜びの余りに思わず「殿下のただ今の御命令は実に歓喜にえませぬ。つつしんで寛仁大量かんにんたいりょうの御命令を感謝致します」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しんあまねくし衆を和するも、つねここおいてし、わざわいを造りはいをおこすも、つねここに於てす、其あくに懲り、以て善にはしり、其儀をつつしむをたっとぶ、といえり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
加ふるに悋気りんきつつしまば妓となるとも人に愛され立てられて身を全うし得べし。いはんや正路せいろの妻となるにおいてをや。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
呼止め「モシ女中さんそれなら僕も焼かずに食べよう。何でも僕らのする事は間違った方が多いね」と今度は深くつつしみて主人らがさんようをうかがう。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それはどこまでも過失だと言って頑張がんばり通すか、でなければ「まことにそうでした。以後はつつしみますから」
天皇は非常におなげきになって、どうしたらよいか、神のお告げをいただこうとおぼしめして、御身おんみきよめて、つつしんでお寝床ねどこの上にすわっておいでになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
教育家は言行をつつしまなければならないと思って窮屈を感じていた矢先、急に解放されたような心持がした。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それからこちらの住人じゅうにんとしてなによりつつしまねばならぬは、うらみ、そねみ、またもろもろの欲望よくぼう……そうったものにこころうばわれるが最後さいご、つまりは幽界ゆうかい亡者もうじゃとして
ぶり返す度に母は愈々いよいよこどものように頑是がんぜなくなって極度に死を惧れながら、食慾はつつしめないのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
藝術を侵害するが如き力をつつしめよ。進んで藝術を擁護するのが偉大な政治の為すべき行いではないか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
さすがの僕もおぬいさんの前に出ると、つつしみの心が無性に湧き上るんだから手がつけられない……そんなに笑っちゃだめですよ、奥さん、それはまったくの話です。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
官人の、真前まっさき飛退とびのいたのは、あえおびえたのであるまい……衣帯いたいれるのをつつしんだためであらう。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
メルキオルはもう少しも行ないをつつしんでいなかったのである。彼はますます身をもちくずしていた。
すなわち無益なる空言をつつしめとの意である。ビルダデのこのヨブ攻撃は、殊に第四節の如きは、罵詈ばりの語としては簡潔雄勁ゆうけいにして、正に独創的の警句というべきである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
後よくつつしみ給へといふ。豊雄地に額着ぬかづきて、此の事の始めよりかたり出でて、なほ二八一命得させ給へとて、恐れみうやまひて願ふ。翁、さればこそ、此の邪神あしきかみは年たるをろちなり。
この上はただつつしんで罪を待つよりほかはないのじゃが、いかに思い返しても唯このままに手をつかねて、悪魔のあらぶるをおめおめ見物するのは、国のため、世のため、人のため
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蝶子はチラシをじて家計簿かけいぼを作り、ほうれん草三銭、風呂銭ふろせん三銭、ちり紙四銭、などと毎日の入費を書き込んで世帯を切り詰め、柳吉の毎日の小遣い以外に無駄な費用はつつしんで
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
その調子は、鈴木の姉のようにつつしみ深いか、くなったおいの太一の細君のように賢いか、田辺の家のお婆さんのように勇気があるか、でなければ女として話にならないという風で。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
抒情詩としての歌の声調は、人を欺くことの出来ぬものである、争われぬものであるということを、歌を作るものは心につつしみ、歌を味うものは心を引締めて、覚悟すべきものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そして彼は、「戦いのないところに戦いを見るのはつつしみたい」と希望している。
当時とうじ江戸えどの三人女にんおんなずい一とった、おせんのはだられるなら、われようが、むしされようが、すこしもいとうことじゃァない、きな煙草たばこつつしむし、こえ滅多めったすまいから
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
今日でこそ有閑ゆうかん婦人の贅沢はさまで珍しくないようなものの昔は男子でもそうは行かぬ裕福ゆうふくな家でも堅儀かたぎな旧家ほど衣食住のおごりをつつし僭上せんしょうそしりを受けないようにし成り上り者にするのを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「冗談をしている場合ではない。三笠さん、少しおつつしみ下さらんと困る」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
成経 少しおつつしみなされい。いかに自棄やけになっているとは言いながら。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そんな道で、向うから若い男が来ると、女はひどくつつしみ深い風をする。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
刺戟ストラッグルして紛争を求めるようなことは、つつしんだほうがいいと思うが……
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
間さんはこれからおうつくしい御妻君をお持ち遊ばす大事のおからだでゐらつしやるのを、私のやうな者の為に御迷惑遊ばすやうな事が御座いましては何とも済みませんですから、私自今これからつつしみますでございます
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
つぶさにこの状を語り妾の罪を確かめんと思いおりしに、彼女もの監房に転じたる悲しさに、つつしみ深き日頃のたしなみをも忘れて、看守の影の遠ざかれるごとに、先生先生何故なにゆえにかく離隔りかくせられしにや
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
死刑囚われある故につつしみのくらしすといふ老父ちちのふみ読む
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
声につづいて一同の者はつつしんで門内へ入って来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「生きるも死ぬも、一心同体、これからは、お互いに、ケチな小稼ぎはつつしんで、日本一の大泥棒になり合おうぜ。なあ兄弟」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが事実は反対で、彼はできるだけ口数をつつしんで、さっさと歩く方針に出た。それが少しは無気味でもあったがまただいぶうれしくもあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
う云う時勢であるから、私はただ一身をつつしんでドウでもしてわざわいのがれさえすればいと云うことに心掛けて居ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「見上げた方で御座います、朝晩念仏三昧で、つつしつつしんで居ります。一足も外へ出ることではございません」
「古屋君、君はあの事件で僕を疑っているようだったが、君もあまり立ち入った行動をつつしんだがいいですよ」
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何でも娘の時分は我儘わがままな心と生意気なまいきな心をつつしんで老功者の教えにしたがうものと心掛けなければならん。老功者の唱える理想を実行するものと覚悟しなければならん。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
春さきこの鳥の言葉が急に多くなり、また活溌かっぱつになるのは誰でも気がつくが、これは彼等が人に近く、従ってまたつつしみがないためとも説明し得られるかも知らぬ。
厭味いやみたっぷりの文句や人をおとしいれる言いり、人に無礼ぶれいする語を用いることはなはだつつしむべきことである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)